最強と呼ばれた俺は、もう戦いたくない。けれど、この世界がそうはさせてくれないらしい。
ERROR
第1話 戦後
悲鳴と炎が渦巻く戦場、大地は裂け、空は青を失い灰色となり、風は焦げた硝煙を運んでいた。
そんな戦場に、天瀬 黒斗は立っていた。
孤独に、冷徹な眼差しで、混乱する戦場を見下ろすように。
「……ここまでか」
言葉は小さく、風にかき消された。だがその声に力はなかった。
彼の周囲には仲間の死体、焼け焦げた街、そして罪の炎があった。
彼の持つ大剣の刃は、その戦場にいる人間や魔族の罪を示すかのように赤く輝いている。
彼が大剣を振るうたび、その罪は炎となり、罪人たちを焼き尽くす。
黒斗の能力――望んだ結果を手繰り寄せる力――は完璧に機能していた。
敵の動きも、戦場の状況も、彼の計算通りに流れる。だが、その代償は目に見える形で、周囲に刻まれていた。
「……俺は……何をしている」
胸に去来するのは、戦果の誇りよりも、仲間の死の記憶。
望む結果を手繰り寄せても、失われた命は戻らない。
転生により手にした力は絶大なものだが、己の孤独と罪悪感を消すことはできなかった。
『地脈戦争』は、人類と魔族の欲望が生み出した世界史上最悪の戦争として刻まれた。
その中心に立った黒斗も、英雄としての称号を得る一方で、心に深い影を残した。
そして今。彼は生き残ってしまった者として、戦後の世界を歩むことになる。
最悪の戦争、『地脈戦争』から早二年が経った。
未だに戦場は立ち入る事を禁じられ、その被害からの復興は続いたままだ。
戦場で見たあの灰と焦げた匂いは、今も胸の中に残っている。
だが現実は戦争の惨状そのままではなく、人々は必死に日常を取り戻そうとしていた。
黒斗は静かに歩を進める。
冒険者ギルドの依頼掲示板に目をやり、今日の仕事を確認する。
復興のための護衛依頼、魔物の討伐、物資の輸送――どれも地味だが、確実に人々の生活を守る仕事だ。
彼が戦場で振るった力とは比べ物にならない日常の戦い。しかし、それでも彼にとっては生きるための戦いであり、心の安息のない日々の一部だった。
(まるで戦争の時とは大違いの依頼内容だな…)
街の人々は黒斗を英雄として知っていたが、近寄ろうとする者はいない。
英雄は孤高であるべきだと、どこかで誰もが思っている。
黒斗自身もまた、その孤独に甘んじていた。
心の奥底で、誰かと真正面から関わることを避けている自分を、ほんの少しだけ自覚しながら。
彼の手元には、今日も大剣はない。
必要に迫られたときだけ、業炎魔・烙印を抜く――過去の戦争での犠牲が、彼にそうさせている。
魔法だけで十分だ。冷徹な合理性が、彼を日常の戦いへと導く。
だが、その胸の奥に小さな揺らぎがあった。
遠くの街道を進む馬車の影――あの影は、かつての仲間を運んでいるのかもしれない、という、あり得るわけのない幻想だった。
黒斗は無意識に足を止め、視線を馬車に向ける。
戦場で失ったものの重さを知る者は、再会がもたらす希望もまた、恐ろしく感じるものなのだ。
そしてそれを、"孤高の英雄" 天瀬 黒斗は体感することになる。
黒斗がギルドの扉を押し開けた瞬間、空気が変わった。
日常の喧騒に包まれていたギルドホールが、まるで時間を止めたかのように静まり返る。
依頼を待つ冒険者たちのざわめきが、まるで声というものが消えたように止まった。
「……あの人は……」
「間違いない……孤高の英雄、天瀬黒斗だ…」
「すげぇ…初めて見た…」
小声でささやく声がいくつか聞こえる。英雄としての噂は今も生きていた。
黒斗の姿は、戦場で見せた孤高の冷徹さそのまま。
重厚な黒衣が肩に沿い、彼の存在だけで空間を支配しているかのようだった。
カウンターに近づく足取りは無駄のない静かなもので、彼の背後に漂うのは戦場で鍛えられた圧倒的なオーラだ。
依頼受付の係が一瞬たじろぎ、しかし呼吸を整えて言葉を発した。
「……天瀬黒斗様、今日の依頼は……」
「あぁ、これを引き受けよう」
係の声は震えているわけではない。ただ、自然と緊張が滲んでいた。
黒斗は軽く視線を動かすだけで、依頼内容や報酬、危険度を理解する。
その光景を他の冒険者たちは、何も言わず見ている。
ギルド内の空気は再び騒がしくなる。だが、そこには以前のざわつきとは違う種類の緊張感が漂う。
誰もが英雄黒斗の行動を無意識に意識し、視線を向けずにはいられなかった。
確かに彼は英雄だ、だがその肩書以上に、重く圧し掛かる過去の惨状が、彼に近づき難いオーラを放っている。
黒斗は軽く頷き、今日の依頼を受けると、静かにギルドを後にする。
その背中には、戦場での英雄の影と、孤独を抱えた者の哀愁が重なっていた。
「今日の依頼は三つか…」
・物資護送依頼
遠方の村までの輸送路に、魔物の出没が確認されている。
荷車には医療品や食料が積まれ、人々の生活を支える大切な物資だ。
・魔物討伐依頼
街道沿いに出没する中型魔物の討伐。
近年また魔物の活性化が目立つようになった。
討伐成功で村人の安全が保障されるが、油断はできない。
・警護依頼
復興会議に向かう王国使節団の護衛。
戦争で緊張が解けない街道を通るため、攻撃型魔法や戦闘経験が求められる。
「戦争が終わっても、俺たちのやる事は変わらないな…」
黒斗は三つの依頼の危険度と予測される事態を分析する。
魔物討伐は黒斗にとって大した依頼ではない、戦争で葬った人間や魔物に比べれば些細な数だ。
物資の護送依頼は地味ではあるが、人々の生活を守る大事な依頼だ、手は抜けない。
警護依頼は面倒だ、王国使節団なんて以ての外だ。
二年前の『地脈戦争』の発端は、人類同士の魔法的資源争いに魔族まで加わった結果起きたのだから、少なくとも責任は王国にもあると黒斗は考えている。
その瞳には冷徹な計算と、戦場で磨かれた合理性が宿っていた。
大剣は必要ない、魔法──第三階梯のみで充分だろうと判断した。
夕刻となり、依頼はすべて完了した。
街の近くの丘に腰を下ろし、沈みゆく夕焼けを眺める。
遠くの村から微かに聞こえる子どもたちの笑い声が、戦場で失った日常の記憶を呼び覚ます。
五年前、黒斗は転生前の世界で幼馴染を通り魔から庇い死んだ。
自分の過去と子どもたちを無意識に重ねながらも、戦争で刻まれた孤独と罪悪感が脳内を掠める。
今日の依頼は淡々とこなせる範囲だったが、彼の意識はどこか遠くを見つめていた。
あの馬車の影――ありえないはずの、かつての仲間の姿を運ぶ幻影。
その思いは、胸に小さな揺らぎを生む。
黒斗は静かに息を吐き、夕焼けに向かって手を伸ばしながら手のひらサイズの魔法陣を浮かべる。
孤高の英雄として生き残った者の、静かな日常。
それでも、彼の歩む道は、まだ誰も知らない未来へと続いていた。
「……明日も、やらねばならないことがある」
そう呟いた黒斗の背中に、戦場の影と希望の影が重なる。
そして、かつての仲間たちが異世界に姿を現す――その日まで、彼の孤独はまだ終わらない。
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