セック酔拳の男

スロ男

時は零和——



 飲めばやりたくなる、だが飲み過ぎれば勃たない。男は常にその葛藤で生きている。

 だが、彼は違った。

 彼こそはセック酔拳の伝承者。

 飲めば飲むほどに硬く、熱く、たぎる。

 今日も彼は、己の修練のために、飲み屋をひた走る——!


 そこは各席にレモンサワーの蛇口がついている、焼肉系居酒屋だった。

 男は多い。

 むしろ女の姿はほとんどなく、あっても傍には抜き差しならぬ関係の男の同伴といった風情の女ばかりだった。

 だが、彼は意に介せず、その店に入り、レモンサワーの飲み放題と、ミックスホルモンを注文した。

 蛇口からサワーを注ぎ、飲み、肉が届き、網に並べると飲み、焼ける前に飲み、焼けたら飲み、肉を喰らい、飲みながら咀嚼し、咀嚼したものをサワーで流し込んだ。

 すかさず肉はなくなり、さらに追加し、待つ間に飲み、来ては飲み、焼いては飲み、食べては飲んで、さらに飲んだ。

「すごい食べっぷりね……」

 妙齢というには、いささか女が、声をかける。彼女の連れは、白髪の目立つ初老の男で、すでに卓に突っ伏していた。

「食べにきてるのだからな。それは食べる」

 答えながらも男の動きは止まることなく、焼けたホルモンは勿論、まだ焼けてなさそうなホルモンまで食べ、飲んだ。

「そんなに食べて……ムラムラしたりしないの?」

 女も相当酔っているようだった。

 言葉に、遠慮がない。

「べつに」

 男は素っ気なくいってから、再びぐいっとサワーを空けた。

「食べる前からムラムラしてるからな」

 女が男の股間に目をやると、そこには確かに隆起した山脈がそびえているのであった。

「さ……」

 女は、自分でも何を言おうとしているのか、よくわからなかった。わからないまま、口にした。

「触っていい……?」

 男は網上のホルモンをばくばく食べながら、鷹揚に、おう、とうなずいた。

 女がおずおずと手を伸ばす。

 ジーンズを押し上げる遥かなるオーガスタ、恐る恐る触れた女の手には、生命の激しい脈動が伝わった。

 生命の鼓動。

 ああっ、と女はうめいた。

 鉱物よりも硬く、それでいて生命の息吹をはらんで鼓動を伝えるそれを、咥えたい、いや呑み込みたいと思ってしまったのだ。

 酒の力は恐ろしい。

 酔客で溢れ、騒がしくも活気のある店内で、先刻まで見も知らなかった男のそれを、硬い布から引きずりだし、口に含みたいとわたしは考えている——

 思うだけなら、どれだけ悪逆非道だろうと卑猥だろうと罰せられることはない。だが、そこまででなくとも、行動すればすぐに法を犯し、罰せられる。法治国家とは、そういうものなのだ。

 だが。

 女は罰せられてもいいという思いで、男のジーンズのファスナーを下げ、そのうちにある男自身を引き出そうとした。

「痛いッ!」

 引きずりだすまでもなく、屹立したそれは勝手に飛び出し、隣席から身を乗り出して男の股間に顔を埋める女の頬を、張った。

 その痛みに、痺れに、女はかつてないほどの高揚と興奮、それから欲望を感じた。

 男がさらに追加の肉を頼むのと、女が生きる肉を頬張るのは、ほぼ同時だった。

「あふん」

 思わず、男の口から声が漏れた。

「ザブトン一丁!」

 勝手に聞き間違えた店員が厨房へ新たな注文を伝える。

 女の頭が動く。

 男は微かに肩を震わせながら、充分に良く焼けたホルモンと、残ったサワーを一気に口に流し込む。

 押し込まれた肉棒を女は脂で濡れた唇でしごきながら、新鮮なタンで絡めとる。

 男は小さくあっあっと喘ぎながら、新たなサワーをジョッキへとそそいだ。

 男は、飲めば飲むほど硬く、激しく存在感を増す。だが、同時にいやますほどに感度も上がっていくのだった。


 その感度、実に最大三千倍。


 まして大衆居酒屋、人前だというのに興奮に我を忘れてしゃぶってしまう女の、その老練な技術に、男の快楽は止まることを知らない。

 さらに肉ふた皿が運ばれてきたとき、男は危うくところだった。

 だが、耐えた。

 いや、女が男の昂まりを察し、すんでのところでやめたのだった。

「なぜ、やめた……?」

 男はほとんど涙目だった。おあずけを食らった、ワンコの表情。

 女は笑った。

「だって、もったいないじゃない……あたしの口の中には、性感はない」

「ま、まさか」

「そのまさかよ」

 女は、ガバッと顔を上げたかと思うと、やおら男にまたがるようにして、腰を下ろした。電光石火の早業だった。

 石よりも硬い男のそれのうえに、躊躇せず跨った女のそれも、熱く濡れそぼり、万全の体制であった。

 柔よく業を制す。

 入って四秒で絶頂。

 男の咆哮と、女のときの声が、きれいにユニゾンして店内に響いた。


「おまわりさんこっちです!」

 客の冷静な声と、数人の警官の小走りの靴音、外にはサイレンの音がいくつか重なり、うねっている。

 昇天し、満足のうちに意識を失ったふたりの男女は、このあと留置所で目を覚ますだろう。こっぴどく叱られ、解放されたあと、ふたりは結ばれることになる。

 我らの天子は、まさにその最初の出逢いいっぱつで生命を授かった。

 豚小屋の皇子。

 酒と泪と男と女の力を全て持ち、我らを導く救世主。

 さあ、勃ちあがれ、諸君!

 飲んで、やって、増えて、世界を席捲するのだ。

 セック酔拳は、もはや一子相伝の門外不出の奥義などではなく、我々全てを生の悦びへと導いてくれるのだから!



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セック酔拳の男 スロ男 @SSSS_Slotman

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