第2話・クラウン×クラウン

「………………どうか、転移先がダークファンタジー世界観じゃなくて、ほのぼのファンタジー系でありますように!!!」


そう叫んだ瞬間、魔法陣から眩い光が放たれるのと同時に、視界が暗転する。


すると、体の制御が一瞬のうちに失われていき、しばらくの間、まるで海を揺蕩たゆたっているかのようであった。

しかし突如として、脳と心臓、あるいは内臓全てが、強く締め付けられるような感覚を覚える。


「ぐぅっ! ぅ、はぁ、はぁ………………ぐふっ!」


次の瞬間、わたしの体はある程度の高さから落下したかのような、物理的な衝撃を受ける。

徐々に視界を取り戻していくと、わたしは目の前の光景に、精神的な衝撃を受けた。


「こ、ここは……!?」


最初に目に飛び込んできたのは、真っ白な天井から垂れ下がった豪華なシャンデリア。


地面に伏せていたわたしは慌てて上半身を持ち上げると、鋭く尖った金属の先端と目が合った。

剣だ、わたしは今、全身に鎧をまとった人たち――騎士だろうか――に、剣先を向けられている。


(えぇ……そんなフルマックスで警戒しなくても……)


「な、なんだお前たち!? けけ、剣を人に向けてんじゃねぇよ!」


想定外の歓迎に呆れていると、後ろから慌てた声が聞こえてくる。

思わず振り返ってみるとそこには、立ち上がって騎士らに指を指す男と、地面に横たわった2人の女がいた。


(なるほど。ひとまずは……全員が無事、転移に成功しているみたいね)


わたしがその事実に安堵していると、重厚感ある声が辺りに響き渡った。


「皆、剣を下げろ」


『ハッ!』


それが鶴の一声となり、騎士らしき人たちは一斉に剣先を下に向け、そのまま地面に降ろした。


(すぅ……凄まじく統一された動き。これは、怖くなって来たな……)


恐らく彼らのこの行動は、誰かによって凄まじく鍛え上げられたのであろう。

しかし、それを成し遂げることが出来るその忠誠心に、わたしは圧倒され、絶句した。


わたしがゆっくりと視線を上げると、1人の男が、豪華絢爛けんらんな玉座に座る姿が見えた。

30代ほどに見える男は、神々しさを感じるほどに光を反射する黄金の王冠を頭に被り、血で染めたのかと思うほどに真っ赤なマントを身につけ、そして鋭い眼光をこちらに向けている。


「んぅ……ぁ、あれ、ここどこ……って、そうだ! あたし、変なので誘拐されたんだった! ちょっと、ここはどこなの!」


「ちょっ!? ひ、ヒスイ落ち着け! ワンチャンられるかもしれねぇぞ!」


どうやら、まだ眠っていた2人のうちの、片方が目覚めたらしい。

声での判断にはなるが、いま起きたのは恐らく背の小さい、百咲ももさきの方だろう。


驚いて騒ぎ出した彼女のことを止めようと、男が必死に声をかけているのが聞こえる。


(まあ、判断としては間違っていないが……その声量じゃ、明らかに向こうに聞こえてるけどね……)


ふざけたことをする彼らに、わたしは思わずため息をつく。

確かに、こんな摩訶不思議な状況に陥っているのだから、そう慌ててしまうのはわかるのだが……もう少しだけ、冷静さを保ってもらいたい。


そんな風に思っていると、新たに別の声が、後ろから聞こえてくる。


「はっ! こ、ここは、異世界……なのか? あそこに座っているのは、王様のようだな……おいっお前たち、何を揉めているんだ!」


どうやら最後に起きたたちばなは、他2人と違って冷静に状況判断が出来ているようだ。

まだ仮定の話にはなるが、もしあの3人の誰かと関わっていく必要があるのなら、わたしはなるべく彼女を選びたいと思う。


(わたしは、無様な死に方はしたくないからね)


今のところ、この王様らしき人物は、騒ぎ立てる彼らを罰しようとはしていない。

しかしこれから先、他の王族などの権力者と出会ったときに、わたしがいる横でもされてしまえば、彼らだけでなくわたしにまで火が飛んで来そうである。


そんなことを考えていると、再び玉座から、重厚感ある声が響き渡った。


「これで全員が、目覚めたようだな……よくぞ参った、異世界の勇者たちよ。我はアルケレス大帝国の王。名を、ダーイン・アルケレスという。それでは……貴殿らの名を、教えてもらおうか」


(ッ!? 一国の主だとは思ってたけど、まさか帝国だとは……)


彼は、大帝国の王と名乗った、つまりは皇帝だ。

本当にそうであるのなら、彼の権力は、国王の比にならない物である。


予想を超えた彼の正体に、わたしは動揺を隠すように舌を噛んで表情を保つ。

すると後ろから、若干震えている男の声が聞こえてきた。


「お、俺……じゃなくて私は、有馬ありま翔太しょうたといいます! えと、こっちの世界だと、ショータ・アリマになるのかな……」


「あ、あたしは、百咲ヒスイよ!」


「ばっ、お前なんて言葉遣いしてんだよ! 相手は皇帝だぞ!?」


「だから2人とも直ぐに揉めるな! まったく……皇帝陛下、ワタシは橘緋珠ひだまと申します」


3人が非常にな挨拶をし終えると、それを黙って聞いていた皇帝が深く頷き、口を開く。


「そうか、アリマ殿にモモサキ殿、タチバナ殿だな。なるほど……それで、もう1人の、髪を2つに結んだ少女よ――」


そう言い始めた皇帝の視線が、わたしを深々と突き刺してくる。




ついに、わたしの番が回ってきた。




(これは、どうするのが最適だろうか……)


わたしは改めて、周囲の状況を確認してみる。

いまだ騎士たちの姿勢は変わっていないが、鎧の奥のその目はこっちを向いており、敵意とまではいかないが、明らかに警戒を怠っていない。


さらに壁の方を見てみれば、皇帝ほどではないが、華やかで煌びやかな格好をした、何人もの男たちが並んでいた。

恐らくだが、騎士たちと同じようにこちらに視線を向ける彼らは、この国の貴族だろう。


そしてその視線は、騎士たちのものとは違い、明らかに敵意を孕んでいるものがあった。

他にも、品定めをするかのような、好奇心を抱いているかのような、そんな視線が、わたしたちに向けられている。


(やっぱり、この冷静さを見せるのは良くなさそうね……)


予想ではあるが、冷静沈着な姿を見せてしまえば、余計に騎士たちの警戒心を煽ることになるだろうし、貴族たちの敵意をさらに買うことになりそうである。

実際、橘が自己紹介をした時は、騎士たちそして貴族たちの視線が、明らかに鋭いものへと変化していた。


(ここはやっぱり……道化を演じた方が良さそうね)


彼らの警戒、そして敵意をあざむき、それらから身を守るには、この方法が最適解だろう。


それにこれは、普段通りに、を演じるだけの話だ。

この見た目だからこそ出来る、誰もが猜疑心を、敵対心を、全てどこかに落としてしまうような、そんな役を。




「――貴殿の名は、なんと言う」


皇帝が、そう最後まで言い終える。

わたしは彼の方に向くと、ゆっくりと口を開いた。









「わたし? わたしは、ひかりって名前です! あの、お兄さん、ここってどこなんですか?  なんか、急に足の下が光って……気が付いたらここにいたんだけど!」

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