過去の書き手から未来の誰かへ
いちのさつき
第1話
20XX年秋頃。まだ暑さがある中、若い男二人は小舟で砂浜に乗り上げた。どちらもつばのある帽子と迷彩服姿で、ライフルを携帯し、リュックサックを背負っている。
「あっづー!」
明るい黄土色に染めている若い男は取った帽子を、団扇みたいに仰ぎ始めた。
「文句を言うな。シノ」
寡黙そうな坊主頭の若い男は仲間のシノに淡々と言い、太平洋に浮かぶ船に端末で連絡をしようとする。何度もボタンを押しても繋がる気配はなく、しかめ面になる。へらへらとした顔をしたシノは励ますように背中を叩く。
「やっさん。しゃあない」
寡黙そうな男のやっさんの目がピクリと動く。
「任務中にやっさん呼びはやめろ」
低い声で注意をする。それでもシノは怯むことなく、小舟から降りる。その後は周辺を散策し始めた。砂を踏む音を楽しみながら、軽やかに駆けて楽しむ。自衛隊の男とは思えない態度だが、任務はしている。
「漂流物ばっか」
砂浜には海から流れて来た木材や漁船、文字が消えかかっているコンテナなどがある。中には劣化が進んでおり、崩れかけているものも存在する。ボロボロになっているコンテナからビールの瓶を拾いながら、シノはやっさんと話す。
「確か俺らが生まれる前に大地震起きたんだっけ」
若い世代にとって数十年前の昔の出来事で、実感というものはない。ただそれがあったと知っているだけだ。
「ああ。ここは高知県だからな。南海トラフ巨大地震で相当な被害があった」
やっさんは端末で素早くスライドをさせ、情報を確認していく。その間に自由なシノは漁船に乗り込み、無防備な操舵室に侵入する。そこからは人の営みがなくなり、自然に戻りつつある光景が見える。何もかも崩れ落ち、電柱が折れていた。
「復興すらしていない。言葉通りの捨てられた地域か」
築き上げたものは一瞬で流され、消えていく。人の限界を感じ取ったシノは哀しみの気持ちでいっぱいになる。とはいえ移り気の若者なので、ふと目にしたモノに興味を示し、終わってしまうが。
「ん?」
壁にかけていた釣り竿を外し、外にいるやっさんに嬉しそうに見せる。
「やっさん! これで釣り出来る!」
無邪気なシノにやっさんは釣り人らしい突っ込みを入れる。
「見た目が劣化してないだけで出来ないと思うぞ」
「マジか」
瞬きしながらも、釣り竿を置いてきたシノは漁船から飛び降りる。先ほどの楽しそうな顔ではなく、真面目な顔に変わっていた。
「やっさん。今回は津波避難タワーに行って、臨時電波塔を設置するんだったよね」
「その後はロボを配置して、我々は帰還する」
やっさんが端的に伝えた後、シノの口角が上がった。上陸した地点から数分の徒歩で津波避難タワーに辿り着く。全てが蔦で覆われており、足元のコンクリートにヒビが入っていた。
「流石に人の手入れがないとこうなるのか」
呟くようなやっさんの発言を聞いたシノは不安そうに確認を取る。
「このまま行く?」
「行こう」
二人は階段を上り、頂上に向かう。途中で何かを踏みつけてしまい、足を止めてしまう。茶色の毛皮がちらりと見えていた。シノは素直に感嘆の声を出す。
「おー。もう動物の住処になってるよ」
「ああ。人間が退去して数十年経ってるからな」
任務を行うだけなので、二人は淡々と歩く。探索者のように散策をしつつ記録をすることがないためだ。それでも気になるモノがあれば、拾ってしまうのが人の性である。やっさんはしゃがみ込み、手のひらサイズの木箱を拾う。シノは覗き込む。
「何それ」
「知らん」
短く答えたやっさんは木箱を開ける。USBが入っていた。
「……ダイレクトメッセージ?」
シノの言葉を反射的に突っ込む。
「な訳ないだろ。着いたらデータを見よう」
「そうだね。この感じだと……もうちょい? てか。スロープで行こうよ」
「時間かかるぞ」
「え。やだ」
漫才に近いやり取りをしながら、上へ目指す。緊張感のないものだが、周辺に人がいないことが大きい。命のやり取りが発生しにくい。
「着いた!」
シノは大きく叫びながら、熱風を肌で感じ取る。また、潮風の匂いを楽しむ。
「シノ。水分補給を怠るなよ」
「はーい」
休憩する間を作らず、さっさと作業を開始する。臨時電波塔はタワーを小さくしたようなもので、組み立て式だ。包みから取り出し、説明書に従って形を作っていく。台風で飛ばされないように固定化させて、完成となる。テストも怠らない。
「一発!」
シノは嬉しそうにやっさんとハイタッチをする。
「この歳でやるな」
とやっさんは言いながらも応じつつ、器用にUSBを端末に差し込んでいた。某有名企業の文書作成のファイルがずらりと並んでいた。更新日時を見たシノは察した。
「これさ。ひょっとしなくとも」
やっさんは静かに頷く。汗が頬から垂れていた。
「ああ。南海トラフ巨大地震で起きた時だ」
彼の指が恐る恐るファイルのひとつをタップする。二人はごくりと唾を飲み込む。パンドラの箱を開けているのではという思いが彼らを支配していた。
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