第8話:敗走と再会
優牙と龍さんと一緒にショッピングモールへ買い物に出掛けてから一日が経った。
私が東京に連れ戻されるまであと四日。
東京に戻る前までには優牙と龍さんに伝えないといけない。
本当なら今すぐにでも伝えるべきなのだろう、けれどいざ伝えようとすると躊躇い、伝えられない。
別に伝えることが億劫という訳ではないのだが、心のどこかに何か引っかかりのようなものが感じられてどうしても言えない。
グルグルと考えを巡らせてもいつ伝えたらいいのか、いいタイミングが見当たらない。
そうこう考えているうちにスマートフォンから通知音が鳴る。
確認してみると優牙からメッセージが送られていた。
【今芽流斗と一緒にいるんだけど、昼飯どうする?買ってこうか?】
時計を確認してみると、既に一二時を過ぎておりそろそろ一三時になりそうになっている。
時間を見ながら返事を打つ。
【それじゃあ、適当に何かお願い。】
【おう!】
その返事を最後にして、私はスマートフォンを閉じて、ゴロリとベッドに転がる。
仰向けになりながら、天井を見てどうしたものかとまた考える。
今晩伝える、明日の朝伝える、遊んでいるときさらっと伝える、思い出したかのように伝える。
帰ることを伝えるただそれだけの事だ、永遠の別れだという訳でもない。
ならさっさと今晩辺りにでも伝えよう。
視界の端から濃い青の光が入り込む。
光の源へと視界を動かす。
着替えるときに机の上に置いた、魔物探査用の魔道具だ。
優牙からはおはじきおはじきと呼ばれて魔道具だとは思われていないようだが、れっきとした魔道具だ。
この魔道具は魔物が発する魔力や、魔物の世界からこちらの世界へ来る余波を探知し、使用者に伝えるといった魔道具。
これ以外にも似通った効果や、別の形状の道具もあるが、私にとってはこの魔道具が安価で使い心地も悪くはない。
人によっては懐中時計型や筒形型、スマートフォンを改造したり、専用のアプリケーションを使っていたりするが、私はこれでいい。
とりあえず、このおはじきの反応的には今晩辺りに魔物が出現するはずだ。
いつも通り、優牙と共に狩りに行けばいい。
そもそも優牙と一緒に魔物を狩るようになったのは、私の魔力の殆どが優牙に流れてしまい、私に魔力がとどまらないからだ。
四日後には岩櫃先生が私を迎えに来る、その時に今の魔力の流れも当然バレるだろう。
そうなったら岩櫃先生が私をどうするかは想像するまでもない、なら今できることを精一杯やるしかないだろう。
気持ちを整え、優牙の帰りを待つ。
☆☆
「ここね。」
「ここなんだ...。」
現在の時刻は一八時三分、私と優牙は割烹市の自然公園、森林エリアに来ている。
魔物を探知する魔道具はこの場所を示していた。
魔物が魔物の世界からこちらの世界へと渡るにはいくつか条件や、法則があるとされている。
それらのほとんどは根拠のない仮設だったり、よくわからない怪しいほとんどデマのようなものばかりだ。
けれどその中のたった一つだけは決して覆されない、確実な法則が発見されている。
魔物は太陽が出ているときに世界を渡ることができない。
なぜ太陽が出ているときは世界を渡れないのか、その理由はわからない。
特別日中が苦手という訳ではない、日の光に当てられたら塵になる訳でもない。
けれどこの法則は確かなものだろう、今も日夜研究が好きな魔術師たちはこの理由を解明しようと努力していると聞いたことがある。
正直私としてはそこまで興味が掻き立てられなかったからその授業をサボっていた。
そのせいでどういった理由でなぜ、魔物は夜にしか世界を渡れたないのか。
次から授業は真面目に聞いておこう。
「あれ、魔物じゃないか?」
優牙が指した方向に目線を向ける。
そこには魔物がいた。
銀色に輝く甲冑に身を包んだ、チャウチャウ犬ほどの大きさのトカゲだ。
この
どれだけ高く、イレギュラーなどを考えたとしてもランクはC+ランクだろう。
対して優牙はBランク相当の強さを持った魔術師だ、油断していなければ一段階下の魔物程度、直ぐに終わるだろう。
私は魔物の攻撃を打ち落とす程度の援護で十分だろう。
優牙は大地を蹴り、勢いよく魔物の元へと突撃する。
魔物は突撃する優牙に対して周囲の
魔物の胴体に狙いを定めて拳を放つ優牙。
その優牙を迎え撃とうと、魔物は礫土で形成した爪を振り下ろそうとする。
礫土で形成した爪に関しては私が撃ち砕けば問題ないだろう。
私は人差し指の先へ魔力を集め、固め始める。
同時にしっかりと礫土で形成した爪へと狙いを定め、放とうとした時、優牙が大きく後ろへと退いた。
私は魔物から視線を逸らさず優牙へ問いかける。
「どうしたの?」
「わかんねえ。」
優牙が言ったその瞬間、不気味な風切り音と共に魔物の腹部が深く沈む。
魔物はまるで見えない拳を受けたように、宙へと舞い――
【パン!】
乾いた音と共に魔物の身体がまるで液圧式プレスによって潰されたオレンジの様な姿へと変わっていた。
潰された魔物は宙から地面へと落ちる。
唖然としていると優牙が驚いたように言葉を出す。
「すっげぇ...八掛あんなこと出来んのか!」
「違う、私は攻撃していない。」
「え?それじゃあ、誰がやったんだ?」
優牙の言葉に応えるように、私たちの後ろから足音が聞こえてくる。
足音の主は直ぐに出てきた。
オバさんだ。
薄い赤色のパーマに加えて、豹を思わせるシャツに加えて虎柄のニッカポッカを着た、五十代半ばあたりのオバさんだ。
オバさんが私たちに気づくと不機嫌な表情から、なぜか勝ち誇った表情をしながら宣言する。
「なんだいアンタたち!ここはアタシの縄張りだよ!」
威嚇するように人差し指を向けながら行われた宣言に私が唖然としていると優牙が返事をする。
「縄張りって?」
「読んで字の如く!縄張りだよ!それともなんだい、縄張りって言葉を知らないってのかい!」
「いやそうじゃ」
「ゴチャゴチャ五月蠅いやつだね!意味知りたいならあんたらZ世代ってのが持ってる光る石板使って調べな!」
優牙の言葉を遮って無理やり自分の意見を言い始める。
正直この人と関わり合いになりたくない。
黙っておこう。
「ほら!Z女!アンタこいつの女ならしっかり教えな!」
私に会話のボールが投げられた。
色々言わないといけないことがあるが、このタイプの人とあんまり話したくはない。
どうしたものか、言葉を選んでいると優牙がめげずに言葉を発する。
「っていうか、あの魔物を倒したのってオバさんなの?」
「ああ、そうだが、あんたは魔術師なのか?」
オバさんの表情が一瞬硬くなったのが見えた。
私は優牙の前へと急いで出る。
メギキキと、腹部に今までで感じたことが無いような強い衝撃と共に、眼から見える空と地面の位置が入れ替わる。
★
何が起きたか、分からない。
単純に魔術に触れるようになってから日が浅いのか、目の前の状況が呑み込めない。
一度自分が理解できている範囲で整理しよう。
目の前のオバさんの表情が硬くなった瞬間、俺の目の前に八掛が飛び出したと思ったら、飛び出したはずの八掛が突然吹き飛ばされていた。
整理することは出来たが、理解できない。
「なんだい、急に来るから狙い間違えたじゃないか。」
目の前のオバさんの声色には落胆が色濃く出ている。
何がどうなっているのかを聞こうと思い、口を開こうとする。
俺が口を開いたのを見たからなのかわからないが、オバさんは直ぐに唾を飛ばす勢いで口を開く。
「ったく!、仕方ないね。」
前半と後半でオバさんの語気が変わった。
防御の構えを取ろうと、身体を動かそうとするも、それよりも早く脇腹に強い衝撃が奔る。
バチャアンと、大きな音を立てながら川の浅瀬に飛ばされた。
全身が濡れ、服が水を吸い、重くなる。
「なんだい、まぁ~だ生きてんのかい。」
一歩、また一歩と、オバさんは俺の元へ寄って来る。
なんとか立ち上がりオバさんが来る前にしっかりと構えを取る。
対してオバさんは不敵に笑みを浮かべながら、肩を慣らしていく。
「来な!」
オバさんのその言葉を合図に俺は勢いよく飛び出した。
そのまま直線的にオバさんの懐まで入り、強化した拳をオバさんの胴体へ放つ。
一発だけではなく、何発も放ち続けているが、妙な手ごたえを感じるだけであり、実際に当たった気がしない。
「効かないねエ!!!」
オバさんは歯茎を見せるように大きく口を開けて悪魔のような笑みを浮かべる。
実際に俺からの攻撃はオバさんに対しては全く効いていなかった。
ゴッ!と俺は右頬に強い衝撃を受け、岸の森林地帯の方まで押し出された。
間一髪、何とか受け身は間に合ったが、腕や脛からはズキズキと痛みが伝わってくる。
「まったく、男なんだから少しは歯応えってのを期待したんだけどねえ、なんだか旨いって評判の飯屋に行って実際に食べてみたらそこまで旨くなかったみたいな、そんながっかり感が強いよ。」
俺は何とか体を起き上がらせ前を向く。
オバさんをしっかりと見て一瞬の動きも見逃さないように視る。
「良いね!その表情!掛かってきな!次は全力で潰してあげるよ!」
なんとなく。
本当に偶然、俺は右に移動した。
他には特別な行動は一切していない。
本当にただ右に走り出しただけだった。
大きな風切音と共に俺がさっきまで居た場所は大きな手形の形に抉れていた。
「運のいい小僧だね。」
走りながら地面に落ちている尖った石を拾い上げ、ジグザグに蛇行しながらオバさんの元へと走り出す。
オバさんの元にたどり着く前にデコイとして先ほど拾った石を思いっきり投げる。
投げて直ぐに走り出す。今回は蛇行せず、姿勢を低くして真っ直ぐ直線でオバさんの元へと向かう。
俺の投げた石にオバさんが手間取っている間に一気に殴りまくるという算段だ。
「甘いね。」
ニヤリと、オバさんの特徴的な笑みが強く印象に残った。
オバさんは俺が投げた石を軽々と掴み、俺の額へと突き刺そうと振りかざす。
引けば生きて再びチャンスを窺うことができるかもしれない、けどあの攻撃を再び躱せるのかも運次第となる。
行くしかない。
頭に対して強化の魔術を施しながらオバさんに対して全力の頭突きを喰らわせる。
「なんてガキだい。」
ギギギと、オバさんが歯軋りをする。
先ほどまでと表情は異なり、余裕と気怠さを含んだ笑みが崩れ始める。
「まだ、行ける。」
額を手首で拭いながら、思わず言葉が漏れる。
眉間よりも少し上あたりからだろうか、先ほど振り下ろされた石によって傷つけられた箇所が痛む。
対してオバさんは口角を上げ、笑みを作り始める。
その笑みはどこか幼く感じる。まるで小さな子供が親からおもちゃを買い与えられたような、そんな笑みだ。
「嬉しいねえ、アタシを前にしてここまで粘るんだ、楽しくなってきたよ!」
オバさんは首を鳴らし、楽し気に語る。
俺はその表情を見ると身体が強張り、一瞬だけ張り詰めた気が解けてしまった。
解けた気をもう一度張りなおそうと意識を切り替えようとするも、それよりも先にオバさんが動いた。
大急ぎで右に避ける。先ほどと同じように、さっきまで俺のいたところに地面には大きな手形ができていた。
再びジグザグに蛇行して近づこうとするも、無理やり進行を止めるように衝撃を受け止まってしまう。
今は、なんとか石を投げ続けながら走り回ることでギリギリ攻防を成立させているがその内限界が来てしまう。
倒すにしろ、逃げるにしろ、まともな作戦無しにはどっちも難しいだろう。
「どうした!ほら!もっとアタシを楽しませな!!」
あの頭のおかしいオバさんの攻撃の速度が徐々に上がっている。
元々一〇秒に一回ほどの攻撃だったのが今では三秒に一回ほどの攻撃へと速度が上がって行ってる。
これ以上攻撃速度を上げられてしまったら倒すことも、逃げることもできなくなってしまう。そうなる前に多少危険でも八掛を回収して逃げることを考えたほうがいいはずだ。
次にオバさんが攻撃した後、森林エリアに飛ばされた八掛を回収して全力疾走して逃げる。
そう決めた直後、衝撃が放たれ、先ほどまで居た場所に大きな手形がある。すぐさま八掛の方に走り出す。
なんとか八掛の元に駆け付け、ひょいと抱え走り出す。
「なんだい!逃がしはしないよ!!!」
オバさんが直立したまま、宙に浮き追いかけてくる。
「嘘だろ、何だよあのキモい移動方法......」
愚痴を言いながら全速力で走る。
森林エリアに入ったおかげもあってさっきまでよりも逃げるにはいい地形のはずなのに全然引きはがせている気がしない。
加えて、さっきのオバさんの攻撃が余程効いているのだろうか八掛も全然目覚める気配がない。
森林エリアを走っている最中、先ほどまでよりも強く吹き飛ばされる。
「いっっってぇえ!!」
吹き飛ばされるときに受けた衝撃はさっきの方が強いが、吹き飛ばされた距離がかなり長く、加えて背中が思いっきり木に叩きつけられたため激痛が奔る。
抱えていた八掛の様子を見ると、俺とは違い、どこも打っていない様子だったので一旦は良しとする。
吹き飛ばされた方を見てみると、思わず息を飲むような衝撃が視界に叩きつけられる。
現代魔術師と俺。 名無しの@ @Nanasinoatto1
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