第4話:モグラと魚の音楽。奏でる。
パラパラとページを捲る音だけが今の俺、優牙の部屋にある。
三日前に購入してから読む暇がなかった漫画を、一人でこっそりと深夜に読む。
深夜にこっそりと読むことで別に悪いことは何もしていないのにちょっと悪いことをしているような感覚になり、楽しくなる。
そんな感覚を愉しみながらページを捲っていると、物語の終盤に予想外の衝撃的な展開が目に入る。
「は⁉マジかよ!」
目が点になるような展開だ。
まさか主人公が黒幕の一人息子で、これまでの戦いのすべてが事実上の親子喧嘩という展開なのはさすがにありがち過ぎて逆に盲点になってしまっていた。
こうして漫画を楽しんでいると、部屋の外から力強い足音が聞こえてくる。
なんだなんだと、部屋の現在地から耳を澄まして良く聴いてみると、徐々に近づいているのが分かる。
足音は俺の部屋の前で止まると、力強いノックが二度行われた。
「ちょっといい?」
扉越しから聞こえる声は八掛のものだ、声色からして怒ってはいないようなので、扉を開いた。
当たり前のことだが八掛の現在の姿は寝間着だった、いつもは一つに束ねている銀色の髪も今は降ろしている。
健全な男子高校生が同級生の寝間着姿を見るのはいたたまれないというか、気恥ずかしいというか、そんな気持ちが強く出てしまいそうだが、ぐっと堪え要件を聞く。
「どうしたんだ?」
もしかしたら声が震えていたかもしれない、八掛の反応を見ても、特別変な状態ではなかったため、普通の声色だったんだと思う。
「明日教える魔術なんだけど、魔術以外も、いろいろ根本の部分から教えるから早く寝なさいってだけよ。」
「おう、わかった。」
「それだけ、じゃあね。」
八掛さんは俺の部屋を後にした。
恐らく、客間に戻り寝るのだろう。
バッと、思いっきりベッドに仰向けに倒れながら今までのことを振りかえる。
「魔術師...魔力...魔物...魔術。」
今までなんとなく使っていた単語を復唱しながら考える。
「俺、何にも知らねえな。」
事実、俺は魔力についても、魔物についても、魔術についても、魔術師についても、そして八掛愛についても何も知らない。
最初は巻き込まれているから、巻き込まれてしまったから成り行きに身を任せてかなりなあなあでやっていっていたが、実はかなりとんでもないことをやっているんじゃないのかと思ってしまう。
だからわざわざ魔術以外のそれこそ多分魔物とか、魔力とかの根本的な感じのことを教えるといい始めたのだろう。
俺は漫画を閉じてそっと本棚へと戻してから眠りについた。
★
翌朝、俺がリビングに向かうと八掛が料理をしていた。
「おはよう、優牙。ご飯もうすぐできるから座って待ってて。」
手慣れた手つきでフライパンを振り、料理を作っている。
三分ほど経つと、醬油のいい匂いが部屋に満たされる。
それを合図にしたかのように、八掛が俺を呼ぶ。
「できたわよー!」
「おう!」
平皿の上にパラパラの盛られていたのは炒飯だ。
炒飯をよく見てみると焼き豚がゴロゴロと入っている、かなり漢といったメニューだ。
「おお!めっちゃうまそう!」
「いただきます。」
「いただきます!」
俺は八掛お手製の炒飯を口に運ぶ。
口の中でもわかるぐらいはっきりとした存在を感じさせる焼き豚、かなり大きめに切ってあるようだ。
けれども簡単に噛み切れる。
野菜も確かに存在しており、上手く野菜の甘みを引き出し、焼き豚といい具合に噛みあっている。
「八掛って料理上手だな!」
「ありがとう、お代わりまだまだあるからたんと食べてね。」
バクバク、ガツガツと八掛の作った炒飯に食らい付いていると八掛が笑いかけてくる。
「そんな急がなくっても炒飯は逃げないわよ。」
やれやれと言わんばかりの表情でゆっくり食べるように諭されてしまう。
けれど、この炒飯は凄くおいしい、もっと食べたいと脳ではなくまるで脊髄で考えているのかと錯覚するようにバクバクと口に運ぶ手が止まらない。
★
「それじゃあ始めましょうか。」
食事を終えた俺と八掛は食器を片し終え、俺の自室に向かう。
魔術の修練へと八掛が移ろうとしたとき、俺はその流れを遮ってお願いをしようと口を開く。
「八掛先生、そいえば俺、魔術を習おうってなったはいいけど俺、魔力とか、魔術師とか結構ふわっとしてるけどいいの?」
「そうね、本当は良くないわね。そこら辺から知りたいなら教えるけど、どうする?」
「教えて欲しい。」
「わかった、とりあえず順番にそうね...魔力炉から教えましょうか。」
俺はノートとペンを取り出ししっかりとメモを取る。
「お願いします、八掛先生!」
「よろしい、魔力炉っていうのが魔術師の心臓付近にあるのは前教えたわよね?」
八掛が前にちらっと言っていたことを思い出しながら答える。
「ああ、覚えているよ、確か魔力を生成、保管する器官なんだろ?」
「正解、ちゃんと覚えてたみたいだね」
どうやらちゃんとあっていたようだ、若干怪しかったため、改めてメモに記載する。
「魔力炉からはいくつか魔術線っていうのが伸びていて、魔力炉で生成された魔力は魔術線を通して体外に魔力を放出、使用することができるの。さらに加えるなら魔術線からさらに魔術基盤っていうのにつながっていて、この魔術基盤を通して魔術をさらに発展させたり、漫画とかでよく見る火とか水とかの魔術を使えるようになるの。」
俺は頭が熱くなっているのが分かる。
メモを取っても、そのうえで専門用語っぽいのが多くてわからない。
「簡単にまとめると、魔力炉っていうのがコンセント、魔術線がプラグ、魔術基盤が家電っていう感じ。」
「あ、わかりやすい。」
ようやく理解できたため、しっかりとメモに残す。
一つ疑問が浮かぶ。
「俺には魔術炉ってのが無いけど、他のはあるのか?」
「まあちゃんと検査しないとわからないけど魔力炉は少なくともないわね。けど魔力炉が無くっても魔術線と魔術基盤がないって訳じゃないのよ。」
「そうなのか?」
「ええ、実際私の魔術の先生も魔術基盤はないわ。けどまあ、魔力炉、魔術線、魔術基盤のどれかがないって人はかなり珍しいけどね。」
「やっぱりどれか一つでも欠けていたらダメなのか?」
「厳しいことを言うけど、そうね。どれか一つ、特に魔力炉が欠けていたら致命的ね。自分で魔力を生成、供給できないなんて魔術師として破綻しているもの。炉、線、基盤の三つのうち一つだけかけていて魔術師として大成できたのは記録上私の師匠一人だけよ。」
「そうなのか。」
正直かなりがっかりした。
俺は魔術師になるには向いていないらしい、そして一つ知ればまた一つ疑問が浮かぶ。
「魔物っていうのは何で別世界からこっちに来るんだ?」
「理由はわからないけど、いくつか仮説があるわね。今一番有力視されているのはこっちで化学が発展すればするほど、それを規制するために来るっていう理由ね。」
「科学が発展すると不都合があるのか?」
「まあね、聞きたい?」
「遠慮しておきます...」
「じゃあ次は魔術について教えるわね。」
「お願いします!八掛先生!」
「魔術にもいろいろあるけど、大きく分けて二種類あるの、多分優牙も片方は使えると思うから頑張りましょう。」
「おお!」
「一つが魔術線だけを介して使う無色魔術、もう一つが魔術基盤を通して使う色彩魔術。多分優牙が今使えるのは無色魔術の方ね。」
「ほうほう。」
俺は今まで以上に、しっかりとメモを取る。
「無色魔術っていうのは、魔術線と魔力炉...正確には魔力があればだれにでも使える汎用的な魔術ね、強化とか私の得意な魔弾もこれにジャンル分けされるわ。そして最も研究が発展しているわ。」
「じゃあ俺が使えない色彩魔術ってのは何なんだ?」
「それは魔術基盤ってのがあったじゃない?それを介して多種多様な固有の魔術を出力するの。」
「なんで俺は使えないんだ?魔術基盤ってのがないからか?」
「使えないって訳じゃないわ、けど魔術基盤から出力される魔術は主に親と同じか、近い魔術効果になるんだけど、あなたの魔術基盤の魔術はわからないの。だから使い方は教えられないし、使わないほうがいいわ。」
「でも使わないとわからねえじゃん、つーかーいーたーいー!」
「基盤から出力される魔術は稀に自分にも被害が来る場合があるけどそれでも使いたいの?」
「あー、じゃあ今はいっかな。」
「はいはい、機会が来たら教えるから。」
八掛がふと外を見ると、もう暗くなっていた。
時計を確認すると既に一九時過ぎになっていた。
「もうこんな時間なの、それじゃあぼちぼち行きましょうか。」
八掛はやれやれという感じで嫌な仕事に対して無理やり行こうとしている様子だ。
その仕事について俺は一つしか心当たりがない。
「魔物狩りだよな。」
「そう、魔物狩り。」
★★
現在は割烹市の割烹自然公園。
私と優牙が初めて出会った場所へきている。
正確に言えば、この自然公園は、遊具エリア、森林エリア、キャンプエリアの三つに分けられている。
私と優牙が初めて出会ったのは森林エリアだが、今いるのはキャンプエリアだ。
キャンプエリアのすぐそばにある小川のおかげか、若干涼しく感じることができている。
「ここら辺にいるのか?」
優牙は疑う深く辺りを見渡しているが、魔物が発見できていないといった表情だ。
「ええ、居るわ。」
辺りは暗くなっているが、既に魔物が活発になる時間だ。
それに魔物を探知するおはじきがこの辺りだと示している。
「ここら辺に居るわね。」
「わかったって。」
はいはいと、優牙は仕方なさそうに探している。
「暗いと見づらいわね。」
街灯の無い夜だとやはり視界が悪い、こんなことなら懐中電灯でも持ってくればよかったかと後悔する。
最終手段としてスマートフォンのライトを使うという選択肢もあるが、私のスマートフォンの充電は今三〇パーセントを切っている。
あまり使いたくはない充電残量だ、もうしばらく探して見つからなかったらスマートフォンのライトを使おうと決めて改めて探し始めようとする。
「これでどうだ?」
優牙は懐中電灯を持ってきていたようだ、そのまま懐中電灯に対して物質強化を施し、光を強くする。
お陰で私の視界も明るくなってきた。
優牙が魔術で物質強化した懐中電灯を使って辺りを照らし探すも、陸地には魔物らしきものは見れない。
残る思い当たるのは三か所。
視界に入っているのは陸地、空、川。
可能性として考えられるのは、上空、地中、そして水中。
魔力的には多少余裕がある。
仕方ない、少なくとも地中にいたほうが面倒だ、ならアレをしよう。
「優牙、さっき話してた色彩魔術なんだけど、当然私も使えるわ。」
「え?自慢?」
「違う、今から実際に使って見せるからしっかり見ときなさいってこと。」
「はーい。」
私はそこら辺の石ころを拾い上げて、魔力を込める。
石全体に魔力が渡り、幾何学模様が浮かび上がり、淡い青色に光る。
「優牙、魔力の性質について軽く教えておくわ。」
「性質?」
「原則、魔力は自分から離れれば離れるほど消えやすく、維持も難しいの。これの対処としては自分と物理的接触をしておくか、魔力を伸ばしてつなげるか。けれどね、真の魔術師ならどれだけ離れていても一度付与した魔力は役目を終えるまで維持し続けられるの。こんな風にねッ!」
魔力を込めた石を思いっきり地面へ叩きつける。
魔力を込めた石はメリメリと地面を掘り分け、地中深くへと向かい続ける。
ある程度の深度まで行ったのを魔力で感じたら私の魔力を起動させる。
三〇秒後、地面から小さな揺れが私たちの身体を突き抜ける。
―――成功した。
「うおっ。」
「私の色彩魔術は付与。石をはじめに木の枝、髪の毛、なんにでも無色魔術の効果を付与することができるの。」
今回石に付与したのは所定の位置まで進み続ける【貫通】と、色彩魔術よりも威力、規模は劣るが誰でも扱える【爆破】の二種類だ。
「おお!すっげーかっけー!」
代わりに魔力の消費量は普通に無色魔術を使う時の倍量が必要となる。
地面から土柱が盛り上がる。
同時に川からも水柱が昇る。
二匹の魔物が、私たちに姿を見せる。
★★★
その魔物たちは共生関係にあるのか、魔物には珍しく二匹で一匹と考えてもいいだろう。
どんな生物であれ、生物がその姿をするには必ず合理的な理由があるはずだった。
けれど、少なくとも人の目からはそのようには見えない、それほどまでにその魔物たちは音楽家(アーティスト)であった。
地中から出てきた魔物の体躯は、ほぼ小学校一年生と同じだ。
それに加えて顔の三割を占めるのは漆黒の濃いサングラス。
頭部はチリチリとなった、今時珍しいアフロで守られている。
爪は伸びきっており、その姿はモグラと言える。
水中から出てきた魔物の体躯はダックスフンドのように長くなっているトビウオだ。
身体の側面には鱗がギターの弦のように張られている。
改めて刻もう、その魔物たちは音楽家(アーティスト)だった。
魔物調査録より抜粋。
★★
「なんじゃアレは⁉」
優牙は魔物の見た目にかなり気圧されている様子だ。
私は何とか優牙の身体を動かさせようと呼びかける。
「さっさと構える。」
とは言ったものの、優牙の言いたい気持ちもわかる。
何なのだアレはトビウオ型の魔物がまるでギターかのようにモグラ型の魔物に構えられている。
優牙は地面を蹴り上げながら、急加速して一気に魔物たちに詰め寄る。
対して
奏でられた音色にサイリウムを振るように、魔物たちの背後にあった川の水が水柱を上げながら宙でうねり、優牙へと襲い掛かる。
「無視しなさい!」
優牙に指示を送る、優牙には魔物の特殊攻撃に対して一切の対応策を教えていない。私は魔物と戦闘をするのであれば魔力の影響もあって不安が残るが、魔物の特殊攻撃の対処程度なら問題はない。
逆に優牙は魔物からの特殊攻撃の対抗手段が無い、あの水柱がただの質量攻撃であればまだいいが、もし特殊な効果があればこの魔物が狩れなくなってしまう、なのできっちりと役割分担をする必要がある。
だからこそ私は優牙に対して襲い掛かってくる水柱に対しては敢えて何もさせない。
私は再び、石を拾い上げ、優牙と水流の間に投げ込む。
石が破裂し、石だったものは無色魔術の魔術障壁と変化する。
うねる水柱は優牙の目の前で私の魔術障壁によって阻まれる。
一方、優牙の拳は
優牙は間を開けず非情に、
その間、私は急いで三つの石を拾い上げ、色彩魔術を使用する。
付与する効果は【貫通】、【追尾】、そして【爆破】、貫通で水柱を無視させ、地中に逃げられてもいいように追尾を、最後に必ず狩るために爆破。
いくら弱体化しているといっても私の爆破を生身で受けては指の一本や二本を飛ばしてしまうかもしれない。
なら私が優牙に対して送る指示は一つだけだろう。
「物理強化!」
分かりやすく、端的に、優牙へ指示を送る。
私は優牙が魔術を発動させた瞬間を確認しない、もし確認してから投げてしまったら避けられてしまうかもしれない、逃げられてしまうかもしれない、対策されてしまうかもしれない。
なら私がするべきことは優牙を信じて撃つことだけだろう。
私は三つの石を魔物たちの方へと撃ち放つ。
三つの石は美しい青色の輝きながら縦横無尽に駆け回りながら魔物へと向かう。
三つの石は魔物に命中する直前青色に強く輝き始めた。
爆ぜる。
青く、黒い煙を上げながら、さらにもう一発爆ぜる。
増々煙が濃くなり、魔物と優牙の様子がうかがえない、最後にもう一度爆ぜた。
爆発によって生まれた煙、それを割くように二つの影が現れた。
一つは魔物、もう一つは優牙だ。
先ほどの石爆弾でギターとして扱われていた
優牙と魔物の間に緊張が走る。
なんとか援護をしようとするも、石に込めれるだけの魔力も、魔弾を放つだけの魔力もない。
最後は優牙に決着をつけてもらうしかない。
優牙の拳と魔物の爪が交わる。
魔物の爪は優牙の指先を抉り、優牙の拳は魔物の頭蓋を砕き、貫いた。
頭蓋を砕かれた魔物はそのまま力なく前方へと倒れ、塵となっていく。
【ミ、ミミュ...】
爪を地面へと突き立てながら、頭蓋を砕かれ、脳も穿たれているのにもかかわらず涙を流しながら悔しさを表していた。
この晩の戦いは私たちの勝利で幕を閉じた。
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