第六章 黒猫との出会い
美咲は階段を下り、手洗い場に来ていた。
「ここに来るのも大変なんだよね。さてと──」
彼女の手には、先ほどのガラスの破片でできた赤い傷があった。
「さっきは気付かなかったのだけれどな」
リュックをあさると、母が入れてくれたらしい救急セットが出てきた。
「こんなものかな」
慣れない手つきで包帯を巻くと、ひとまず安心して戻ろうとした。
ガサガサ──。
物陰から物音がした。
「何?」
恐る恐る近づいてかき分けると、小さな影が見えた。
「猫……?」
触れようとすると、猫はすばやく逃げてしまう。
「この世界にもまだ動物がいるんだ」
安堵したのも束の間、背後にはお地蔵さんが並んでいた。
その中央には、さきほどの猫に似た石像があった。
ガサガサ──。
また音がして振り返ると、今度は本物の猫が座っていた。
「一緒にここから出たいの?」
猫は「にゃあ」と鳴いた。
美咲はエコバッグを広げ、その中に猫をそっと入れる。
「さてと、戻ろうか……ここ、どこ?」
階段を下りてきただけのはずなのに、お地蔵さんのせいで帰り道が分からなくなっていた。
「どうやって戻れば……」
そのとき、黒猫がもう一度「にゃあ」と鳴いた。
青い霧が広がり、お地蔵さんの像は煙のように消えていく。
気づけば、美咲は元の階段に戻っていた。
「なんで……? この猫が鳴いたら戻ってきた……?」
「おーい!美咲ー!どこにいるのー!」
上から明菜たちの声が聞こえた。
反応しようとしたが、この猫は普通じゃない。そんな直感が胸をよぎり、思わずエコバッグを抱きしめた。
「ここにいるよー!」
そう答えて猫を隠すと、
「少し我慢しててね」
と小声で言ってから、再び階段を登り始めた。
「やっと見つかったか」
「何分ぐらい経ったの?」
「だいたい十分だよ」
明菜が口を開く。
「美咲ちゃんがいなくなってから分かったことがあるんだけど。この世界は、時間が遅れているの」
美咲は右手の包帯を見下ろした。
だから、傷に気づくのも遅くなったのかもしれない。
グゥゥゥゥ……。
誰かのお腹が鳴った。
「……そういえば、食べ物もろくにないね」
「どこかで探さないと」
和樹が周りを見回して言った。
「都市だったらショッピングモールとかあるはず」
拓斗の言葉に、全員が顔を上げた。
「行ってみよう。食料と……できれば懐中電灯の電池も欲しいし」
「でも、また崩れるかもしれないよ?」
明菜が不安げに言う。
「行こう!チャンスは今しかない」
美咲は猫の入ったエコバッグをそっと抱きしめながら答えた。
こうして彼らは、ショッピングモールへと足を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます