隻腕の女会長と海魔 #6
一番船と二番船から放たれた弓矢は、やや高い位置から海面に浮かぶメガロドンめがけて、真っ直ぐに飛んでいった。
そしてその勢いのまま、メガロドンの背中に突き刺さる。
激しい痛みを背中に覚えたであろうメガロドンは、体をしならせる。
大きな水飛沫が立ち上った。
水兵団が操る船を、己のテリトリーを脅かす敵と認識したメガロドンは、真っ直ぐに船団の方に向かってきた。
「第二射、用意……放てっ!」
向かってくるメガロドンについて、もう一度弓矢が放たれる。
第一射と同じく、メガロドンの背中に矢が刺さる。
しかし、メガロドンは勢いを落とさないまま、船に近づいてきた。
「散開! 続いてモリの準備!」
計画通り、距離を縮めてくるメガロドンの鼻先で、船を左右に散開させる。
突然襲うべき対象が目の前で消えて、一瞬たじろぐメガロドン。
しかし、先頭の船が散開することで後続の船を見つけたメガロドンは、再び前進を開始する。
結果的にメガロドンは、散開した船の間を通ろうとする。
「モリ、放て!」
散開した船から、ロープがついたモリが放たれる。
放たれたモリは、メガロドンの両脇に深々と刺さる。
痛みの原因となったモリを振り払うかのように、メガロドンが体をくねらせると、一番船と二番船はバランスを崩しそうになる。
それぞれの船の水兵はメガロドンに引きずられて転覆しないよう、ロープを繰り出しつつ、舵を操作する。
そうして、メガロドンの斜め後方に位置するように、場所を確保した。
伝声用の魔具から届けられた報告と、目視で見える戦況から、想定よりメガロドンの勢いが強いと、フォルラーナは分析する。
そして、今回の戦闘はかなり長引きそうだと予想していた。
三番船と四番船から、次の指示の要求が届く。
計画通りの作業を行うよう指示を出すと、やや後方で待機しているラーセンに状況を説明し始めた。
「この海域を蹂躙していた海魔は、メガロドンだった」
「メガロドン。サメに似た凶暴な海魔だな」
「ああ。悪いことに、想定よりはやや強力な個体だった」
「戦況は?」
「今のところは計画通りに進んでいる。本来だったら手前の船で仕留められるはずだが、もしかしたら本船までメガロドンが到達するかもしれない、と見ている」
「なるほど」
二人が会話するのを見て、クロムも戦況がやや緊迫しているのを感じる。
話を終えて戻ってきたラーセンに、クロムは問いかけた。
「師匠、ピンチですか?」
「まだ、そこまでではない。ただ、この船まで海魔が来るかもしれない。心の準備はしておけ」
「心の他に、準備することはないですか?」
ラーセンは、クロムの目を見た。
出会った時にボアと対峙した時や、アンバーの村でウルフと戦っていた頃に比べると、魔獣との戦闘においても少し余裕が出て来たように見えた。
戦力として考えても良いだろう。
そう判断したラーセンは、やや具体的なアドバイスを与えておくことにした。
「おそらく、時間的猶予が少ない状況になると思う」
「それは、どういうことですか?」
「リクエストしたときは、なるべく早く、魔法陣を描いてくれ」
「わかりました!」
そういうと、ラーセンはフォルラーナの背中姿を注視し始めた。
フォルラーナの眼前では、五番船と六番船が散開した後に、メガロドンの後方に位置していた。
メガロドンには、背中には無数の矢が、両脇にはロープに括られたモリが、確かに刺さっていた。
しかし、それらを持ってしてもなお、メガロドンの前進を完全には阻み切れていなかった。
「七番船、準備完了」
「八番船、準備完了」
フォルラーナらが乗る船の前をゆく最後の船が、メガロドンへの攻撃体制に入った。
二つの船は指示を待つ。
冷静なように見えるが、各船に乗り込む水兵たちも、今回のメガロドンが想定より強力な個体であることは、とうに気が付いていた。
しかし同時に、彼ら自身が、港に住む住民の暮らしを守ることのできる唯一の戦力だということも、しっかりと理解している。
そのため、これほど困難な状況にもかかわらず、士気は高く、統率も維持されていた。
そして、フォルラーナの指示のもと、七番船と八番船がメガロドンに向かって突入した。
その突入を見届けるとフォルラーナは、自身が乗る船の水兵たちに、モリの準備を指示する。
いずれも腕に覚えのある屈強な水兵が、めいめいにモリを持つと、舳先に近い甲板に待機する。
フォルラーナもモリを手に持つと、水兵たちのやや後方に位置した。
(大丈夫。これでも想定内の状況。必ず仕留めることはできる……)
手元のモリと、手負のメガロドンに、交互に目を向けるフォルラーナは、普段よりやや緊張していた。
それは、このメガロドンが、フォルラーナにとって二度目の邂逅であることと関係があった。
当時はまだ一介の水兵であったフォルラーナは、今日と同じような船団の三番船に乗っていた。
違ったのは、三番船と四番船が後方に位置した時に、メガロドンが暴れ出したことだ。
ロープ越しに激しくメガロドンに引きずられた三番船は、大きく傾いた。
そしてフォルラーナを含む数人が、海に投げ出されたのだ。
無我夢中だったので、その後のことはよく覚えていない。
しかし、後続の船に助けられた時には、フォルラーナの左腕は無くなっていたのだった。
「七番船、八番船、突破されました。メガロドンは本船に向かっています」
補佐官が、現況を報告する。
眼前には手負のメガロドンが、最後の力を振り絞ってフォルラーナの乗る船に迫っていた。
フォルラーナはモリを持った右腕を高く掲げた。
「モリ、投擲用意!」
フォルラーナの号令とともに、モリを持った水兵たちが、メガロドンに狙いを定める。
メガロドンの立てる水音が、かなり大きくなってくる。
射程範囲にメガロドンが侵入したタイミングで、フォルラーナは右腕を振り下ろす。
「放て!」
その声と共に、何本ものモリが一斉に放たれて、メガロドンの頭部に突き刺さる。
メガロドンは大きく体をしならせると、海面から飛び上がった。
脇腹に刺さっていた何本かのモリが、血飛沫とともに外れる。
夏の青空を背景に、水飛沫と血飛沫が混じり合って輝く。
それは緊迫した状況に相応しくないほど美しく、一瞬誰もが目を奪われた。
「おおおっ!!」
そんな状況の中、冷静さを保っていたフォルラーナは、ギリギリまでメガロドンを引きつけると、メガロドンの急所である眉間目掛けて、モリを投げた。
狙い違わず、モリが急所に当たる。
完全に動きを止めたメガロドンだったが、そのまま巨体が船の上に落ちてくる。
全てを出し切ったフォルラーナは、落下するメガロドンを、片膝をついてただ見つめていた。
「風魔法だ!」
「はい!」
スローモーションのようになった状況を、元に戻すかのように、ラーセンの鋭い声が響く。
クロムは、持てる限りの最速のスピードで、魔法陣を描く。
ラーセンも、他の魔法の威力を上げる魔法陣を描いた。
描き上がった魔法陣を、クロムが躊躇いなく発動するのに合わせて、ラーセンも魔法陣を発動させる。
ハルモニー効果により、初級風魔法は大きな旋風に変換されると、落ちてくるメガロドンめがけて飛んでいく。
目に見えない障害物に阻まれたメガロドンは、落下の軌道を少しずらし、ラーセン等が乗る船のギリギリ横の位置に着水した。
大きな水飛沫が跳ね上がると、船が大きく揺れる。
その揺れがおさまると、海魔との死闘を終えた海は、何事もなかったかのように静まり返っていた。
息絶えて、腹を上にして浮かぶメガロドンを除いては。
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