第39話:「月の下、君の名を抱きしめる」

 ある日の夜。


 部活の帰り道、ふたりきりの歩道。


 月の光が、街灯よりもやさしく二人を照らしていた。


 並んで歩くカナタと零。


 ふいに、零がぽつりと口を開いた。


 零「……あの時さ。アンチのやつ、ひっぱたいたろ」


 カナタ「え?」


 零は前を向いたまま、少し照れくさそうに続けた。


 零「……あれ、マジで格好よかった。……惚れ直した」


 カナタはびくりと立ち止まり、目を見開く。


 零も足を止め、振り返ると――そこには、小さく震えるようなカナタの姿。


 カナタ「……そ、そうかな……? ありがとう……」


 ほっとしたように笑う。けれど、その目には、うっすら涙の膜があった。


 カナタ「…ほんとはね、こわいの……ずっと……」


 風に髪がなびく。


 声が、かすかに震えていた。


 カナタ「私……性転換手術をして、女の子になったけど――


 こんな私が、誰かを好きになっていいのかなって……


 そんな資格、ないんじゃないかって……ずっと、どこかで思ってた……」


 握りしめた拳。つま先が少しだけ震えている。


 その肩に、そっと温かい手が添えられた。


 零「……バカだな、お前は」


 カナタ「え……?」


 零はまっすぐその目を見た。


 いつになく真剣で、まっすぐな瞳だった。


 零「誰かを好きになるのに、“資格”なんていらねぇよ。


 だれがそんなもん決めんだよ」


 零「……俺は、“今の”お前が好きなんだよ。


 過去でも、身体でもない。――“カナタ”っていう、目の前の、お前が」


 カナタの目が、大きく見開かれる。


 そして、静かに、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。


 カナタ「……れいくん……うぅ……ありがとう……っ」


 零は、ためらうことなくその身体をそっと抱きしめた。


 まるで、か細く震える心ごと、包み込むように。


 その胸の中で、カナタは安心したように泣きじゃくる。


 声を殺しながら、それでも涙は止まらなかった。


 そして――


 茂みの陰から、シャッター音。


 ミュン(小声)「尊すぎて……涙も写真も止まらないミュン……ッ!!」


(※シャッター音×14連発)

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