第27話:「ひとつだけ、あなたのもの」
昼下がり──晴天)
今日は、カナタが零の家に招かれた特別な日。
ちょっとだけおめかしして、お気に入りのリボンを頭につけて、小さなバッグを肩にかけて──。
カナタ(ドキドキドキドキ……)
「こ、ここが……零くんの家……」
(目の前にそびえる、まるでおとぎ話に出てくるような白亜の大邸宅)
カナタ「す、すごい……お姫様とか住んでそう……。ていうか、零くんってお金持ちだったの……?」
(緊張で手が震えながら、インターホンを押す)
(ピンポーン……)
すぐに扉が開き、ラフな服装の零が現れる。
零「よう。わざわざ悪いな。入れよ、こっちだ」
(照れも見せずにあっさり案内する零に、カナタの心拍数はうなぎのぼり)
(通されたのは、調度品ひとつひとつが高級感を漂わせる、落ち着いた雰囲気の広い部屋)
けれど、不思議と派手さや虚勢めいたものはなく、どこか静かで、零そのものを映したような空間だった。
カナタ(ど、どうしよう……ただ部屋に入っただけなのに、ドキドキ止まんない……)
(心臓、うるさい……)
ふと、棚の上にぽつんと置かれた、小さなぬいぐるみに目が留まる。
それは少し色あせていて、使い古された様子のライオンのぬいぐるみだった。
飾りというより、ずっとそこに「居た」という雰囲気。
カナタ「あの……あれって……」
零「ああ、それか?」
(一瞬だけ、零の表情が和らぐ)
零「……ガキの頃さ。家に誰もいない時間が長くてな。父さんも母さんも忙しくて、いつも一人だった」
「話し相手もいねぇし……そいつが、唯一の友達代わりだった」
カナタ「……零くん……」
零「……別に、今は慣れたし、気にしてねぇよ。昔の話だ」
(零は軽く肩をすくめるが、その言葉の奥に、静かな寂しさの名残が滲んでいた)
カナタは、そっとぬいぐるみに近づくと、両手で抱き上げて胸にぎゅっと抱きしめた。
カナタ「……きっと、この子……ずっと、零くんのこと見てたんだね」
(その言葉に、零が少しだけ驚いたように目を見開く)
そして、照れくさそうに目をそらしながら笑った。
零「……なんだよ。気に入ったのか?」
カナタ「……うん。なんか……すごく落ち着く。ぬくもりが残ってるみたいで……」
零「なら、やるよ。別にもう使ってねぇしな」
カナタ「えっ……いいの? でも、こんな大切なもの……」
零「お前なら、大事にしてくれそうだし。そういうの、ちゃんと分かってくれるやつだろ?」
(その言葉に、カナタの頬がほんのり赤くなる)
カナタ「……うん。絶対に、大事にする。……ずっと一緒にいる」
(抱きしめる手に、そっと力がこもる)
その瞬間。
ほんのわずかに──本当に小さな芽のように。
カナタの心の中に、“零くんだけの特別な場所”が、静かに生まれた。
(帰り道──)
ぬいぐるみを大事そうに抱えながら歩くカナタ。
カナタ(……零くんのこと、もっと知りたくなっちゃった……)
風がふわりと吹き、頬を撫でる。
その表情は、どこかほんのり恋する少女のように、優しく色づいていた。
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