「選ばれた影」

人一

「選ばれた影」

『人を指さしてはいけません』

これなんでいけないんだろうな。

失礼だから?

まぁ、それもあるだろうが……もしかしたら違う理由があるのかもしれないな。

例えば――


「うわ、今日もいるよ……」

「えっ?あぁ、指さしおじさんじゃん。」

俺が指さした先には、通路を行きかう人をターゲットにして指さし続ける中年男性がいた。

学校からは不審者として近づかないように言われているが、あんな意味の分からないおっさんに興味を持つな、と言う方が無理な話だ。

人々はおっさんなんていないように無視して歩いているが、おっさんは気にすることなくターゲットが見えなくなるまで指さし、また誰かをターゲットにすることを繰り返している。

どこから来ていて、何時から何時までいるのか誰も分からないが本当に毎日いる。

もっぱら俺の通う学校では駅の七不思議の一つに数えられていた。


「にしても……いつ見てもおんなじ汚い格好だし、怒鳴ったりも追いかけもせずに何がしたいんだろうな。」

「さぁ?いっつも無表情だし暇なんじゃね?」

通学に使う駅にいる変なおっさんは、もう背景のような存在だった。

なんとなく「ターゲットにはされたくないな。」と思いつつ、今日もおっさんの前を通り抜け学校へと向かった。


放課後、駅では朝と変わらずおっさんが誰かを指さしていた。

「なぁ、今日クラスの奴に聞いたんだけどよ……あのおっさんに指さされると、不幸になるらしいぜ。」

「嘘くさいな……」

「いやマジなんだって!別のクラスだけどよ、指さされた奴がその後に階段で転けて右足骨折してるんんだよ。」

「え~たまたまじゃねーの?……でも、一気に七不思議っぽくなったな。」

そう笑い合いながら、おっさんの前を通り過ぎた。

すれ違う時におっさんの顔を見上げたが、まばたきもせずただ一点を見つめていた。


噂通りなのか、それから学校では「おっさんに指さされた」と言っている生徒が立て続けに不幸な目に遭っていた。

財布を落とした、電車に乗り遅れた、骨折をした、別の変なおっさんに絡まれた……人によって様々だった。

俺は、共通点からさすがに不気味だと思ったが、やはりタイミングが重なっただけの偶然で「思い込みだろ」と感じていた。

指さされている大人たちは、少なくとも見えている範囲では何も起こっていないんだから。


俺たちはいつものように駅を歩いていた。

「あのおっさん、変なおっさんだとは思ってたけど最近なんか怖いよな。」

「みんな言ってるけど、そんなんたまたまだって。」

ふと、視線を感じたようなきがしておっさんの方を見ると、指さされていた。

俺ではなく、隣を歩く友人に向けて。

幸いなのか、友人はまだ気づいていない。

言おうか言うまいか、少し悩んでしまった。

思い込みだと散々言ってきたのに、いざ目の当たりにするとひどく不味いような気がしてならない。

「おい、お前おっさんに指さされてるぞ……」

「えっ?マジで――

友人は言い終わることなく、突如消えた。

焦りから周りが見えていなかったが、友人が階段の下で呻いていた。

――やっぱり、おっさんに指さされると不幸な目に遭うのか?

頭をよぎる疑問を、必死に振り払いながら大急ぎで友人の元へと向かった。

周りを行く大人達は心配そうにこっちを見てくる人もいたが、ほとんどの人は我関せずで去っていくばかりだった。


数日後、友人は少し入院したが幸い軽い打撲で済んだようだった。

俺は、身近な人間が指さされる現場を見てしまったあの日からどうにも落ち着かなかった。

「いや~あの噂、正直お前の言うとおり思い込みだろって思ってたけど、本当にひどい目に遭うなんてな。」

「あぁ……」

友人は気にしていないように笑っていたが、俺はノることができなかった。


体を冷たい風が通り抜けた感覚がした。

俯いていた顔を上げ前を見ると、おっさんと正対していた。

おっさんはこっちを向いていたが、俺を見ている感じはしなかった。

指は誰かに向けられているようで、ターゲットを追っていた。

立ち去ろうとしたが、気づいてしまった。

誰かを追っていたその指が、俺に向けられていると。

遠くで聞こえた気がした友人の声に振り返ると――


誰もいなかった。

目を疑う光景に辺りを見回す。

行き交う大人たちの姿も、さっきまで隣にいた友人の姿も、あのおっさんの姿も、影一つとして存在しなかった。


心臓が爆発しそうなくらい跳ねる。

風の音も、雑踏も、アナウンスの声も何も聞こえない。

窓の外に目をやると、さっきまで夕方だったはずの景色は夜の闇に沈んでいた。

誰もいない。

だが、明かりに照らされる駅にただ一人。

俺と影だけが立っていた。

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「選ばれた影」 人一 @hitoHito93

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