アイドルカード

佐藤ゆう

第1話 月美 うさぎ


 ふつうの人生……。


 地味で目立たず穏やかで平凡な人生………。


 それがわたし、『月美 うさぎ』の生き方だった。


 けど、あの時すべてが壊れ、わたしの中の常識は変わってしまった――。


 ◆◆◆


 ――東京 新宿駅のホームで、わたしは電車を待ち、スマホの小説を、静かに大人しく朗読していた。


 特急の電車が目の前を勢いよく通り抜ける。


 春風で前髪がなびいて、スマホ画面から瞳が離れる。


「!」


 駅のホーム正面には、巨大広告が張り出され、きらきら輝く衣装を身に着けた アイドルが映っていた。


 愛原 さくらちゃん。


 テレビでよく見る女性アイドルだ。

 詳しくはあまり知らないけど、【アイドルカードフェスティバル】という【カードゲーム】の大会選手で、日本チャンピオンだと聞いたことがある。


 普段のわたしなら、そんな広告を気にも留めはしなかっただろう。


 だってわたしは――『ふつう』が良いのだから。

 アイドルなんて、『ふつう』とは真逆のことのだから。


 でも、広告に映る彼女の姿は、いままで見た誰よりも光輝いていて、わたしの『灰色の心』をピンク色に染めあげてくれた。


 巨大広告の下部には、【アイドルカードフェスティバル】の大会開催日と時間が記載されていた。


 手に持つ『スマホ』の日付と時間にピタリと重なる。


 震える指先でURLを入力し、自分の運命を変えるサイトへと飛んだ。


 ◆◆◆



 『 わ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あっ ! 』 



 大歓声がスタジアム会場に轟いた。


 3万人のお客さんが見守る『会場ステージ』には、わたし『月美 うさぎ』が、兎をモチーフにしたアイドル衣装を身に着けて立っていた。


 きらめく笑顔でわたしは、お客さんに手を振った。


「みんなぁ、応援よろしく! きらきら光輝く『アイドルカードバトル』で、みんなの心も一緒に輝かせちゃうぞぉ♪」


  ――運命は変わる――


 地味で目立たず穏やかで平凡な人生……。


 それがわたしの生き方だった。


 それが、わたしの終わりまでの人生設計だった……けど――。


 3万人が見守る会場ステージに、ホログラム映像の『カウントダウン』が表示される。



   『 3 』


   『 2 』

  

   『 1 』

 


「  ア イ ド ル カ ー ド バ ト ル、始 め る よ ぉ ♪ 」



  ――運命は変わる――


 きらきら光輝く明るい世界で、わたしはもっと、も―――っと、光輝いてみせる。


 あのとき、わたしの心を輝かせてくれた【愛原 さくら】ちゃんのように、わたしも誰かの心を輝かせられる、そんなカードアイドルになってみせるんだ!


 ◆◆◆



 ――新宿駅のホームで、アイドルカードフェスティバル――通称『アイフェス』の大会を『スマホ』で目撃したわたしは、東京都内にある、親戚のお姉ちゃんの自宅に向かい、チャイムを押した。


 《  ピ ―― ン ポ ―― ン 》


 しばらくして、ドアがガチャッと開いて―――


「だぁれ〜~? ふわ〜~っ」


 寝起き姿の親戚のお姉ちゃんが眠そうにのっそりと現れた。

 興奮してわたしは、お姉ちゃんにつめ寄った。


「あかねちゃん! わたしを【カードアイドル】にしてっ!」


 昔から仲が良く親戚であり、アイドルコーディネーターである【星流せいりゅう あかね】ちゃんは真面目な顔に変わり。


「………本気なの?」


 わたしはさらに真剣な顔でつめ寄った。


「まじまじまじ――まじりんこぉ!」

 

 あかねちゃんは、わたしのひたいに手を置いた。


「 熱はないよぉ! 」


「いいや、あるね……」


 にやりと笑い、指先でわたしの胸元を触る。


「ここに……熱い炎がさ……」


「…………っ」


 嬉しさが心にあふれてきた。


「いいよ、手伝ってあげる」


「ほ、ほんと?」


 あかねちゃんは嬉しそうにし笑い。


「あんたならきっと、凄いカードアイドルになれると思うよ」


 自宅に招き入れられ、念願のカードアイドルの特訓を開始した。

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