第30話 私は、あの日を決して忘れない【カナデ視点】

~カナデ視点~


 ただ、無力だった――

 幼い私に、抗う術なんてなかったんだ。


「はぁ……はぁ……」


 父や母の逃げろと言う声だけが私を無意識に突き動かしていた。

 涙はすでに枯れ果てていた。


 幸せな家庭に突如訪れた惨劇さんげき

 近所のお手伝いさんや、父の剣術道場へ修行に来ていたお弟子さんたち。厳しかった祖母も、頑固だった祖父も……


 みんなみんな、殺された。


 血の海を駆け、とにかくその場から離れることだけに注力した。

 追手の気配を感じたらすぐに身を隠した。


 かくれんぼは得意だった。気配を消す術は父が教えてくれた。強かった父。優しかった母。最高の両親だった。


 でも私にはわかる。きっともう、私は父と母には一生会えないのだと。


「ザビ……ゾルティス……」


 誰かの叫びで、この地獄を生み出した男の名を知った。


 ザビ・ゾルティス。


 一生忘れることはないだろう。

 そして、私の人生の目的は今日この時を持って決定的となった。


 私は必ず逃げ延びる。

 私は必ず強くなる。

 私は必ず最強になる。


 そして絶対に、このザビという悪魔を私がゆるすことはない。


 次に会った時は必ず、私はヤツを肉片ひとつ残らないほどに刻み、そのちりを持って散っていった皆の墓前ぼぜんにはなむけとして添えると決めたんだ。


 そのためなら、私は私でなくなることも厭わない。






 親しい人たちを全員失ってからの日々は過酷かこくだった。


 剣の道を極めるため、そしてザビへの復讐を果たすため、私は人里離れた森の奥地で一人過酷な修行の日々に明け暮れた。それは私がまだ5歳~9歳の頃の話だ。


 私が逃げる時、何故か無意識に抱えていた本がひとつある。それはカナデ家に代々伝わる剣技を後世に伝えるための、一子相伝の書物。



 皆伝の書――



 表紙には擦れた文字でそう書かれていた。


 正直、読み書きの経験がなさ過ぎて、タイトルや中の文章の意味はほとんどわからなかった。だけど、事細かに描かれていた動作の絵を見て自分で想像を膨らませ、感覚だけを頼りにただひたすら剣技のマネをした。


 そうしていたら、いつの間にかコツを掴んでそこに書かれていた技は大体使えるようになった。もちろん、威力は子供だったから技によってはほぼ意味のないモノもいくつかあったけど。


 幸運なことに10歳の時の私を見つけ、声をかけてくれた御仁ごじんは国の重鎮に顔が利く人物だった。私の実力が規格外であるということをすぐに理解し、お偉方えらがたに交渉し、国の護衛をつかさどる組織へ私を売ってくれた。


 すぐに任務は開始された。

 西の大国。とある貴族の元へ重鎮方じゅうちんがたが向かうというので、その護衛に早速つけという指令がすぐに下った。その貴族の名はシュテリンガーと言った。


 遠路約7日間で目的地へ着いた。

 途中何度か魔物と遭遇したが、今の私の敵ではなかった。


 その都度すぐに処理し、重鎮方じゅうちんがたの身の安全は保障し続けた。


 山で剣の道を極めていた私にとって、俗世ぞくせの敵を駆逐するなど片手間でしかなかった。とてもつまらない仕事だった。



 シュテリンガー家での会談も終わり、帰路に着こうとした頃、その家の当主であったガウル伯爵からある提案があった。


「ウチのせがれ、強いらしいから勝負してみない?」


 聞けば同い年だと言う。まったくつまらない話だと最初は思った。成り行きでその家の修練場と呼ばれる場所まで足を運ばされた。


 そこには白豚がいた。


 まんまる太った、怠惰たいだの象徴のような少年と背の高い女騎士が一緒に立っていた。


 見た瞬間から腹が立った。


 これまで地獄をずっと歩んで来た私と、ずっと天国で安穏と惰眠だみんむさぼってきたであろう男の対比を脳内は無意識にした。


 ただ同時に、確かに強さも感じた。

 ただの白豚なのに、その力の源泉はまったくわからなかった。


 興味が少し湧いた。

 やっぱり戦ってみようと思った。なぜだかすごく、腹が立っていたし。


 木剣などというおもちゃで戦う事はかなり不本意だったけど、そんな得物でも私の【雷刃】なら、あれだけ肉厚な体躯たいくだとしても、体のどこかの骨にヒビのひとつくらい入れることはできるだろう。





 白豚……いえ、アークくんに敗北してからの私は、さらなる剣の修行に励んだ。


 とにかく悔しかった。次に会った時、必ず彼に勝つと自分の中で誓いを立てた。


 私を買った国の機関からは、武力だけでは知力の向上にも努めよという達示たっしが降りた。東方の考え方のひとつに文武両道という精神がある。戦場では知恵も必要ということで、これにのっとれれというお達しだ。


 勉強には憧れもあったから、私は愚直にその指示を実行した。おかげで苦手だった読み書きもしっかりできるようになり、知識も多分に得た。


 成果がひとつあった。これまであまり意味の理解できていなかった『皆伝の書』をすべて読めるようになったことだ。誤解していた型や間違った解釈をしていた技がたくさんあったことを、私はその時初めて知った。


 またその間、多くの任務もこなした。実戦が多かったのはある意味、有意義だった。技の練度を確認するのには非常に役に立った。


 おかげで私はそれから約3年の日々の中で、さらなる成長を遂げられたと思う。


 今の私ならきっと、あのアークくんにだって絶対に負けない自信と自負が芽生えていた。





 さらに月日を経て、私は王立魔法学園グリンガムへと入学した。

 

 本来、剣の道を進む私が、魔法のなんたるかを学ぶために通う学園へ進学するメリットというのはあまりない。より高みを目指し、私の本来の目的であるザビへの復讐を果たすなら、この進路はハッキリ言って遠回りだと思う。


 心境の変化があったのは自分でもわかっていた。復讐心は鳴りを潜め、最近では違う感情をベースに日常を過ごしていた。


 もちろん、ザビや失った家族を忘れた瞬間など、私の人生でただの一度もない。それは常に私の頭の中でとげのように突き刺さっている。


 でも……


 アークくんがグリンガムへ進学するとの一報を聞きつけ、私の心は穏やかではなくなった。もう一度挑んで来いと言う彼の言葉も、私の中では片時も忘れたことのない悔しい記憶として泡のように残っていたから。


 悔しい?


 いや、この気持ちは本当に悔しさだったんだろうか。


 彼のことを思うたび、胸がドキドキする。

 彼の事を考えるたび、下腹したっぱらがジンジンする。

 彼のあの真ん丸な顔を思い描くたび、また会いたいという思いだけが強まる。


 わからない。

 これまでの人生で経験したことのない感覚だったから。


 その正体がなんなのか。


 どちらかと言うと、それを突き詰めるほうが自分の中での優先順位が日に日に高まっていた事だけは自覚していた。だからこそ私はこの学園への入学を志願し、四方手を尽くしてなんとか入学までこぎつけたのだ。


 アークくんが学園の総合科に入ることまでわかっていた。同じクラスになった入学2日目。顔も体系も変わってしまっていたからすぐに声はかけられなかったが、私は会った瞬間に認識していた。


 アーク・ヴィ・シュテリンガー。


 3年前よりもはるかに整った顔と身体つきになっていたことも相まって、彼を見ていた私の心の正体がなんだったのか突き止めた。


 正直に言おう。

 たぶん私、恋をしていたんだと思う。




 

 それから数日の時が過ぎ、私は何故か成り行きでシャンバラヤという名の決闘への参加を余儀なくされた。


 オーベルクさんにはとても感謝している。

 彼女の苦言どおりだった。私は完全に慢心していた。


 これまで私が東方とうほうで積み上げてきた日々に間違いはない。それはそれで必要なことで、無意味だったなんてことは絶対にない。


 ただ思い知らされた。それはあくまで相手を圧倒するために必要なスキルと経験を積んでいただけにすぎないと。


 自分ではバランスよく鍛えていたつもりだったが、無意識に選り好みしていたのだろう。たしかに自分のルーティンの中に、腹筋や背筋を鍛えるといった泥臭いメニューを入れたことは今まで一度もなかった。


 やられる前にやれの信条で今までなんとかなっていた。ただそれは相手が弱かったからに過ぎなかったんだと、オーベルクさんとの模擬戦の中で思い知らされた。


 おそらく剣の腕では、私が一枚も二枚も彼女を上回っていたと思う。


 動きの速さも同様だ。単純な技術やスピード、攻撃力といった面で私はオーベルクさんにまったく劣っていなかった。だが私は、模擬戦では結局、彼女を上回ったことがただの一度としてなかった。


 物理的な耐久性以前の問題だった。

 私は単に、心に隙が多かったのだ。


 忍耐力というのは、なにも攻撃されたダメージの痛みに耐える事だけを言うのではないのだそうだ。相手を良く見て、我慢し、隙を伺うこともそのひとつだと。


 慢心があると手癖になる。過去の経験だけで身体が無意識に動いている状態になるから、考えなくなるのだと。そうなると隙ができる。本当に強い相手はそこを突いて来る。


 防御が戦闘にとって重要なのはその点らしい。手数が増えるほど、動きのクセを相手に晒すことになるから相手の読みも深くなる。いつでも一撃必殺で相手を蹂躙じゅうりんできるとは限らない。私がオーベルクさんに勝てなかった理由はまさにそこだ。


 忍耐力というのは、毎日の泥臭い基礎鍛錬でかなり培われるらしい。


 また心がけも重要だ。常にその意識を頭のどこかに置いておくこと。これだけでも戦いの場面ではずいぶん違うらしい。強敵との戦闘は基本、短期戦だろうが長期戦だろうが、その冷静な読み合いの末に決着を迎える。

 

 もちろん、私はまだまだだ。

 そんなに簡単にオーベルクさんの考え方を自分の中に落とし込むことはできない。


 でも、多少の改善はあった。

 私は自分のコトだけではなく、相手のコトも深く考えるようになった。


 耐えて敵の思考を読み、動きを予測して相手を上回る戦い方。


「そうだ。それでいい」


 決戦前日の最終鍛錬。

 私は初めて、オーベルクさんに褒められた。





 そして、今に至る。


「ほう……」


 すでにジャンバラヤの幕は上がっていた。

 私の眼前には、決闘開始前の態勢を崩さず、ただ感嘆するザビの姿がある。


 両者にはもちろん、立会人フランベルクによる始まりの合図は聞こえている。


 だが、互いに動かない。


「お前もお前の父と同様、その圧倒的攻撃力とスピードによる先制攻撃で私を制圧してくると認識していたが……」


「……」


「読みが外れたな。これは舐めてかかると痛い目を見そうだ」


 宿敵を前に怒りで我を忘れそうになった。

 だがオーベルクさんとの修行の日々を一瞬思い出し、初手全力突破をなんとか思いとどまった。


 ザビのあの台詞せりふ

 間違いなく私の必殺の一撃に対してカウンターを狙っていた発言だ。


 憎悪に任せてただ突っ込んでいたら、おそらく返り討ちにあっていただろう。


 絶対に忘れてはいけない現状がひとつある。

 今の私は、ザビに命を奪われた当時の父よりも、まだ全然弱いということ。


 ヤツは完全に格上の相手だ。

 いつものように先手で一撃必殺を繰り出してもまず勝てない敵。その事実、これでもかというほど脳に叩き込んでおかなければならない。


 後の先だ。

 まずは冷静に、敵の動きを読む。


 この技は、オーベルクさんとの修行の日々で得た境地きょうち


 奥義八閃はっせんの中で私が唯一、これまでまったく理解することも使う事も叶わなかった特異の技。


 今ここでそのベール、脱がせてもらう!


「奥義八閃はっせん絶縁ぜつえんの刃……」


「!?」


界閃かいせん


 一瞬、私の切れないショートソードからそよ風が吹いた。うん。まだ使いこなせる自信はなかったけれど、うまく発動してくれたようだ。

 

 周囲や、もちろんザビにも、吹いた風が相手になんらかの影響を与えているということは特にない。


 この技は、敵から後の先をとるために特化した技だから。


「貴様……」


「アナタの命運は……今日ここで、尽きる」


 どうやらザビは察しているようだ。

 この技が、自分の戦闘スタイルにとって非常に厄介な技であるという事実に。

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