第21話 最強メイド、密偵になる

「はぁはぁ……もう、無理なんだけど……」


「ダメだ。あと3回」


「そ、そんなにしたら……私、壊れちゃう……」


 あの決闘(乱闘)騒ぎから三日の時が過ぎた。僕は今、カナデとともにシュテリンガー家(自宅)の修練場にいる。


「たかが腹筋20回ごときでなにを言っている。とっとと続けろ」


「きっつ……」


 スネイプ一派を撃退した後、僕はカナデにある提案をもちかけた。


 もし今よりもっと強くなりたいのなら、学園の講義が終わったらウチの修練場で鍛錬を積まないか、と。


 最初は抵抗されると思ったが、自分でも思うところがあったのか、意外にもすんなり快諾してくれた。


 ただ、僕は僕で自身とメアの修練はガストラダンジョンで行うと決めている。一緒に周回すればと思うかもしれないが、カナデにいま必要なのは自身の耐久性能の向上だ。


 それを獲得するのは実戦よりも、泥臭い自己修練のほうがいいと僕は判断した。


 と、いうことで。


「あとは任せたぞ。オーベルク」


「承知しました。アーク様」


 僕自身がここへ顔を出すのは初日の今日だけだと決めていた。あとはオーベルクにすべて一任しようと思っている。


「はぁはぁ……アークくん……一緒にいてくれるんじゃ……ないの?」


 課題の腹筋を終え、息を切らせているカナデ。

 すまないな。僕はこれから用事がある。


「ああ。僕は忙しい」


「そんな……私、アークくんがいるから……ここへ来たのに……」


 ん? いや、キミ強くなるためにウチへ来たんだろう。それは僕がいなくとも、オーベルクがいれば事足りる。


「カナデ殿は自身の才覚におぼれすぎているきらいがある。基礎を疎かにしてきたから耐性に問題を抱えているのだろう。甘えるな」


「はぁ……」


「今、ため息をついたな。罰として腹筋20回追加だ」


「り、理不尽……すぎる……」


 うん。その調子で頼むよオーベルク。

 僕もカナデの防御力がペラッペラな要因は、その脆弱な肉体と精神にあると考えている。


 オーベルクは女性だが、その鍛え上げられた肉体はとてもすばらしい。原作キャラ的にも、剣の腕だけではなく防御力と耐久性にも優れたバランス型の騎士。


 今のカナデの師匠にはうってつけだろう。


「時間だ。僕は行く」


「アーク様」


 去りぎわ、オーベルクが僕を呼び止めた。


「なんだ」


「その、この任務はあの、通常とは異なるアレでして、その……」


 オーベルクが言葉に詰まりながら言いにくそうに雲をつかむような話をしている。


 ああ、察することが出来ずに申し訳ない。

 金の話だな。


「わかっている。給料は上乗せしておくよう父には言っておく」


「い、いえ。お金はいりませんので、その……」


 何故かモジモジしだすオーベルク。

 急に乙女の雰囲気をただよわせてきてなんかゾッとする。


「なんだ。ハッキリ言え」


「わ、私の作った新作衣装、今度また是非ぜひ、おしになってくださいっ!」



 ぜったい無理。





 僕の実家から北へ30分ほど歩けば、王立魔法学園グリンガムに到着する。ガストラダンジョンはグリンガムから西へさらに10分ほど徒歩で行ったところにあり、どちらもそれほど遠くにはない。


 まぁ、走ればそんなに時間はかからないんだけども。


 カナデはオーベルクに任せたので、これから少しだけガストラダンジョンへ赴こうと準備していしたところ、監視役から気になる情報が入ったので急遽きゅうきょ取り止めにした。


 僕は今、自室でゲッティと打ち合わせをしている。


「なに?」


 室内に備え付けられた椅子にもたれながら、ゲッティの報告内容に耳を傾けていた僕は少し驚いた。


「はい、間違いありません。前回のあの決闘で協力の要請ようせいのは、スネイプからではなく、立会人であった魔法戦術科3年カーライルのほうからだったそうです」


 報告書に目を通しながら話すゲッティちゃんの表情は真剣そのものだった。この事実が示す事態じたいの重さを、僕と同じように捉えているのだろう。


「カーライルから持ち掛けられた話、だと?」


 先の決闘で協力関係にあったこの二人。

 僕の見立てでは、スネイプがカーライルを脅したかなにかして手伝わせていたのかと思っていたが。


 どうやら逆だったようだ。


「はい。私も妙だな思いましたので、先にカーライルの略歴等を調べておきました。それがこちらです」


 わりと分厚い束になっていた報告書から1枚の紙を抜き出し、僕に渡してくる。

 目を通せということだな。


 ああ、ちなみになんだが。


 ゲッティに僕がお願いした主任務はあくまでメアとメルトの監視だけだ。

 

 この密偵まがいの仕事を、僕が彼女に依頼したことはない。あくまで自主的にやってくれていることではあるのだが……


「(カーライルの出身地・年齢・身体情報に過去の略歴などなど……めちゃくちゃ細かく書いてある。いったいどうやって調べたんだ? どんだけ優秀なんだよ、ゲッティ……)」


 声に出しては言えなかったが、報告書の密度はとんでもなかった。


 僕が学園に通うまで食事運びをさせていたことが申し訳なくなるほどに、ゲッティの調査能力はズバ抜けていた。


 まだ決闘を終えてから三日しか経ってないのにな。


 危機察知能力や推論すいろんの立て方も僕と遜色そんしょくないし。


 このグランドテイルズの世界でもっとも頭がいいのは、意外にも実はこのゲッティなのかもしれない。


「いかがでしょうか?」


「カーライルと旧知きゅうちというのは間違いないのか?」


 ここでまさかその名を目にするとは思いもしなかった。

 

 原作主人公メルト。

 こんな序盤でもう関わってくるのか。


 やはりどうあっても、運命は僕を油断させてはくれないようだ。


「はい。それ以上の情報は得られませんでしたが、かなり確度かくどの高い情報かと」


 ゲッティには、メルトが僕の命を狙っているかもしれないということは事前に伝えてある。


 そこはすでに共通理解ができている。だからこそ彼女もその事実に引っかかりを覚えたのだろう。


「メルトが僕をおとしめるために、カーライルを利用してスネイプに協力させた可能性があると?」


「そこに確証かくしょうはありませんが、その線も拭いきれないかと」


「ふむ……」


 原作知識ではもはやまったく補完しきれない事実だった。現状の情報量ではすべてが可能性の話でしかない。


 とにかく注意するしかない。

 もういつどこででも、僕の破滅は迫っているのだと脳に深くきざむ必要ある。


 そういった意味で、実はもうひとり報告書には気になる人物の名が乗っていた。


 クリストフ家聖騎士団長サリエル――


 古本のミルちゃんが警戒すべき男と言っていた者の名だ。


 メルトではなく、こちらのすじもないとは言い切れない。


 まぁいずれにせよ、現状では圧倒的に情報量が少なすぎる。

 これ以上あれこれ考えても仕方がない。


 総じて警戒レベルを上げておけということはよく理解した。


 そして情報収集も継続だ。

 もともとそこまでお願いするつもりはなかったけど、ゲッティにはこのまま継続して密偵としての仕事もやってもらわなければならないようだ。


 父にはもっと彼女の給料を上げるよう交渉しておく必要がありそうだ。


「それともうひとつ、これはちょっとお伝えしづらいのですが……」


 なんだか申し訳なさそうに、もう一枚の報告書を僕に手渡すゲッティ。


 その紙に少し目を通して、僕は絶句した。


「なんの悪ふざけだ、これは……」


「明日の、グリンガム通信の一面記事だそうです……」


 原作でも週に1回、そういった冊子さっしが発行される学園であるいうことを思い出しはしたが、問題はそこに掲載けいさいされる写真と内容だ。



 [魔女の加護を受けし極悪の白豚、鮮烈せんれつデビュー!!]



 デカデカと踊る大見出し。

 とても悪い顔をしながら、決闘場でスネイプを見下す僕の写真。


 誰が仕組んだのかはわからない。

 ただ、この完全に悪意しかないコタツ記事が、明日グリンガムの全生徒へ配布されることになるのは間違いないらしい。

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