イジメられ中学生を懐柔しようとする悪魔と

きのこ星人

第1話 イジメられ中学生を懐柔しようとする悪魔と






―――――目覚めよ…。



深淵の暗闇の中、何やら声が聞こえたような気がした。

微睡む意識の中…夢と現実の境目を漂いながら泡沫の夢を見ているのか。



――――目覚めよ。選ばれし者よ。



その腹の底から響く声は声はどんどん大きく、はっきりと聞こえてくる。

姿は見えないがどこか、おどろおどろしさを感じた。



―――貴様は…力が欲しくないか?貴様を見下す下賎な者達に復讐を欲してないか?


―――我と契約しろ。さすれば貴様に無限の力を与え、全ての人間は貴様にひれ伏すだろう。



………………力…ねぇ……。



―――我の名を呼べ。我の名前は―――――。



私には…力がない。私は…無力だ。私は……………






「いつまで狸寝入りしてるのよ。……亡霊。」



バシッ!と何か本みたいなもので頭を叩かれた衝撃があった。

その後、周りからクスクスと小馬鹿にした複数の笑い声が聞こえ、私…音無おとなし れいは夢から仕方なく目覚める事となる。



「やっと起きたわね。つか、本当に寝てたわけ?

アタシに声掛けられたくないからって狸寝入りしてたんじゃないのぉ?」



ゆるゆると顔を上げると、化粧の濃い女子がニヤニヤとした意地悪っぽい顔をしていた。

両脇に同じく派手めの女子を従えて、3人で囲むように玲を見下ろしている。



「まあいいわ。社会のノート貸して。今日、忘れたの。」



それを聞いた玲が思ったことは『面倒くさい…』の一言だった。

だってあれだ…。

貸したがいいが、そのまま忘れられて返してもらえず、こちらから言わないと取り戻せない…。


わざわざ、それだけの為に声をかけるのもはばかれるし、面倒くさいなぁ〜。と考えていると、彼女は机からノートを奪った。



「じゃ。借りるから。」



と何食わぬ顔で合意もしていない玲のノートを奪って行った。

それは借りるのではなく、強奪では…?と、きゃらきゃら笑う女子達の後ろ姿をぼんやり眺めながら内心呟く。

あーあ。いっちゃった…



「お前さ…あれ、腹立たないのか?」



聞き間違いか突然、前の席から話しかけられる。驚き振り返ると、そこには見知らぬ1人の男子がいた。と言うか、確か玲の前の席の子は今日は休みのはず…。

だがその見知らぬ男子は、玲の中学の制服を身に纏い、頭から山羊の大角を生やして、ニタリと鋭い八重歯を覗かせながら悪い笑みを浮かべて話しかけてくる。



「聞け。これは夢の続きだ…。悪魔と…俺様と契約しろ。さすればお前に無限の力を…」



「いや、別にいい。」



欠伸を噛み締めながら玲はそう言い放つと、目の前の悪魔は虚を突かれたような顔をしていた。いや、そもそも何故、目の前に悪魔がいるのかが疑問だが…。


玲は言葉を失った悪魔を尻目に辺りを見回す。…特に誰も騒いでいない。どうやらこの目の前の悪魔は玲にしか見えないようだ。



「お前、マジで言ってるの…?あれだけイジメられてるのに!?」



「あ。やっぱり私、イジメられていたんだ。」



驚愕の声を上げる悪魔に、普通に会話する事にした。

確かに何故か周りの空気がおかしいなぁ…。と思っていたが、やはりそうだったか。誰も何も言ってくれないから分からなかった。

玲の素っ頓狂な返しに、悪魔はワナワナと震え出した。



「お前っ!どんだけ愚鈍なんだよ!」



「いや、そもそもの話。これってイジメに入るのかなぁ?」



「……はあ?」



この目の前の女は何を言っているんだ!?と言わんばかりに、悪魔らしからぬ間抜けな声を上げる。

しかし、玲は真剣にう〜ん…と唸る。



「あれはもしかしたら、そう言うコミュニケーションじゃないかな?

だってイジメってもっと陰湿なものでしょ?机に落書きとか、陰口とか…。だってそう言うのはないもの。」



あっけからんと言い放つ玲に今度は悪魔が辺りを見回した。

派手め女子達が去ってから今も、クラスメイトは一同に玲を笑い者にしていた。さっきだって頭を叩かれているし、ノートだって無事に戻って来る保証もない。


玲は気づいてなさそうだが、悪魔からしたら腸が煮えくり返るくらい腹の立つ行為ばかりだ。

それを彼女にも理解してもらいたく、グイと顔を近づける。



「いいか?あの化粧の濃い女も今、ここにいるクラスの奴らも全員、お前の事を馬鹿にしている。

これは完全なるイジメだ。それに大きいも小さいもない。


被害者であるお前はそんな奴らに制裁を加えてもいい立場なんだよ。」



「…ふ〜ん…。制裁って例えば何をするの?」



無気力な声だが、ようやく玲から前向きな言葉が出てきて悪魔の顔はパア…と表情を明るくさせ、自慢気に伝えてきた。



「(面白っ。)」



「そうだな。まず、お前が気に食わない奴は片っ端から八つ裂きに……いや…今の俺様の力だと…腹下しが限界か……。」



…なんか思ったよりも制裁がショボくて玲は内心ブッ!吹き出した。

今の今まで誇らしげに高圧的に話していた悪魔は途端にしょぼくれる。



「俺様…さっき魔界からこっちに来たばかりでまだ魔力がねぇんだよ…。

だから手っ取り早く、お前みたいなイジメられてる奴から憎しみの感情を喰らおうと思ったのによぉ…。」



ジィ…。と悪魔は玲を見た。彼女はまだ寝たりないのか欠伸を繰り返していた。

そんな彼女の態度に、悪魔は悔しそうに奥歯を噛み締めながら机をバン!!と叩く。



「こんなっ!こんなやる気のない奴に当たるとは思わなかった!!!

なあ!?お前マジで言ってる!?マジで恨んでないの!?アイツらの態度!?!?」



「いや〜…別に…。私が陰キャなのは今に始まったことじゃないし…。」



そんな無気力な玲の態度に、悪魔はこめかみをピクつかせて、口元を怒りに歪めた。そして「よ〜し…分かった!」と机を殴りながら、鋭い眼光で睨みつける。



「俺様と…悪魔の尊厳にかけて、絶対にお前を憎悪に染めてやる!覚悟しやがれ!!!」



そんな悪魔からの宣戦布告に能天気にアハハ何それ。と玲はへらりと笑う。

その後も覚悟の決まった悪魔は玲に詰め寄る。



「お前、友達いないだろ?それは誰のせいだと思う?全てはあの女が仕向けたに違いない!」



「友達いないのはそうだけど、元はいたよ?疎遠になっているだけって話。

あと、新しくできないのは私が陰キャだから。」



ムムムッ…。と悪魔は口を曲げる。だが、めげる気はない。



「周りを見ろ!誰もお前を助けてはくれないどころか、遠巻きに見てお前を笑い者にしている!

誰もが利己的になり、お前はただ生け贄にされているだけだ!」



「あの子、派手めで近寄りがたいもんね〜。でもね…知ってる?あの子、保育園の頃は人見知りでいつも一人ぼっちだったのよ?」



周りらは悪魔は認知されてないのに、内緒話するようにこっそり話してニシシ…。とイタズラっぽい笑みを浮かべる玲。

それを聞いて悪魔は自分の使命も忘れて、ワクワクと高揚に顔を染める。



「マジ!?あの女が?取り巻きとか連れてんじゃん!」



「保育園の頃は友達いなかったみたいよ。

同じく転入してきて友達がいなかった私と友達になったってわけ。」



でも…と話を続けようとすると、背後から再びバンっ!と頭を叩かれた衝撃がした。

「あいた!」と呟いて玲は頭をさすりながら振り向くと、そこには冷めた瞳の派手め女子が立っていた。



「キモッ。何ひとりでニヤニヤしてんのよ。

これ、必要なくなったからアンタに返すわ。」



おお。珍しい。自分から返して来るとは。と玲は面倒くさいことから解放されて喜んでいた。

バサッとぞんざいに机の上に投げ捨てられた社会のノートを見て目を見開く。



「…プッ。ダッサイ顔。じゃ。そう言う事で〜。」



玲の表情を見て満足したのか、ゲラゲラと笑いながらさっさと教室を出て行った。

玲の机の上には…カッターでズタボロにされた無残なノートが置かれている。それを見た玲はポツリと呟いた。



「………友達だって今も思っているのは……私だけだったみたいだね。」



無性に胸が痛かった。これは悲しいのか悔しいのか…怒りなのか…それすら分からない。

大きな大きなため息を吐いてノートを手に取ろうとすると、悪魔がその手を取った。



「そう言うことだよ。」



悪魔は真剣な顔で玲を見ていた。



「ああ言う奴はこれから幾らでも繰り返す。お前が何も言わなければ、これからずっとエスカレートしていくだろう。


音無玲。俺様と契約しろ。一緒に…あのクズに復讐するんだ。」



「いや、別にいい。」



ズバッと本日2回目の即答した玲に、悪魔はまた白目を向いてピシリと固まった。そして大きく息を吸い込んで叫ぶ。



「なんっっでだよっ!!!お前っ!この状況で普通断るかっ!?お前の方が悪魔に思えてきたわ俺様はっ!!」



そんな彼の荒ぶる怒りに玲は遂にブハッ!と吹き出してしまった。そしてケタケタと腹を抱えて笑い出す。



「アハハっ!わ、私が悪魔ぁ〜?アハハ!おかしっ〜!何そのキレ方!?」



ケタケタ、ケタケタと最早、彼女の目にズタボロにされたノートは目に入ってなかった。

こんなに笑ったのはいつぶりだろ。涙を浮かべながらヒッーヒッーと息を整えると、不服そうに仏頂面の悪魔と目が合って言った。



「いいよ。あなたと契約してあげる。」



「…はあ?」と悪魔は目を見開いて驚いた。どこのどの話の流れからそうなったのか、理解できない悪魔は馬鹿にされたと憤慨する。



「貴様…舐めるのも大概にしろよ。魔力はなくとも、お前のような小娘1人なら……

……腹を下させる事ぐらい容易いんだからなっ!!」



後半、ヤケクソ気味に悪魔はそう叫ぶ。「はいはい。」と玲は軽くいなすと悪魔の手を取った。



「あなたが欲しい憎悪ってのは持ち合わせてないけど、私…あなたともっと話したくなっちゃった。

友達になってよ。そうすればいくらでも、あなたの口車に付き合ってあげるから。」



悪魔はそれを聞くと「…友達…」と呟くと口をもにょもにょさせながら、まんざらでもない表情を見せる。

だが、そこは畏怖の存在の悪魔。即座に威厳を整える。玲の手を握り返した。…冷たいものが流れてくる感じがした。



「…これで契約成立だ。

だが、まだまだこれからだ。貴様にはこれから、憎悪の力をこれでもかっ!ってくらい溜めてもらうぞ!


フハハハハッ!力に溺れた愚かな小娘よ!これから俺様の口車に乗り続けるのだ!覚悟するといい!」



ようやく言えたセリフを吐けて満足げな悪魔。

そんな彼に玲は、笑いを堪えながらも周りの目も気にせず、冷たくも優しい手を握り続けるのだった。



「これから、たくさん口喧嘩しようね。友達の悪魔さん!」





 


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