この世界は欲望が支配する

@Huyuo

第1話 あの星の空へ

人間は皆、欲を持つ。裕福な人間、生きるのが辛い人間、至って平凡な人間、そのすべてが欲を持つ。時に、欲というものは人間を動かし、人間を支配する。

つまり、欲求こそが、この世界を支配しているのだ。



いつも考えていることがある。俺が、この理不尽な世の中を変えるほどの脅威な存在になれたら。今のような厳しい環境で生活しなくて済む。妹にお腹いっぱい美味しい食べ物を与えられる。そして、俺達の人生を陥れた奴らに復讐できる。


そんな事を考えながら、いつも通り自分の勤めている会社へ向かう。

俺の名前は、下越千里(カエツセンリ)。今年で22歳になった平凡な人間だ。

町外れのボロアパートに5歳離れた妹の下越栗花落(カエツツユリ)と一緒に住んでいる。親は、俺が15歳の時に事故で亡くなり、その時から学校も通わず親戚の夫婦が営むお弁当屋さんで働かせてもらっている。妹には学校も通わせてやれず、いつも家で籠る生活だ。


本来であれば、福祉施設に入れるはずなのだが、俺の両親を殺した相手が、よっぽど偉い政治家だったそうで、上手いこと揉み消されてしまい、葬儀は俺と妹、親戚の夫婦のみの出席だった。親戚の夫婦の方々が抗議をしてくれたようだが、脅迫されてしまったのか、深く申し訳ないと、俺たちに謝ってきた。


今日は栗花落の誕生日だ。今は夕方の16時。

「少し都会の中心部の方へ行ってみるか…」

栗花落にはいつも迷惑をかけているから、今日はコンビニのショートケーキを買いに行こう。あとは、前から栗花落が欲しそうにしていた花模様の髪飾りも買うことにした。本人いわく、一目惚れだったそうだ。


「もう7時半か。少し帰るのが遅くなりそうだ。」

携帯を持ってないから早めに帰らないと、栗花落に心配をかけてしまう。いつもは、不気味悪くて通らない道を、通ることにした。


そのときだ。俺はこのとき、自分がどのような状態なのか、理解できなかった。

俺は倒れている。次の瞬間、ものすごい激痛が走った。


「痛ぁぁぁぁぁっっ……………………!」


俺の右腕がない!何が起きたんだ?


うっすら、人のようなもの見える。おそらく女性のものだ。何か言っている。

俺の前にたった人のようなものは、俺のカバンから何か一つとった。

その何かはすぐに分かった。あれは、栗花落にあげるはずだった花模様の髪飾りだ。


その女性のようなものは、俺に話しかけているようだ。

「引き裂くところ、間違えちゃったかな?ごめんね〜。でも、この出血量ならもう死ぬよね?」


この女が何を言っているか俺には分からない。引き裂く?この一瞬で俺の右腕を引き裂くほどの物がこの世にあるとは思えない。痛みで意識が飛びそうだ。この女の姿はよく見えないが、こいつは人間の形をしているのだろう。


「じゃあ、この髪飾り貰ってくね〜。大事な物だからさ。あと、君の妹ももう要らないから一緒に天国へ連れってったあげる。」


あの女はすぐにどこかに消えた。栗花落が危ない!早く逃げるように伝えないと。

周りに人がいる気配はない。助けを呼ぶことはできない。


「俺は死ぬのか……?」


血が止まらない。俺はまた、大切な家族を失うのか?


もう失いたくない。奪われたくない。


意識が朦朧としている。俺はもう死ぬはずなのに、恐怖というものを感じない。

大切な物を奪われないようにするには、最初から一つしかなかったんだ。


身体全体が機能しなくなると同時に、俺は一つのある欲求でいっぱいだった。


奪われる前に奪えばいい。


「奪」の欲求が俺の瀕死の身体を黒い膜のようなもので捕食する。



「なぜ俺は地面に立っているんだ?」

理解が追いつかない。右腕も治り、痛いところはどこにもない。

自分の身体に何が起きたのか分からない。ただ俺は、さっきの女の命を無性に奪いたい。


俺は、あの女が向かうであろう栗花落の元に、全速力で飛んでいく。

なぜ俺が、空を高く飛んでいるかは分からない。今はそんな事はどうでもいい。





あの男、下越千里の住むアパートを木っ端微塵にすれば、私の仕事は終わりだ。

ここまで長かった。


「人の依頼で仕事をする事なんて今までなかったのに…。あれを人と呼べるかは怪しいけど。」


私が誰かの依頼で動く事なんて、生涯で初めてだった。私は強い。ディザイアの中でも、今まであったやつに私は負けた事なんて一度もない。だから、誰かから仕事を受け持つ事なんてないと思っていた。あの人と会うまでは…


思い出すだけで、身体中が悲鳴を上げるように震える。

この仕事を終えれば解放される。


私は安堵とともに、斬撃をとばした。

しかし、とばしたはずだった斬撃はなく、そして斬撃を放つはずだった右腕は私の体についていない。


「え………?」


振り向いた頃には、もう遅かった。私の両足が切断されている。そこにいるのは、黒い布のような物を巻き付けている男だった。10メートルほど離れているにもかかわらず、ものすごいほどの殺気を感じる。私は動けない。


「なんでこんなところにディザイアがいるのよ!」


私は肉眼では感知できない無数の斬撃を男に飛ばした。

しかし、黒い布のようなものですべてかき消された。


「まだ…死にたくない…!」


助かりたい一心で叫んだ言葉の次には、もう私の意識はなかった。



俺は人を殺した。人を殺して、やっと理性が戻る。あの時の俺は異常だ。

人を殺すことに、躊躇がなかった。まるで、別人になったようだった。

俺の体にまとわりつく黒い布のようなものは消えていた。


ふと我に返った俺は、栗花落の様子を見にいく。どうやら先に寝てしまっているようだ。


「生きててよかった……」


安堵とともに洗面台へ向かう。


「は……?」

そこに立つ男は俺のよくみる顔ではなかった。

似てはいるものの、全くの別人だ。筋肉がつき、背丈も大きい


俺は一度死んだんだよな…

俺は手紙を書いて生活費と一緒に机の上におき、少し家を空けることにした。


これから俺はどうすればいいんだろうか。

「まずは俺の身体がどうなってるか調べないとな…」


あの女の言っていた「ディザイア」というのも気になる。

俺のことをディザイアと呼んでいた。


調べることはたくさんありそうだ。
















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