第10話 労いとお仕置き
「まずはお疲れ様、と言っておくわ。時間は掛かったけどね」
「嫌味を言う為に呼び出したの? 文句を言われても私にはこのやり方しか無い。
護衛を突破する戦闘力も、遠距離から狙撃する技術も無い私には変装し、ターゲットに近付いて機を伺うしかないんだ」
「えぇ、分かっているわ。それを踏まえて言っているの。
だって、貴女は私に逆らえないもの。ふふ、久しぶりに貴女の舌が恋しいわね……舐めなさい」
「くっ……」
組んだ足のつま先をぷらぷらと揺らすクラリス。
そして、私はコイツの言う通り逆らえる立場にない。
「……っ!……ん、ちゅ……」
「ふふ……そうそう、それでいいのよ」
クラリスが私の前に足を突き出し、私はその足を両手で持って口に含む。
まるで奴隷のように……屈辱的だ。いや、本当に奴隷なんだけど。
「貴女は立派な猟犬になる。だからこそ躾はしっかりしないとね。
貴女が使っている指紋書き換え装置や色彩変更機の費用だって私が建て替えてあげたんだものね?」
「ん、ぷぁ……分かってる……」
変装して近付いて殺す。
ただそれを繰り返していたら、カエリ・ユエナが入った所で変死事件が起きる……と共有されて、仕事もままならない。
だから名前を変え、髪を変え、目を変え、指紋を変え、性格を変えてカエリ・ユエナの痕跡を徹底的に消す。
その上でターゲットに近付いて、時にはコミュニケーションを取って信頼関係を築き、油断した所を仕留める。
それしか無い。それしか出来ない。
……ミナの手術費を稼ぐには、潜入のサポートをして報酬まで出してくれるクラリスに縋るしか無いんだ。
「義肢と義眼。付け髪と眉毛。指紋と彩色……それらの費用を私に借金している事を忘れない様に。
その上で、ミナちゃんの治療費に優先的に使わせてあげている事もね」
「分かってる」
「だったら誠意ぐらいは見せてほしいわね?」
そう言うと、クラリスは私の髪を掴んで立たせた。
それに合わせて立ち上がったから然程痛くは無いけど、その扱いから自分の立場を否応にも理解させられる。
私はそのままベッドに投げ飛ばされ……その上にクラリスが舌なめずりをしながら覆い被さった。
「二週間の娼婦生活でどれだけ上達したか見せてちょうだい?」
「残念、変わってないよ。アンタに調教されたせいで、下手を演じるのが大変だったぐらいなんだから。
猟犬に無駄な芸を覚えさせるぐらいなら、もっと狩りやすい様にサポートするのが飼い主の役目じゃないの?」
「あら、生意気。少し会わない内に反抗的になっちゃって……キツいお仕置きが必要ね。
両手を出しなさい。拘束してあげる」
「……拒否権は?」
「あると思う?」
「ちっ……」
手首に冷たい感触が触れる。
ガチャリという音と共に両手を縛られ、腕が頭の上まで持ち上げられて固定され自由を奪われる。
身動きが取れない……この状況で抵抗しても、こいつを喜ばせるだけか。
せめてもの抵抗で睨みつけると、クラリスは嗜虐的な笑みをますます深くしていた。
◇◇◇◇◇
「ふぅ……可愛かったわよ、カエリ?」
「く、そ……っ」
結局禄な抵抗も出来ないまま責められ続けた。
手錠を外されても尚、余韻で動けない。
対してクラリスはガウンを羽織って優雅にワイングラスを傾けている。
「それで、本題なのだけど」
「はぁ⁉︎ 本題あるならこんな事してないでさっさと言えって……!」
「言ったでしょう? 犬の躾も飼い主の仕事なのよ。さ、次の仕事よ」
そう言って投げ寄越された写真。
気怠い身体に鞭打って写真を手に取る。
写っていたのは30代と思しき女。だけど今の時代、見た目の年齢は然程宛にならない。
「……誰?」
「アンナ・ベルク……市議会議員よ。マフィア撲滅を掲げているわ」
「良い人じゃん」
「馬鹿ね。この街で金か権力、または両方を持っている者に善人なんて居ない。
アンナだって口ではあぁ言ってるけど、実態はサングリアの手先だもの」
「サングリア?」
「ローザ・ノクティスと抗争中の組織よ。アンナに賄賂を贈って、ウチの主要ビジネスである風俗業を締め付けさせるつもりなのよ」
「だから殺せって? まぁ、それは良いけどどうやって?
娼館に行く風にも見えないし、秘書だってそう簡単になれるもんじゃないし……」
「それは自分で考えなさいな。マリアはウチの人間だったから教えられたけど、アンナは完全に外部の人間。
情報も、手段も……カエリが自分で何とかするのよ」
「うへぇ……」
「ウチの情報屋は使わせてあげる。対価は要るけどね」
「高い?」
「その人の顔と価値観次第ね。カエリなら満足させられるんじゃない?」
「あぁ、なるほど……」
要は身体で払えって奴か。この組織はこんなのばかりか。
「内容によっては情報提供だけじゃなくて、お膳立てもしてくれるわ。
彼女はハッカーの側面もある。人から、ネットから、凡ゆる情報源を持っている。機嫌を取っておいて損は無いわ」
「……はぁ。その人を頼るしか無いみたいだ。何処に居るの名前は?」
「この屋敷の三階の一番奥。彼女は正式にはローザ・ノクティスの構成員じゃない。
その情報収集能力故に招待しているだけ。この屋敷で唯一私と対等の存在。脅しは一切通じないわ」
「別に脅すつもりは無いけど……なんて名前?」
「クロノ・リリス。本名は知らないわ」
「りょーかい。じゃ、他に無いならもう行くよ? 早速明日当たってみる」
「えぇ、お疲れ様。次もきちんと処理出来ると信じているわ」
「期待には応えるよ。ミナの為にね」
「減らず口は直らないわね」
「生まれ付きなんだ。じゃ」
クラリスの目に妖しい光が灯った。
お仕置きの気分にさせてしまったと理解して、慌てて部屋を立ち去る。
……クロノ・リリス、か。いったいどんな奴で、何をさせられるんだろう……
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