熱帯夜を泳ぐ
makige_neko
第1章 出会いと街の光
熱帯夜の街は、まるで息を潜めているかのように静かだった。夜風は湿気を帯び、アスファルトに残る熱がじわりと肌に触れる。街灯の光が濡れた道に反射し、ゆらゆらと揺れる光の粒が、まるで小さな水の世界を生み出しているようだった。
ユウは片手にコンビニ袋を持ち、独りで歩いていた。夜の街は好きではない。汗ばむ肌、まとわりつく湿気。けれど、その晩は、不意に目の前で光が揺れたことで立ち止まった。
路地の小さな水たまりに、魚が泳いでいた。
赤いグッピーがひらりと尾を振る。水面はほんの2センチほどしかないのに、群れはまるで本物の水中を漂っているかのようだ。青いネオンテトラの小さな群れが、光の帯を描きながらすり抜ける。尾びれがきらめき、街灯の明かりを反射して虹色の軌跡を残す。
「グッピーにネオンテトラ……?いや、住むには浅すぎるよな」
思わず小さく呟くと、後ろから声がかかった。
「わぁ、綺麗…」
振り向くと、女の子が立っていた。長い髪が夜風に揺れ、白いTシャツに短いデニム。手には半分溶けかけのアイスを持っている。汗で前髪が額に張りつきながらも、彼女の瞳は好奇心で輝いていた。
「こんばんは……あなたも、熱帯夜の魚を見に来たの?」
声は明るく、自然に言葉が溢れる。ユウがうなずくと、彼女はにっこり笑った。
「ねぇ、キミ、魚に詳しいんだね」
「え?」
「私、この街のお魚出現スポット、いっぱい知ってるよ。よかったら一緒に見て回らない? 魚の名前、いろいろ教えてほしいな」
その言葉に、ユウは少し戸惑いながらも心を動かされた。目の前の少女は、夜の街の光を楽しむ目をしている――そして自分と同じように、魚をちゃんと見ている。
「いいけど、この魚たちはどういう存在なんだ…?」
と言い終わるよりも早く
「じゃあ、一緒にお魚観察ツアーに出発!」
と、アキは嬉しそうにお魚観察ツアーの開始を告げた。自然な笑顔が、街の光に溶けるようだった。
二人は並んで歩き始めた。足元の水たまりに光る魚たちは、まるで二人を導くように尾びれを揺らす。赤や青、虹色の光が石畳や路地に映り込み、街全体が静かに息をしているようだった。
「これは……すごいな」
「でしょ? 熱帯夜の街って、毎年こんな風に魚が現れるんだよ」
アキは軽やかに笑い、指先で小さなグッピーを追う。ユウは微笑みながら、それぞれの魚の名前や特徴をそっと教えていく。
街灯に映る光と水の揺らぎの中で、二人は初めての共同観察を始めた。
夜の街は、静かに、しかし確かに、水族館のように輝きはじめていた。
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