世間知らずステーキ

一筆書き推敲無し太郎

第1話

ステーキ屋に来た。といっても大層な店ではない。かといってどこにでもあるチェーン店でもない。個人店でもないが、少しお高い位を想定して貰うとこちらの想定に沿う。スマホは一般的ではない時代。誰もが持つのはガラケーくらいかなの時期だ。

では、そんな店での追憶を少々。

ステーキ屋に来る前に動機を説明いたしましょう。私は中学生、そして母と小学生の従妹といく事になった。それは従妹の誕生日のような時間設定だったと思う。祝いの場に従妹の母が来られなくなったこともあり、少しうつろな従妹を励ます私と私の母。もとより予約していた店に到着するやいなや、従妹に笑顔が見えた。そうだ彼女は美味しいものを食べられれば、すっかり元気になるのだと、車内での励ましの時間を無駄に思ったが、この世に無駄は無いとの思想がある。

たとえば、あなたの家には畳があるだろうか。その目を数えるのは無駄か?と問おう。

答えは無駄ではない、あなたは目を数えるという能力の再確認を行ったのだ。数を数えられるとの素晴らしい能力の再認だ。

さておき、テーブルマナーが心配な私と従妹を横にし、母は財布のことを忘れるため、楽しむために銀行から金を卸してきた。うちは貧乏ではないが、ケチだ。従妹の誕生日とはいえ、最高級サーロインステーキの値段は高いのだ。その場で空気を壊したくないが、従妹の選択に注目が集まる。母の心配をよそに、従妹は最安値のハンバーグを選択したのだ。彼女はいくらか祝われるのだという気概がないのか、好物を平然と選択したのだ。そういえば彼女の家ではステーキなどの高級品は縁がないと車内で言っていたことを想起した。ほら、やはり無駄な時間ではなかったろう?ステーキ屋に来てハンバーグを食べる若者という構図に嫌気がさしたのか母は提案する。「ステーキ食べましょうね、こんなところ滅多に来られないんだから」と。銀行に赴く足取りが重かったのを私は知っているが、確かにこの選択にはちゃちを入れたくなろうなと。母の提案を私も促進した、なんせ誕生日ガールなのだ。少しくらいは祝わせる気持ちにしてくれよな。従妹は少し首を傾げ、悩んだ後に最高級から3ランクダウンしたステーキを選択した。まあ、もうこれ以上なにも言わんさ。母もそれでいいの?などと野暮なことは言わずに選択を尊重した。私?私は最高級ステーキを選びませんよ。こういうところでは主役を立てるのさ。だからハンバーグなんて最安値選ばれたら私と母はドリンクしか頼めないって算段さ。だから普段思ってた、食べたいな程度のステーキを選ぶし、母もそうしてる。さあ、注文だ。

従妹は読んだことのない英語に苦心しながらステーキを注文する。私と母も追随する。普遍的な注文だな。従妹はオレンジジュースが飲みたいって。まだまだがきんちょだ。私はドリンクなんて拘らないよ。お薦めを聞いて、ペアリング。


「焼き加減はいかがしましょう。」


流れが変わったのはここだ。従妹は質問の意図がわからなかったらしい。

レア、ミディアムレア、ミディアム、ウェルダン

これだけ知っていれば余計なことは要らない。ブルーとか、なんかまだまだあるらしいけど、庶民の口には些末な問題さ。私はミディアムレア一択。母はレア。これはもう一生涯変わらないのかもしれない。ステーキ食べる機会が少ないのもあるし、母はもう赤身の肉を食べるのがつらいんだと。今日は従妹のために胃薬を用意して臨んでいるくらいだから。

さて、従妹の様子がおかしい。私と母はもう焼き加減について店員に伝えた。メニュー表をじっくり見出して語句を確認している様子だ。変に意固地にならずに聞けばいいのにな。こっちが選ぼうか?と聞くともうちょっと待ってって。やっぱ別の肉にしようかなって言いだした。店員さんも困ってるよ、店員さんが焼き加減について教えてくれそうだったのに拒否しだした。このくらいの年齢だと気恥ずかしさがあるのかな。知らないってことに。うーん、3分くらいメニュー見てウェルダンの文字に「ステーキが全体的にしっかり焼かれており、中まで十分に火が通っている状態」ってのを見て、肉は良く焼くもんでしょと思ったのか。突然上機嫌にウェルダンで!って言いだした。私と母は止めようかなと悩んで見合った。アイコンタクトを尻目に店員はかしこまりました。って注文を終えてしまった。あーあ、そんな硬い肉頼んでと思う私。

良く考えてみよう。従妹はステーキとハンバーグの比較をしているのか?高い店にきてハンバーグを頼もうとした人間だ。もしかしたらステーキが非合成肉で牛肉だと云う事すら知らないのかもしれないと冷や汗がでてきた。確かにハンバーグならば合い挽きだから生の可能性があるとやべぇ。営業停止どころの騒ぎではなくなるだろう。でもこれステーキよ?牛肉はしっかり焼くと固くなるし、細かく言うのは止した。なぜなら社会を学ぶきっかけとなると良いなという老婆心だ。ステーキを始めて食べた時の失敗談としてはありふれているがまあ、従妹が選択したのだ。後悔するなら次から人に聞くなり本で勉強するなり親に聞くなりすればよいのだ。


「おまたせいたしました。」ステーキが3つ並んだ。こっそり頼んでおいたバースデーカードを持ってきてもらい、誕生日イベントはこれで完結。さあ、ステーキを頂こうか。普段から私の家も食べているわけではないし、なんなら久々。ナイフとフォークの使い方くらいは知ってるから、従妹に教える。これは他の客に迷惑がかかることだし、切り方くらいは教えますって。あれ、切れないな。従妹の皿のウェルダンは思いのほか硬い。こりゃやっちまいましたなぁ。咀嚼するのに時間かかるわと。どうすんの?もうこれ以上注文できるほど裕福ではないし、これから食べるの?従妹は私が一口サイズに切った肉を頬張る。形相が変わる。噛めないわな、そりゃと手を頭に置く私。


従妹は食べるのに30分程度かかった。オレンジジュースは3杯注文した。従妹はステーキが嫌いになった。

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