恋の作戦会議、聞いてないんですけど!?
トムさんとナナ
恋の作戦会議、聞いてないんですけど!?
## 第一章 理想の恋人(のはずだった)
桜咲く四月の午後、私・美咲は学校の屋上で、人生最大の告白をしていた。
「柳沢先輩、私……先輩のことが好きです!」
相手は三年生の柳沢颯太。
身長百八十センチ、さらさらの黒髪、知的な眼鏡姿。
文芸部部長で、いつも一人で本を読んでいる姿が素敵で、一年前から密かに憧れていた。
「ありがとう、美咲ちゃん。でも……」
あ、この「でも」は絶対ダメなパターンだ。
「君はとても可愛いし、優しい子だと思う。でも僕には、もう決めた人がいるんだ」
がーん。
世界が白黒になった気がした。
桜の花びらがヒラヒラと舞い散る中、私はただ立ち尽くすしかなかった。
「そ、そうですか……失礼しました」
私は深々と頭を下げて、逃げるように屋上を後にした。
階段を駆け下りながら、涙がぽろぽろと溢れてきた。
「うわあああん!」
教室に戻った私は、机に突っ伏して大泣きした。
周りの視線なんてお構いなし。
人生初の本格的な失恋に、心が張り裂けそうだった。
「おい、美咲。そんなに泣くなよ」
隣の席から聞こえてきたのは、幼なじみの田中健一の呆れ声だった。
健一とは保育園からの付き合いで、もう十年以上の腐れ縁だ。
「放っておいて!」と言いながらも、なぜかティッシュを差し出してくる健一に、つい甘えてしまう。
「柳沢先輩にフラれたのか?」
「なんで知ってるの?」
「お前の行動、丸わかりなんだよ。ここ一ヶ月、先輩の前だけ変に猫なで声になってたし」
確かに、私は先輩の前では「理想の彼女」を演じていた。
おしとやかで、文学少女っぽく振る舞って、本当の自分を隠していた。
「そんなの……恋する女子なら当然でしょ」
「で、その結果がこれか」
健一は肩をすくめた。身長は私とあまり変わらない百六十センチくらいで、茶色いくせっ毛がぼさぼさ。
運動部にも所属していないし、勉強もそこそこ。特に取り柄のない、平凡な男子だ。
「健一には分からないよ。あんたみたいに恋愛に興味ない人には」
「俺だって恋愛くらいするわ」
「え?」
思わず顔を上げる。健一が恋愛?冗談でしょ?
「今度の土曜日、実は告白する予定なんだ」
「えええええ!?」
私の大声に、クラス中の視線が集まった。
健一は慌てて手をひらひらと振る。
「お、おい、そんなに驚くなよ」
「だって健一が?恋愛?まじで?」
確かに最近、健一の様子が少し変だった気がする。
なんとなくそわそわしているというか、時々ぼーっとしているというか。
「相手、誰なの?」
「それは……まあ、土曜日になったら分かるよ」
健一は曖昧に笑って、それ以上は教えてくれなかった。
帰り道、私は一人でとぼとぼと歩いていた。
先輩への片思いが終わってしまった虚無感と、健一の恋バナという予想外の出来事で、頭の中がごちゃごちゃだった。
家に帰ると、お母さんが心配そうに迎えてくれた。
「美咲、どうしたの?顔が真っ赤よ」
「ちょっと告白して、フラれただけ」
「あら、それは残念ね。でも大丈夫、きっと素敵な人が現れるわよ」
お母さんの慰めも、今は全然響かなかった。
## 第二章 幼なじみの恋模様
土曜日の朝、私は布団から出られずにいた。
せっかくの休日なのに、やる気が全く出ない。
失恋のダメージがまだ癒えていないのだ。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
お母さんの「美咲〜、健一くんよ」という声が聞こえてくる。
「今日は出かけないって言ってー」
「そういうわけにもいかないでしょ。ちゃんと顔を洗って降りてきなさい」
仕方なく起き上がって、鏡を見ると……うわあ、ひどい顔。
目は腫れぼったいし、髪はぼさぼさ。これは人に見せられない。
でも健一だから、まあいいか。
階段を降りると、健一がリビングでお母さんとお茶を飲んでいた。
「おはよう、美咲。顔、すごいことになってるな」
「うるさい」
健一はいつもと変わらない様子だったけれど、よく見ると少し緊張している感じがした。
そうか、今日告白するんだった。
「で、今日はどこに行くの?告白って」
「ああ、それなんだけど……」
健一は急に歯切れが悪くなった。
「実は、一緒に来てもらいたいんだ」
「は?」
「いや、その……一人だと緊張して、うまく話せないかもしれないから」
「付き添いって事?なにそれ、恋愛の応援団?」
健一の頼みは確かに変だった。
普通、告白に友達を連れて行く?
でも、断れるほど元気でもないし、健一の恋路を応援してあげるのも悪くないかもしれない。
「分かった。でも、どこで告白するの?」
「駅前の公園」
私たちは家を出て、電車に乗った。
健一は手に小さな花束を持っていて、なんだか微笑ましかった。
まさか健一にもこんな一面があるなんて。
「相手の子、可愛い?」
「ああ、すごく可愛いよ。それに、優しくて面白くて……」
健一の表情が急に柔らかくなった。
本当に好きなんだな、と思った。少し羨ましかった。
私にも、こんな風に想ってくれる人がいたらいいのに。
駅前の公園に着くと、健一は急にそわそわし始めた。
「美咲、ちょっとあっちのベンチで待っててくれる?」
「うん、分かった」
私は言われた通り、少し離れたベンチに座った。
健一はきょろきょろと辺りを見回している。
相手の子、まだ来ないのかな?
十分ほど待っていると、健一がゆっくりとこちらに歩いてきた。
そして、私の正面に立った。
「あの……美咲」
「うん?相手の子、来ないの?」
「実は……」
健一は花束を私に差し出した。
「俺が好きなのは、君なんだ」
え?
「え?え?えええええ!?」
状況が理解できなくて、私は立ち上がったり座ったりを繰り返した。
「ちょっと待って、健一、何言ってるの?相手の子に告白するんじゃなかったの?」
「相手の子って……君のことだよ、美咲」
「私?私が相手?でも健一は私の幼なじみで……」
頭がこんがらがった。
健一が私に告白?十年以上一緒にいて、今更?
「美咲、俺は君のことがずっと好きだった。でも、君が柳沢先輩に夢中だったから、言えなかったんだ」
「で、でも……」
「君が泣いてるのを見てて、辛かった。もっと早く言うべきだったって、後悔してる」
健一の真剣な表情を見て、これが冗談じゃないことが分かった。
でも、健一?健一が私を?
「ちょっと待って、整理させて」
私は両手で頭を抱えた。
昨日まで失恋に落ち込んでいたのに、今度は幼なじみからの告白?展開が急すぎる。
「返事は急がないから。ただ、俺の気持ちを知っててほしかったんだ」
健一はそう言って、花束を私の手に押し付けた。
白いガーベラの小さな束。
柳沢先輩への告白の時に持参した、派手なバラの花束とは正反対の、素朴で可愛い花だった。
## 第三章 混乱の日々
健一からの告白の後、私の日常は一変した。
まず、健一との接し方が分からなくなった。
今まで「ただの幼なじみ」として何も考えずに接していたのに、急に意識してしまう。
「美咲、消しゴム貸して」
「は、はい!どうぞ!」
「…なんで敬語?」
「い、いえ、別に」
こんな調子で、会話がぎこちない。
クラスメイトからも「二人、なんか変だよね」と言われる始末。
そして何より困ったのが、健一への気持ちが分からないことだった。
確かに健一は、いつも私のそばにいてくれた。
悲しい時は慰めてくれるし、嬉しい時は一緒に喜んでくれる。
でも、それって恋愛感情なの?友情なの?
「美咲〜、また考え込んでる」
親友の佐藤楓が、私の肩をぽんと叩いた。
楓は私の恋愛相談相手で、いつも的確なアドバイスをくれる。
「楓ちゃん、幼なじみって恋愛対象になると思う?」
「急にどうしたの?まさか健一くんのこと?」
「え、なんで分かるの?」
「だって最近、あんた健一くんの前でオドオドしてるもん。見てて面白い」
楓は楽しそうに笑った。
「でも正直、お似合いだと思うよ。あんたたち、傍から見てると既にカップルみたいだし」
「そう?」
「そうそう。健一くん、いつもあんたのこと見てるよ。特に、あんたが他の男子と話してる時の顔がすごい」
そんなこと、全然気づかなかった。
「でも、恋愛って、もっとこう……ドキドキするものじゃない?柳沢先輩の時みたいに」
「あのドキドキは本当に恋だったの?」
楓の鋭い指摘に、私は言葉に詰まった。
確かに、柳沢先輩への気持ちは「憧れ」に近かったかもしれない。
理想の男性像に恋していただけで、本当の先輩を知ろうとしていなかった。
「健一くんと一緒にいる時、どんな気持ち?」
「うーん……安心する、かな。あと、楽しい」
「それって、立派な恋愛感情の始まりじゃない?」
楓の言葉に、少し心が軽くなった。
でも、まだ確信は持てない。
その夜、私は健一にメールを送った。
『明日、一緒に映画でも見に行かない?』
すぐに返事が来た。
『もちろん!何が見たい?』
『何でもいいよ。健一が選んで』
翌日、私たちは映画館にいた。
健一が選んだのは、コメディ映画。
私の好みを分かっている選択だった。
映画を見ている間、時々健一の横顔をちらっと見た。
真剣に画面を見つめている健一の表情は、いつもより大人っぽく見えた。
あれ?健一って、こんなに整った顔立ちだったっけ?
映画が終わった後、カフェでお茶を飲みながら話していると、健一が急に真面目な顔になった。
「美咲、俺の告白のこと、まだ迷惑だった?」
「迷惑じゃないよ。ただ……」
「ただ?」
「健一のこと、友達としてしか見てこなかったから、恋愛対象として考えるのに時間がかかるの」
健一は少し寂しそうに笑った。
「そうだよな。十年以上も友達だったんだから、急に変われって言う方が無理だよ」
「ごめんね」
「謝ることじゃない。俺が勝手に好きになったんだから」
健一の優しさが、胸に響いた。
こんなに私のことを思ってくれる人が、すぐそばにいたなんて。
## 第四章 新たな発見
健一の告白から一週間が経った頃、私は健一の意外な一面を知ることになった。
「美咲、今度の文化祭で何やるか決まった?」
クラスの実行委員長をやっている健一が、私に話しかけてきた。
「えっと、まだ……」
実は私、文化祭の準備で悩んでいた。
絵は得意だけど、みんなの前に出るのは苦手。
でも、クラスの出し物では目立たない役割しかない。
「もし良かったら、俺と一緒に看板作らない?美咲の絵、すごく上手だから」
「本当?」
「ああ。実は俺、美咲の絵をずっと見てたんだ。教科書の隅に描いてる落書きとか、ノートの挿絵とか」
私の絵を、健一が見ていてくれた?それも、ずっと?
放課後、私たちは美術室で看板作りを始めた。
健一は意外にも手先が器用で、私がデザインした絵を丁寧に色塗りしてくれた。
「健一、上手だね」
「小学校の時、美咲に教えてもらったからな」
「私が?」
「覚えてないの?美咲が『健一の絵、もっと上手になるよ』って言って、放課後に特訓してくれたじゃん」
そんなことがあったっけ?記憶が曖昧だけど、確かに小学生の頃、健一と一緒に絵を描いていた気がする。
「あの時から、俺は美咲の絵が大好きだったんだ」
健一の言葉に、胸がきゅんとした。
これって、ドキドキ?
作業を続けていると、健一が急に筆を止めた。
「美咲」
「なに?」
「俺、告白するって言ったけど……」
「うん」
「実は、もう告白は済んでるんだ」
「え?」
健一は苦笑いを浮かべた。
「公園で、君に告白したじゃん。あれが俺の告白だったんだよ」
「ああああ!そっか!」
私は自分の鈍さに呆れた。
確かに、健一は私に告白していた。
「今度告白する相手」は私だったのだ。
「もしかして、気づいてなかった?」
「全然気づいてなかった……」
私たちは同時に笑い出した。
なんだか急に緊張が解けて、いつもの自然な関係に戻れた気がした。
その時、美術室のドアが開いて、柳沢先輩が入ってきた。
「あ、田中くんと松井さん」
私の心臓が跳ね上がった。
先輩との気まずい空気を避けようとして、つい健一の陰に隠れてしまう。
「お疲れ様です、柳沢先輩」
健一は普通に挨拶した。
「君たち、文化祭の準備?」
「はい、看板を作ってるんです」
「素敵だね。松井さんの絵、とても上手だ」
先輩に褒められて、私は顔が真っ赤になった。
でも、なぜか前ほどドキドキしない。
「あ、そうそう。僕が『決めた人がいる』って言った話、覚えてる?」
突然の話題に、私は固まった。
「実は、その人に昨日告白して、OKもらったんだ。二年生の図書委員の女の子」
「そ、そうですか……おめでとうございます」
「ありがとう。君も、きっと素敵な人が見つかるよ」
先輩は優しく微笑んで、美術室を出て行った。
私は健一の方を振り返った。
健一は黙って私を見つめていた。
「大丈夫?」
「うん……思ったより、平気だった」
本当だった。
先輩に恋人ができたと聞いても、前ほどショックじゃなかった。
むしろ、「良かったな」という気持ちの方が強かった。
「美咲は優しいな」
「そうかな?」
「好きだった人が幸せになったら、素直に喜べるなんて、簡単なことじゃないよ」
健一の言葉に、胸が温かくなった。
健一は、いつも私の良いところを見つけてくれる。
## 第五章 気づきの瞬間
文化祭当日、私たちのクラスの看板は大好評だった。
「松井さんの絵、すごく素敵!」
「田中くんの色塗りも丁寧で、プロみたい!」
クラスメイトからの称賛に、私と健一は照れながら手を振った。
「やったな、美咲」
「健一のおかげだよ。ありがとう」
二人で作り上げた作品を見ていると、なんだかとても誇らしかった。
文化祭の最後に、クラス写真を撮ることになった。
みんなが看板の前に集まる中、私は自然と健一の隣に立った。
「はい、チーズ!」
カシャッ。
写真を撮り終えた後、楓が私のところにやってきた。
「美咲〜、健一くんとお似合いだったよ」
「何が?」
「写真撮る時、あんたたち自然と寄り添ってたじゃん。しかも健一くん、あんたのことばっかり見てた」
そう言われて振り返ると、健一は他のクラスメイトと談笑していた。
でも、時々私の方をちらっと見ている。
その時、急に胸がきゅんとした。
あれ?この感覚、何だろう?
楓は私の様子を見て、にやりと笑った。
「やっと気づいた?」
「何に?」
「あんたの気持ちに」
文化祭の後片付けを終えて、私と健一は一緒に帰路についた。
夕暮れの空が、オレンジ色に染まっている。
「今日は楽しかったな」
「うん」
なぜか、いつもより健一の横顔が気になった。
健一って、いつからこんなに優しい笑顔をするようになったんだろう?
「美咲、俺の告白のこと、まだ考えてくれてる?」
急に聞かれて、私はドキッとした。
「うん……でも、まだよく分からない」
「そっか」
健一は少し寂しそうに微笑んだ。
その表情を見て、私の胸がちくりと痛んだ。
なんで痛いんだろう?健一が悲しそうにしてると、私も悲しくなる。
これって……
家に帰ってから、私は一人で考え込んだ。
健一への気持ち。友情なのか、恋愛なのか。
そんな時、お母さんが部屋にやってきた。
「美咲、健一くんからお花もらったのね。綺麗に活けてあるじゃない」
ガーベラの花束は、部屋の窓際に飾ってあった。
毎日水を替えて、大切に手入れしている。
「お母さん、聞きたいことがあるの」
「何?」
「恋愛って、どんな感じ?」
お母さんは少し驚いたような顔をして、それからにっこりと笑った。
「そうね……相手のことを思うと胸が温かくなって、一緒にいると安心できて、相手が悲しそうにしてると自分も悲しくなる。そんな感じかな」
「それって……」
「あとは、その人の笑顔が一番好きで、ずっと一緒にいたいと思う気持ち」
お母さんの説明を聞いて、私ははっとした。
それって、まさに健一に対する私の気持ちじゃない?
## 第六章 仕組まれた恋
翌日の放課後、私は健一に呼び出された。
場所は学校の中庭。桜の木が、新緑の葉を茂らせている。
「美咲、話があるんだ」
健一は何だか神妙な面持ちだった。
「実は……俺の告白、全部仕組まれたものだったんだ」
「え?」
「柳沢先輩とか、楓とか、みんなでグルになって、俺に告白させたんだよ」
私は耳を疑った。
「ちょっと待って、どういうこと?」
健一は苦笑いを浮かべながら説明を始めた。
「実は先週、楓が俺のところに来たんだ。『健一、美咲のこと好きでしょ?』って」
「楓が?」
「『美咲は失恋で落ち込んでるから、今がチャンス』って言われて……」
なんと。楓のあの的確なアドバイスは、全部計算だったのか。
「でも一番驚いたのは、柳沢先輩も協力してくれたことだ」
「先輩が?」
「『松井さんには、もっと相応しい人がいる』って言って、俺の背中を押してくれたんだ」
つまり、先輩は最初から私を恋愛対象として見ていなくて、健一の気持ちに気づいていたということ?
「みんなでグルになって、俺に告白させる作戦を立てたんだよ」
私は頭がくらくらした。
つまり、健一の告白は「やらせ」だったの?
「でも待って、健一の気持ちは本物でしょ?」
「ああ、それは本当だ。俺が美咲を好きなのは、本当の気持ちだよ」
「なら、別に問題ないじゃない」
「でも、みんなに背中を押されて告白したってことは、俺一人の意思じゃなかったってことで……」
健一は申し訳なさそうに下を向いた。
私は健一の手を握った。
健一の手は、少し震えていた。
「健一」
「うん?」
「私、答えを出したよ」
健一の目が、希望に輝いた。
「俺と……」
「付き合って」
健一の顔が、ぱあっと明るくなった。
「本当?」
「本当」
私は健一の手を強く握り返した。
「みんなが仕組んでくれたおかげで、私は自分の本当の気持ちに気づけた。健一への気持ちは、恋愛だったんだ」
「美咲……」
「ありがとう、健一。ずっとそばにいてくれて」
健一は私の手を両手で包み込んだ。
その時、桜の木から新緑の葉がひらりと舞い落ちて、私たちの間に舞い散った。
## 第七章 みんなの思惑
次の日の昼休み、楓が満面の笑みでやってきた。
「美咲〜!健一くんと付き合うことになったんだって?」
「楓ちゃん、あんたがみんなでグルになって……」
「ばれちゃった」
楓は舌をぺろっと出した。
「でも良かったでしょ?あんたたち、前からお似合いだったもん」
確かに、結果的には良かった。
でも、みんなでこっそり作戦を立てていたなんて。
「作戦会議、いつやってたの?」
「先週の金曜日。健一くんが『美咲が落ち込んでて、どうしたらいいか分からない』って相談してきたのがきっかけ」
健一が私を心配して、楓に相談していた?
「それで柳沢先輩にも話したら、『僕も協力する』って言ってくれたの」
「先輩も?」
「先輩、前から気づいてたんだって。健一くんが美咲のことを見つめてることも、美咲が本当は健一くんのことを大切に思ってることも」
私は自分でも気づいていなかった気持ちを、周りの人たちは見抜いていたのか。
「ちなみに、お母さんも協力者の一人よ」
「お母さんも!?」
「『健一くんは良い子だから、美咲と付き合ってくれたらいいのに』って、前から言ってたもん」
もう、びっくりすることばっかり。
「つまり、私だけが何も知らなかったってこと?」
「そういうこと」
楓は楽しそうに笑った。
「でも、最終的に決めたのは美咲自身でしょ?私たちはきっかけを作っただけ」
その夜、私は健一と電話で話していた。
「みんなが協力してくれてたなんて、驚いたな」
「私も。でも、なんだか嬉しい」
「嬉しい?」
「みんなが私たちのことを応援してくれてたんだなって」
健一の優しい笑い声が電話越しに聞こえてきた。
「美咲、明日は一緒に帰ろうか?」
「うん、そうしよう」
新しく始まった恋人同士の会話。
なんだか照れくさいけれど、とても幸せだった。
## 第八章 小さな発見
健一と付き合い始めて二週間。
私は毎日小さな発見の連続だった。
例えば、健一は毎朝私より先に教室に着いて、私の机の上にさりげなく消しゴムのカスを払ってくれていたこと。
例えば、私が体調を崩した時、健一が密かにお母さんに連絡して、お粥を作ってもらうよう頼んでくれていたこと。
例えば、私が好きなお菓子を覚えていて、コンビニで見つけると必ず買ってきてくれること。
「健一って、前からこんなに優しかった?」
お昼休み、楓にそう聞いてみた。
「前からよ。あんたが気づいてなかっただけ」
「そうなの?」
「健一くん、小学校の時から美咲のランドセルを持ってくれてたじゃない。中学の時も、美咲が風邪引いた時のプリント、毎回届けに来てくれてたし」
言われてみれば、確かにそうだった。
でも、その時は「幼なじみだから当然」だと思っていた。
「あんたって、鈍感よね」
楓に苦笑いされながら、私は赤面した。
その日の放課後、健一と一緒に図書館に行った。
健一が「美咲に読んでほしい本がある」と言ったからだ。
「これ」
健一が手に取ったのは、恋愛小説だった。
「恋愛小説?健一がこんなの読むんだ」
「美咲が好きそうだと思って、読んでみたんだ」
健一は照れながら説明した。
「どうだった?」
「面白かった。主人公の女の子が、美咲に似てるなって思った」
「私に?」
「優しくて、絵が上手で、でも自分の魅力に気づいてない子」
健一の言葉に、胸がとくんと跳ねた。
健一は私のことを、こんな風に見てくれていたんだ。
図書館の帰り道、健一が急に立ち止まった。
「美咲、ちょっと待って」
「どうしたの?」
健一は私の髪についた桜の花びらを、そっと取ってくれた。
その時の健一の表情が、とても優しくて、私はドキドキしてしまった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
こんな些細なことでも、健一がしてくれると特別に感じられる。
これが恋愛なんだな、と実感した瞬間だった。
## 第九章 過去からの手紙
ある日、私が部屋の掃除をしていると、古い箱から一通の手紙が出てきた。
小学校六年生の時に書いた、卒業文集の原稿だった。
『将来の夢』
私の将来の夢は、絵本作家になることです。
絵を描くのが大好きで、いつか自分の描いた絵で、みんなを笑顔にしたいと思っています。
そして、優しくて面白い人と結婚して、幸せな家庭を築きたいです。
その人は、私の絵を一番に褒めてくれて、悲しい時には慰めてくれて、楽しい時には一緒に笑ってくれる人がいいです。
松井美咲
読み終えて、私は思わず笑ってしまった。
小学生の私が描いた「理想の人」って、まさに健一のことじゃない?
その時、母の声が聞こえてきた。
「美咲〜、健一くんが来てるわよ」
私は慌てて手紙をしまって、階下に向かった。
健一は玄関で、お母さんと楽しそうに話していた。
「おつかれさま」
「おう、美咲。今日は映画の続編が公開されたから、一緒に見に行かない?」
例のコメディ映画の続編だった。
健一は私の好みを本当によく覚えている。
映画館に向かう途中、私は健一に聞いてみた。
「健一は、いつから私のことを好きになったの?」
「小学校の時からかな」
「そんなに前から?」
「美咲が転校生の子をいじめから守った時、かっこいいなって思ったんだ。それから、ずっと」
小学校三年生の時のことだった。
クラスに転校生の女の子がやってきたとき、一部の男子がその子をからかっていた。
私は見かねて、「やめなよ!」と注意したのだ。
「覚えてるの?」
「もちろん。あの時の美咲、すごく輝いて見えた」
健一の言葉に、胸が温かくなった。
「でも、なんで今まで言わなかったの?」
「美咲が他の人を好きになるたびに、言いそびれて……特に柳沢先輩のことを好きになった時は、もう諦めるしかないと思った」
「そうだったんだ……」
私は少し申し訳ない気持ちになった。
健一は長い間、片思いを続けていたのに、私は全然気づかなかった。
「でも、楓たちが背中を押してくれて、やっと告白できた。本当に感謝してる」
「私も感謝してる。みんなのおかげで、健一の気持ちに気づけたから」
映画館に着くと、なんと楓と柳沢先輩が一緒にいた。
「あれ?楓ちゃん、先輩?」
「こんにちは、美咲ちゃん」
先輩は新しい恋人らしき女性と一緒だった。
「偶然ですね」と健一が言うと、楓がにんまりと笑った。
「偶然じゃないよー。私が先輩に連絡したの」
「また楓ちゃんの策略?」
「だって、せっかくみんなで協力して成功した作戦なんだから、お祝いしなきゃでしょ?」
結局、私たちは六人で映画を見ることになった。
## 第十章 逆転劇の真実
映画が終わった後、みんなでカフェに入った。
柳沢先輩の恋人の田村さんは、図書委員で文学少女タイプの美しい人だった。
「先輩と田村さんって、いつから付き合ってるんですか?」
私が聞くと、先輩は少し困ったような顔をした。
「実は……僕たちが付き合い始めたのも、この『作戦』の一部だったんです」
「え?」
「僕が美咲ちゃんを断ったのは本当ですが、その理由は田村さんのことが好きだったからではなくて……」
先輩は田村さんの方を見た。
田村さんは優しく微笑んで、続きを話してくれた。
「実は私、図書館で柳沢先輩とよく話していたんです。そんな時、先輩から『幼なじみの男の子が、一人の女の子をずっと見つめている』という話を聞いて……」
「それって……」
「健一くんと美咲ちゃんのことでした」
なんと。
「先輩は最初から、健一くんの気持ちに気づいていて、でも美咲ちゃんが先輩に告白してくることも予想していたそうです」
「だから、美咲ちゃんを傷つけずに断る方法を考えていました。そして、田中くんの背中を押すタイミングも」
私は唖然とした。
つまり、私の失恋も、健一の告白も、全部計算された出来事だったということ?
「でも、その過程で私と先輩も惹かれ合って……結果的に、みんなが幸せになれました」
田村さんの言葉に、先輩が嬉しそうに頷いた。
「つまり、今日いるメンバー全員がカップルってこと?」
楓が指を差すと、なんと楓の隣には見知らぬ男子が座っていた。
「あ、紹介するね。こちら、隣のクラスの山田くん。私の彼氏」
「彼氏!?楓ちゃん、いつの間に!」
「実は、美咲の恋愛相談に乗ってる間に、山田くんと仲良くなったの。恋愛話してると、なんか恋愛気分になるのよね」
もう、びっくりすることばかり。
「つまり、私の失恋がきっかけで、みんなカップルになったってこと?」
「そういうことになるね」
健一が苦笑いしながら言った。
私は改めて周りを見回した。
柳沢先輩と田村さん、楓と山田くん、そして私と健一。
みんな幸せそうに笑っている。
「なんか、すごい偶然だね」
「偶然じゃないよ」
楓がにやりと笑った。
「これも全部、運命よ。美咲が勇気を出して先輩に告白したから始まった物語なの」
確かに、もし私が告白していなかったら、この展開はなかった。
失恋は辛かったけれど、それがなければ健一の気持ちに気づくこともなかったかもしれない。
## 第十一章 本当の気持ち
その夜、健一と二人で夜の公園を散歩していた。
「今日はいろいろ驚いたな」
「本当に。みんながこんなに私たちのことを考えてくれてたなんて」
ベンチに座って、星空を見上げた。
「美咲、一つ聞きたいことがあるんだ」
「何?」
「俺のこと、本当に好きになってくれた?それとも、みんなの期待に応えようと思って……」
健一の不安な表情を見て、私は首を振った。
「違うよ。確かに最初は、みんなの言葉に背中を押されたかもしれない。でも、健一と過ごす時間が増えて、健一の優しさや思いやりに触れて……本当に好きになったの」
「本当?」
「本当」
私は健一の手を取った。
「健一といると、安心するの。一緒にいて楽しいし、健一が悲しそうにしてると私も悲しくなる。これって、恋愛感情だよね?」
健一は嬉しそうに頷いた。
「ありがとう、美咲。俺も、君と一緒にいると本当に幸せだ」
二人で手を繋いで、ゆっくりと歩いた。
「そうそう、小学校の卒業文集、覚えてる?」
「卒業文集?」
「私、『優しくて面白い人と結婚したい』って書いたの。まさに健一のことだったんだなって、今更気づいた」
健一は驚いたような顔をした。
「俺も同じようなこと書いたよ。『絵が上手で、優しくて、笑顔が素敵な人』って」
「私のこと?」
「君のことだよ」
私たちは顔を見合わせて笑った。
「もしかして、私たち、小学生の時から運命だったのかも」
「かもしれないな」
夜風が頬を撫でて、とても気持ちよかった。
健一の手の温かさが、私の心も温かくしてくれる。
## 第十二章 新たなスタート
夏休みに入ると、私と健一はよく一緒に過ごすようになった。
ある日、健一が突然提案した。
「美咲、絵本作ってみない?」
「絵本?」
「君の絵と、俺の文章で」
健一の文章?健一って文章書けるの?
「実は俺、小説書くのが趣味なんだ」
「えー!知らなかった!」
「美咲に見せるのは恥ずかしくて……でも、一緒に何か作れたらいいなって」
健一の提案に、私の心は躍った。
絵本作家は、小学生の時からの夢だった。
「やってみたい!」
私たちは早速、作品作りに取り掛かった。
健一が考えたストーリーは、動物たちの友情を描いた心温まる話だった。
「健一、文章上手だね」
「本当?」
「うん。読んでて、すごく温かい気持ちになる」
健一の嬉しそうな顔を見て、私も嬉しくなった。
絵を描いている私を、健一はずっと見ていてくれた。
「美咲の絵、やっぱり素敵だな」
「ありがとう」
「俺、美咲の絵を見てると、幸せな気持ちになるんだ」
健一の言葉に、頬が熱くなった。
「私も、健一の文章を読んでると、心が温かくなる」
「それって……」
「私たち、良いコンビかも」
健一は満面の笑顔を浮かべた。
「ああ、最高のコンビだ」
## 第十三章 秋の告白
秋になって、私たちの絵本が完成した。
「『ともだちの森』……いいタイトルだね」
「美咲が考えてくれたからな」
私たちは完成した絵本を、まず楓に見せることにした。
「わあ、すごい!これ、本当に出版できそう」
楓は目を輝かせながらページをめくった。
「健一くんの文章も美咲の絵も、すごく素敵。二人の愛情がこもってる感じ」
「愛情って……」
私は顔が真っ赤になった。
「だって、こんなに素敵な作品、愛し合ってる二人じゃないと作れないよ」
楓の言葉に、私と健一は顔を見合わせた。
確かに、この絵本を作っている間、私たちはお互いのことをもっと深く知ることができた。
健一の優しさ、創造性、そして私への深い愛情。
「健一」
「うん?」
「私、やっと分かった」
「何が?」
「私が本当に求めていたのは、柳沢先輩みたいな『理想の人』じゃなくて、健一みたいな『本当に私を大切にしてくれる人』だったんだ」
健一の目が、驚きと喜びで大きくなった。
「美咲……」
「健一、改めて言うね。大好き」
「俺も、美咲のことが大好きだ」
私たちは自然と手を繋いだ。
楓は「きゃー!」と喜びの声をあげた。
## 第十四章 みんなのその後
文化祭から半年が経った春、私たちは二年生になっていた。
柳沢先輩は無事に大学に合格し、田村さんと遠距離恋愛をすることになった。
「美咲ちゃん、君と健一くんのおかげで、僕も田村さんと出会えました。ありがとう」
先輩は卒業式の日、私たちにそう言ってくれた。
楓と山田くんも、相変わらずラブラブだった。
「美咲のおかげで恋愛に目覚めたのよ」
楓は相変わらず、事あるごとにそう言って私をからかった。
そして私と健一は……
「美咲、俺たちの絵本、出版社に送ってみない?」
「えー、まだ素人の作品だよ」
「でも、挑戦してみたい。美咲の夢を叶える手伝いがしたいんだ」
健一の提案で、私たちは本当に出版社に作品を送ることにした。
結果はどうなるか分からないけれど、一緒に夢に向かって歩んでいけることが嬉しかった。
## 第十五章 一年後の春
一年後の春、私たちは三年生になっていた。
あれから私たちの絵本は、幸運にも小さな出版社から出版されることになった。
『ともだちの森』は子供たちに大人気で、続編の依頼まで来ている。
「美咲、見て!書店に並んでるよ」
書店の児童書コーナーに並ぶ私たちの絵本を見て、健一は子供みたいに喜んだ。
「本当だ……私たちの本」
感動で涙が出そうになった。
小学生の時の夢が、健一と一緒に叶った。
「次の作品も一緒に作ろうな」
「うん!」
書店を出ると、あの公園の前を通りかかった。
健一が初めて告白してくれた、思い出の場所。
「あそこで告白してから、もう一年か」
「早いね」
「美咲、改めて聞くけど……俺と付き合ってくれて、後悔してない?」
健一の不安そうな顔を見て、私は笑った。
「後悔なんてしてないよ。むしろ、ありがとうって思ってる」
「ありがとう?」
「健一のおかげで、本当の恋愛を知ることができたから。表面的な魅力じゃなくて、心から大切に思える人がどういう人なのか、分かったから」
健一は嬉しそうに微笑んだ。
「俺の方こそ、ありがとう。美咲と一緒にいると、毎日が楽しい」
私たちは手を繋いで、桜並木を歩いた。
一年前の失恋がきっかけで始まった物語。
あの時は辛くて辛くて仕方なかったけれど、今となってはすべてが良い思い出だ。
「そうそう、楓ちゃんから聞いたんだけど……」
「何を?」
「最初の作戦会議で、みんなが『美咲は絶対に健一くんの良さに気づく』って確信してたんだって」
「みんなが?」
「うん。『美咲ちゃんは本当は、外見より内面を重視する子だから』って」
周りの人たちは、私のことを私自身よりもよく理解していたのかもしれない。
「でも、一番驚いたのは先輩の言葉よ」
「先輩が何て?」
「『美咲ちゃんが求めているのは、憧れの恋人ではなく、人生のパートナーだ』って」
先輩の慧眼に、改めて驚いた。
確かに、今の私と健一の関係は、単なる恋人同士を超えて、人生のパートナーという感じだ。
## エピローグ 失恋から始まった奇跡
三年生の卒業式の日。
私と健一は、同じ大学の芸術学部に進学することが決まっていた。
私は絵画専攻、健一は文芸創作専攻。
これからも一緒に作品を作っていけると思うと、胸が躍った。
「美咲、卒業おめでとう」
「健一も、おめでとう」
桜が満開の校庭で、私たちは手を繋いで立っていた。
「思えば、去年の春も桜が咲いてたな」
「あの時は失恋で泣いてばかりだったのに」
「今は?」
「今は……すごく幸せ」
私は健一を見上げて微笑んだ。
「あの失恋がなかったら、健一の気持ちに気づけなかったかもしれない」
「そうだな。だから俺は、あの失恋に感謝してるんだ」
「感謝?」
「美咲を俺の方に振り向かせてくれたから」
健一の言葉に、私は幸せでいっぱいになった。
「私も感謝してる。失恋のおかげで、本当に大切な人が誰なのか分かったから」
風が吹いて、桜の花びらが舞い散った。
その中で、私たちは静かに微笑み合った。
時々、人生は思いがけない方向に転がっていく。
一年前の私は、まさか健一と恋人になって、一緒に絵本作家を目指すことになるなんて、夢にも思わなかった。
でも、今となっては、これが最高の結末だと心から思う。
失恋から始まった物語は、真実の愛へと続いていく。
そして私たちの物語は、まだまだ始まったばかり。
これから先、どんな未来が待っているかは分からない。
でも、健一と一緒なら、きっと素敵な物語を紡いでいけるはず。
桜の花びらに包まれながら、私は心の底から思った。
あの失恋は、失敗なんかじゃなかった。
これは、私の人生最高の「逆転劇」だったのだ。
---
【完】
恋の作戦会議、聞いてないんですけど!? トムさんとナナ @TomAndNana
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます