鈴虫

北出たき

第1話

 試供品のジャスミンの香水を布団の足元に吹きかけて横になった。

 鈴虫の声がする。ここ最近は夜になるとこの音が聞こえる。頭の中では脳みそに沿うようにして雑草が生い茂っているが、それは左側の一部に毛のように生えているだけだ。

 断続的に続く音はその絶え間がじれったくも、待ちに待った時に訪れるちょうど良い間隔にも思えた。大きな欠伸をして唾を飲みこぶたび、鼓膜の内側がぼわっとして聞こえなくなった。直後に虫の声がして体内から音が発せられている間もうまく絶え間に呼吸を合わせて、間に合い、聞き逃した声がなかったことを知る。

 欠伸をするたびに流れ落ちる涙が耳の中で滲んで、小指で掻くたびうるさい。麦茶を飲んだ時のように胃から下がズンとして、ぽこぽこと下腹部を空気が移動する。

 鈴のように聞こえた音はジジジジジジジとも聞こえる。ジジという2音あるいはジジジジの4音だけもう一匹が重ねて歌っているように響いて聞こえた。

 二時に布団に入ったからもう二時半になっているだろうか。声が聞こえなくなった。ずっと同じ個体が鳴いていたのだろうか。うっすらと幻聴が聞こえる。

 さっきから虫の声に耳を澄ませながらも青々と茂った雑草は頭の一部しか占めていないと、自然の姿を十分に想像できないと思っていたら、エアコンが作動していることに気がついた。エコモードなので空気を吐き出す音はほとんどしないがじーっと動く音が廻るみたいに絶えず鳴っている。

 携帯の時計を見た。2時42分。また鈴虫が鳴き始めた。今度はさっきよりもずっと長い間を開けている。アパートの2階から聞いていた。

 トイレに立った。お酒を飲みすぎた時のように胃、肋の下あたりが膨らんだように苦しくて少し気分が悪い。

 便座に腰掛け用を足している間左の手首を噛んだ。肉が上の歯の裏に当たり、歯と歯茎の隙間に気持ちよく食い込んで、餅でも食べているみたいだ。口を離して手首を見ると上の歯の跡が表面の形通り台形に近い跡を示していて気持ち悪かった。実際の大きさと同じだが、破線のように細く連なる下の歯の跡と比べて大きいのが気味悪い。

 尿はじんわりと染み出すように間を置いて何度か出たが、キリがないので紙で拭いてトイレを出た。

 ああもう3時である。

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鈴虫 北出たき @kitadetaki

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