洛陽 その2

 二月、まず動いた群雄は、劉永であった。嘗て東海とうかい郡に兵を起こした董憲とうけん翼漢よくかん大将軍、琅邪ろうや郡の張歩を輔漢ほかん大将軍忠節ちゅうせつ侯にはいした劉永、自身が天子すなわち皇帝を名乗るゆえ、今度は使いをって、董憲を海西かいせい王に、張歩をせい王に為そうと呼びかける。董憲は喜んで受ける。一方、張歩は皇帝劉秀によって東萊とうらい太守を拝していたが、これを好機と見た。すなわち態度を曖昧あいまいにして、自らの値をろうとする。そこに世の趨勢すうせいを見抜く目は無く、王の地位を劉秀からむさぼろうという打算ださんのみがあった。

 光禄こうろく大夫たいふ伏隆ふくりゅうは張歩にさとしめようと曰く「高祖は天下と約し、劉氏に非ずんば王とせず。今、十万戸の侯と為ることを得るべきのみ」

 張歩、目先の利に釣られて、ならば劉永にき斉王を受けようと言う。そうなれば、光禄大夫伏隆はただ引下るのみ。張歩は伏隆が有能な人物と見れば、自らの配下にしようと思う。よって共にせい州・じょ州を守ろうと伏隆に持ち掛ける。伏隆、節義せつぎで名を知られた男である。張歩をこばみ、ただ復命ふくめいすることを求む。張歩遂に伏隆を捕えて劉永のほうを受ける。伏隆、間者を使い上書して曰く「臣隆、使者としてほうじるにかえって大罪を為し、逆賊に囚われる所と為れり。困難厄災やくさいに在りといえども、命をかえりみず。また吏人りじんは張歩が反逆せるを知り、陛下になつかず。願わくは時を以て兵を進め、臣隆を以て懸念けねんすること無かれ。臣隆、生きて宮廷にいたり、ちゅうを役人に受けることが出来れば、願っても無いことなり。し身を寇賊こうぞくの手に没させる所となれば、父母昆弟こんていを以て長く陛下をわずらわさせる所と為らん。しかし我は只お頼み申すのみ。陛下は皇后、太子と共に永久に万国をけ、天と共に極まること無からん」

 劉秀、伏隆のそうを得るや、その父の大司徒だいしと司直しちょく伏湛ふくたんを召す。伏湛到れば、劉秀涙を流して、奏を渡して曰く「隆は、匈奴に捕まりしも降伏をがえんじざる蘇武そぶの節ありと言うべし。しむらくは張歩の言を受けず、あわただしくも還ることを求めしことなり」

 劉秀、嘗て王郎の兵をかたって饒陽じょうようで食を得た。生き延びることはわずかな節義よりも大事である。今、伏隆は節義のために死のうとしている。若し劉秀が光禄大夫の立場であれば、張歩が王を貪ろうと言うなら、皇帝に直接おうかがいを立てましょうと逃げたであろう。或いは、二州を共に守ろうと誘われた時に、如何なる処遇をして頂けようと、応じた振りをしたであろう。それを思えば、伏隆の、漢の名の下に不義を建てまいと思う気持ち、親族を思う気持ち、節義を思えば涙する。

 伏湛も嗚咽おえつするも、曰く「陛下の前に我がりたれば、隆、二心を示せば、われが責めを受けるゆえ、これを避けたので御座います」

 劉秀、既に察する所であれば、ただうなずく。その後、張歩は遂に伏隆を殺す。時にこれを知る者あわれみ哀しまない者は無かった。


 次に洛陽の皇帝劉秀、河内かないかい県に御幸みゆきする。劉秀、思えば伏隆と初めて出会ったのはこの宮であったと懐かしむ。無論、劉秀、閑居かんきょかこつ故にここに来たわけでなく、後詰めとして軍を率いていた。箕関きかんを守っていた中郎将王梁おうりょう、赤眉が潰えたことにより、その任を解かれ、驃騎ひょうき大将軍杜茂とぼと共に流賊りゅうぞく五校ごこうを追う。王梁は信都しんと郡に戻って郡、ちょう郡に流賊を破り、ことごとくその諸衆しょしゅうたいらげる。杜茂は流賊を魏郡、清河せいか郡、とう郡にち、その陣営じんえいを平らげ、せつを持っていた大将三十人を降す。三郡は清浄と化し、人民はようやく安心して往来を行き交うようになった。また、大司馬だいしば呉漢ごかん建威けんい大将軍耿弇こうえん、虎牙大将軍蓋延を率いて、河内郡西部は県の西に青櫝せいとくを討ち、大いに破ってこれを降す。


 三月、劉秀、ぎょう大司徒であった司直伏湛を、鄧禹とううを免じたことで空いた大司徒に為し、陽都ようと侯に封じる。一方、幽州からは急使が辿たどり着き、けい城がおとしいれられ、彭寵が自らをえん王と為したと伝える。劉秀、赤眉を倒したと思えば、彭寵が勢力を伸ばすかと、使いに子細しさいを話させる。以前、幽州牧朱浮しゅふは気高い行いを尊重し、これを以て人心をおさめようと欲し、名士・賢者を招き、その妻子に、備蓄しているこくを分け与えよと十郡に命じ、薊城の蔵も開けたが、漁陽郡太守彭寵は、今は戦時、天下治まらず、兵がおこれば、管属かんぞくを置き備蓄した蔵を開けるべからず、と朱浮の命を拒み、反逆のきざしとなった。朱浮の守る薊城、幽州では最も堅固、正面から挑んで落すのは難しい。しかし、彭寵に攻められて一年を過ぎれば、しくも、彭寵の言うように、兵糧の備えが必要となり、蔵を開いた薊城はそれをおこたるに似たことになった。遂に人が人を相食あいはむ事態におちいったのである。上谷じょうこく郡太守耿況こうきょう突騎とっきを遣って救い、朱浮は城をのがれることが出来た。南のかた涿たく郡の良郷りょうごう県に到って、朱浮の兵長がそむいてこれをさえぎる。朱浮は逃れざることを恐れて、馬より降りて己の妻を刺殺し、身一つでまぬがれる。その間に薊城は落ちた。

 洛陽の皇帝劉秀、ぐっと歯を食いしばる。ここで後先考えず彭寵を撃ちに出れば、南陽、梁があやうい。まず南陽の鄧奉、梁の劉永を討って後顧こうこうれいを絶った上で、彭寵を討つべし。皇帝劉秀、鄧奉を討たんと自ら南陽に親征しんせいする。

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