第2話 探偵はもう、要らない:井筒憂月

「犯人はあなただ!!」

ある人物に指を指しながら高らかに僕は言った。

「…犯人犯人って、もういい加減にしなさいよ!今大事なのは真貴子が意識を取り戻すかでしょ?!」

「え、でも…」

「話なんていくらでも真貴子に聞けばいいし、今はなんだっていいじゃない!」

真貴子というのはこの事件の被害者、そして、半狂乱になりながら叫ぶ女性は真貴子さんの親友の友梨香さん。そして、僕が犯人と断定したのも友梨香さんだ。

事件は朝起きたらしい。被害者の真貴子さんは佐原財閥の一人娘でご令嬢。真貴子さんの親友の友梨香さんは幼稚園以来の大親友、らしい。裏付けは取れていないが、多分そうなんだろう。

事の発端はこうだ。

朝、真貴子さんと出かける予定のあった友梨香さんは何度メッセージを送っても電話をかけても出ない真貴子さんのことが心配になり家にやってきたらしい。そして、友梨香さんは執事の夏彦さんに頼み、家に入り真貴子さんの部屋に入った。そこで発見したのは血を流し倒れた友梨香さんだった、ということらしい。現場である真貴子さんの部屋は鍵がかかっており、夏彦さんが合鍵の管理をしていたため友梨香さんはまた頼み込んで借り、開けたらしい。だが、夏彦さんはその時仕事で手が離せず第一発見者は友梨香さん一人だったらしい。

一人、この事件のことについて考えていたら、篠原警部が口を開いた。警察は夏彦さんが呼んでいた。

「そうは言ってもですねぇ、友梨香さん。これは立派な傷害事件です。やはり、犯人にはしっかりと罰を受けてもらわないと、それがこの世界を生きていく中で重要な要素の一つなんですよ。」

「うるっさいわねぇ!!私は今真貴子が襲われたとこで混乱してるの!わからない?!」

「まぁまぁ…。」

篠原警部は宥めるような呆れたような声を出した。

「警部…もうこれは取調室で話を聞いた方がよろしいのでは?」

小声で篠原警部に声をかける。篠原警部は悩むように腕を組み、唸っていた。

「んーむ、困った。…いや、取調というのもきっと彼女をさらに錯乱させてしまうだろうな…。」

「そうですね。一体どうすれば…。」

2人して頭を悩ませていると、1人の鑑識さんが篠原警部に近づいてきた。

「篠原警部、ルミノール反応がでた場所周辺の指紋の照合が終わりました。」

「おお、でかした。で、誰の指紋がでたんだ?」

「ええっと……」

鑑識さんはリストをペラペラとめくりながら人物を挙げていった。

「執事の夏彦さん、召使いの藍子さん、そして、シェフの桑木さん……そして、被害者の真貴子さんですね。」

「ほぉ、だがなぜシェフの指紋が?」

「分かりません、ですが、今桑木さんに事情聴取をしております。」

「わかった。また報告してくれ。」

「はい、失礼します。」

そう言って鑑識さんはおずおずと篠原警部から離れていった。


しばらく沈黙が続いた。我々のいる部屋には、僕、友梨香さん、篠原警部、執事の夏彦さん、そして召使いの藍子さんがいるのにも関わらず、誰一人として口を開くことはなかった。重たい空気が部屋を包む。少し場を明るくしようと一言なにか言おうかと思ったら、ドアがノックされた。

「失礼します、シェフの桑木さんをお連れしました。」

「こんにちは…。」

桑木さんと見られる女性とさっきとは違う鑑識さんが部屋に入ってきた。

桑木さんはこの家の専属シェフでフランスで5年間の修行を積んだプロらしい。料理は食べたことは無いがきっと美味しいのだろう。

「貴方が桑木真凜さんですね。こんにちは、篠原佐武郎と申します。」

「はい、お話はそこでお聞きしました。私の指紋が出たんですよね。」

「そうです、話していただいても?」

「はい、私は真貴子お嬢様の専属シェフとしてここにいますが、真貴子お嬢様に大変良くしていただいて、よく部屋にお招きして頂いていたんです。」

「ほう…。」

「なので、お部屋に何度も入っているので指紋は付いていても何も不自然なことはないと思うのですが……?」

「確かにそうですね。ご協力ありがとうございました。」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!警部!そんな簡単な理由で…」

「では、誰が真貴子さんを襲ったんだ?」

「……聞いてくださいよ…。」

篠原警部は僕の話なんて聞かず、犯人探しを継続していた。


捜査は思った以上に難航し、僕の推理は警部には伝えられないまま事件発生から5時間が経とうとしていた。

「あの、もう17時になってしまったのですが…」

おずおずと桑木さんが篠原警部に訴えかける。そして友梨香さんも拍車をかけるように上から物申す。

「そうよ!いつまで私たちを拘束するつもり?!私そろそろ帰らないと家族が心配するんだけど?」

「まぁまぁ……もう少しだけお待ちいただいて…」

「はぁ…その話を何度されたことか。いつなんですか、我々が待たなくて良くなる時は?」

篠原警部が桑木さんと友梨香を宥めていると横から執事の夏彦さんが大きな溜息をつきつつ不満を漏らした。夏彦さんがそんな態度をとるとは意外だな。

僕が感心をしていたら、鑑識の人が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。

「篠っ…篠原警部!!この家に隠し扉が!」

「なに!?案内しなさい!」

「え〜ほんとですか!?僕もいこーっと。」

部外者である僕も混ざり隠し扉の元まで行く。隠し扉は蔵書庫のなかの本棚の後ろにあるというベタなもの。

「開けるぞ、中に誰かいるかもしれん。気を緩めるんじゃないぞ。」

「はい…。」

鑑識さんは震え上がりつつ頷き、僕だけが返事をした。

扉の先には地下に続く階段があって、薄暗く階段には照明が付いていなかった。篠原警部の懐中電灯の明かりを頼りにしばらく下がるとドアがあった。

「すごい、金持ちって……。」

「開けるぞ…。」

篠原警部は緊張した面持ちでドアをゆっくりと開く。開いたドアの隙間から冷気が漏れ出てくる。

「……寒いな。」

そう言いつつ篠原警部はゆっくりとドアを開けていく。怖いからなのかと思ったが、ドアが氷かけているのかそれとも重たいのかもしれない。


篠原警部は時間をかけドアを完全に開いた。そして、手に持っていた懐中電灯で中を照らす。

「……冷えるな、中は冷凍室なのか…?」

そう言いつつ、奥に入っていく。僕もそれに続き入っていく。篠原警部はまず壁の方から明かりを当て調査を始めた。部屋にはなんだかよく分からないものがあって、不思議な部屋だった。壁までくまなく見てから床に光を当てる。

「え……?」

そこには"僕"が横たわっていた。

「優月くんっ!?」

篠原警部は慌てた様子で"僕"に駆け寄った。そして手の脈を調べた。

「死んで…る。」

「そんな……優月くん……!!」

鑑識の人たちがざわざわと騒ぎ出す。

「何言ってるんですか!?警部さんたち!僕はここに……」

ここにいる、そう思っていた。でも、鑑識のひとりに触れようと思った時、自分がすり抜ける事に気がついた。

自分が死んでいると気づいた途端、電光石火のように生前の記憶が蘇った。

僕と真貴子さんは恋仲で、友梨香さんはそれを良しとしなかった。だから、3人でここで食事会を開いた時、僕の料理にのみ毒を盛られ、死んだ。

だから、本当に犯人は友梨香さんだったんだ。

だが、警部はきっとその事実を知ることは無いだろう、証拠もなし、外傷もないため凍死と判断され不慮の事故として片付けられるだろう。


そして、真貴子さんは意識を取り戻し、事件の真相が明るみになった。事件の真相は真貴子さんが自分で起こした事故らしい。友梨香さんを殺す完全犯罪を果たすトリックを作り、1度動作を確認するため試してみると巻き込まれてしまったらしい。

そして、友梨香さんは逮捕された。僕を殺したという罪が真貴子さんによって明るみになったからだ。

だから、探偵ぼくはもう、要らない。

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