いつか世界は、

あみねここ

世界は別々にある

第1話 泥棒:八木光希

『【今宵、お宝を頂きに参る。】そう声明を発表したのは昨今話題沸騰中の大怪盗、ノーブルフェイスです。狙われたのは…』

朝の支度をしつつ、耳でニュースを聞く。

ノーブルフェイスは去年の10月に突如現れた世紀の大怪盗、らしい。

ノーブルフェイスは高貴な顔という意味、それでも彼は顔を見せない。だから、ノーブルフェイスは塩顔イケメン、ワイルド系イケメン、有名俳優やらアイドルやらの顔と似てるとか実しやかに囁かれている。それとこれも名前だけではない、声がイケボなのだ。ある人によれば耳が孕むほどイケボだと言う。私はそうは思わないが。

彼の手口はこうだ。まず、テレビに声明を出し、その次に予告した時刻前になると動画配信サイトで生放送を始める。その次に雑談を交わしたあと、予告した時刻になると、カウントダウンを始める。

「3《スリー》、2《ツー》、1《ワン》」という具合に。そして、1といい終わったあとに指を鳴らす。そしたらお宝がノーブルフェイスの手元に現れるという手法だ。

正直そんな魔法みたいなことができる人がいるとは思えない。だから、私はずっとあれは妖の類なのではないかと考えている。そして、窃盗をしながら声がいいという理由だけであんなに人気が爆発しているのは妖怪、それも心を奪う新手の妖怪だと思っている。


「はぁー、ノーブルフェイス様沼ー!まじやばー」

学校に着いて席についていたら、友だちの真菜が大きな独り言を呟いた。

「早く光希もノーブルフェイス様の魅力に気づけばいいね。」

「余計なお世話だよ。別にあんな窃盗犯に魅力もクソもあるか。」

「なによ!ノーブルフェイス様は崇高なお方で、神様に常人よりも何倍も素晴らしい御加護を貰ったお方なの!」

「そんな崇高なお方は窃盗犯ですよ、普通加護貰ったらもっといい使い方するでしょうに。」

「正論ばっかぶつけないの!人間ってのは非効率的なのだから仕方ないでしょ?ノーブルフェイス様も人間なんだもん。」

「……呆れた。」

「呆れたってセリフはこっちのもんよ!」

いつもこうやって憎まれ口を叩きあっている。それでも、お互いずっとそうやって過ごしてきているから、真菜とはいい意味で遠慮のないお友だちだ。


学校の帰り道、途中の駅まで真菜と一緒に帰る。

「ねぇ、光希ー?今度の土日さー、前みたいって言ってた映画見に行こーよ。」

「あー、どっちも?」

「うん。どーせ暇でしょ、光希。」

「うっさいわ、まぁ行ってやってもいいよ。」

「よーし、予定ゲット!」

「てか真菜、彼氏はいいの?行けばいいのに。」

「やだやだ、男なんかと行くとロクなことないんだから。」

「男苦手なのになんで付き合ったのさ。笑」

「やっぱー、うちのこと好きって言うなら?答えてあげなきゃじゃーん。光希はそんなのないもんねぇ。」

「だーまーれっ!」

ムカついたから真菜に一発かるく小突く。

「いたぁ、もー、また手が出るー。」

「力加減はしてるけど?」

「そーいう問題じゃなくてー…」


電車の中でもいつものように憎まれ口を叩き合いながらおしゃべりする。気がつけば真菜の最寄り駅に着いていた。

「あ、もーついた。はやー、じゃーね。光希」

「はいはい、早く行かなきゃ扉閉まるって。」

「はーい。」

もたもたしてる真菜の背中を軽く叩きながら押し出す。真菜は面倒くさそうにしながら、電車を出た。

「じゃーね、真菜。またあしたー。」

「うんー。」

真菜は私の言葉を背中で聞きつつ手を上げてふらふらと振った。

「態度わりーよ!」

「へへっ!」

おもわずツッコむと真菜は上半身だけ振り向いていたずらに笑った。


オートロックの玄関をぬけて、エレベーターで12階まで上がる。12階に着いたら家の鍵を開けて、家に入る。家に人は基本いない。両親とも帰りが遅く、朝が早いからほとんど会うことは無い。でも毎朝お弁当やら朝ごはんやら準備は周到で、妙にムカついた。

「はぁーー…。」

大きな溜息をつきながらカバンを乱雑に床に放ってテレビをつける。

『現在、ノーブルフェイスが動画配信サイトで生放送をしております。そして、現在こちらでは今夜盗むと予告のしてあった、ブルーアイズという10カラットのアクアマリンの宝石が埋め込まれているティアラの展示の生中継をしております。』

立ち尽くしたまま、テレビを見つめる。

『館長である、八尾満吉さんにお話を伺いましょう。本日の予告、どう思われますか?』

『ふん、国家総動員で保護しているこのティアラは誰が盗ろうとしても盗れん。盗れるもんならとって見やがれ。逆にとっ捕まえてやる!』

「へー…。できるのかな。」

感情の籠ってない声で呟く。誰もいないからただただ広い部屋に反響する。

『皆様、ノーブルフェイスの配信と同時にこちらの生中継をご覧いただけたらと思います。』

「あ、そっか。してるんだ。」

独り言を呟きながらスマホでノーブルフェイスの配信を開く。ノーブルフェイスはいつも通り、首から下までしか映さず、暗い部屋で配信をしていた。予告した時間までコメント返信をしているようで、何かに返答していた。

【今回は無理なんじゃねーの?】

私が見に行った時には否定するような文が送られていた。ノーブルフェイスはそれに気づいて、肘を机に立てて手の甲に顎を乗せた。

『へぇー、君は俺ができないと思ってるの?舐められたもんだね。今夜、俺が不可能は無いと証明してあげるよ。待っててね。』

甘い声で返答する。その瞬間コメント欄が湧いた。【きゃああああ!!♡♡♡】

【声がよすぎる泣】

【ノーブルフェイス様ぁぁぁ!!♡♡♡♡】

急速に上に流れていくコメントにノーブルフェイスは動じることなく、平然としていた。そして、予告の時間になると、人差し指を立て体の前にやった。

『来たよ、みんな。いくよ。』

甘い声で誘うように言って、三本指を立てて数を数え始める。

『3《スリー》、2《ツー》、1《ワン》…』

『パチンッ』

ノーブルフェイスが指を鳴らした瞬間、生中継の先もノーブルフェイスの配信画面も真っ暗になり、

『きゃあああ!?』

アナウンサーの悲鳴がテレビに流れた。

そして、一瞬のうちに電気が復旧したようで中継先は明るくなり、ノーブルフェイスの配信画面も元通りになった。だが、完全に元通りではなく、中継先のショーケースの中にティアラがなく、ノーブルフェイスの指にティアラがかかっていた。

「っ!!」

『ほらね、これで不可能はないんだと証明できたでしょ?』

【ノーブルフェイス様さすが!!♡】

【今夜も素晴らしいショーをありがとうございました。】

『それじゃあ、今夜はこれまで。それじゃ……』

締めくくろうとした時、ノーブルフェイスの手が止まった。あるコメントに目が止まったらしい。

『【いつも盗ってんのさ、国が管理してる美術館からじゃん、国と連携してなんかしてんじゃねーノ?1回一般人からも盗ってみろや。】ね…』

「大胆なことする人もいるんだ…。」

ノーブルフェイスはどう出る……?

『いいよ、民間人に手を出すのは少し気がかりだけど、君に教えてあげないといけないから、やってあげようか。』

【きゃー!!特別授業だー!♡♡】

【私をどうか盗みに来て♡♡♡♡】

【お待ちしてます!!♡♡♡】

『では、明日の7時にて、どこかの何かを頂きに参上する。』

『それでは、また、素敵な夜にお会いしましょう。』

そう言ってノーブルフェイスは配信を閉じた。

「はー、くだらな……。」


次の日、乗り換えで電車を待っていたら、

「光希ー!!!」

テンション高めの真菜がやってきた。

「ねぇねぇ!昨日の配信見た!?民間人のとこに来るんだって!!やばくない!?来てほしー!!」

「来るっていうか…まぁ、ソウダネ。」

「ノリ悪ーい!はー、お宝見えやすいとこに飾っとこー。ノーブルフェイス様が迷わないようにっ。」

「そんなことにしたら親に怒られるよ?」

「いーのっ、ノーブルフェイス様は特別なのー。」

真菜のゴリ押し理論についていけなくなって私は呆れ、何も言い返さなかった。


帰り道もまた、真菜はノーブルフェイスのことで頭がいっぱいだった。

「はー、こんな高頻度でノーブルフェイス様といられるなんて神、仏…絶対神……!!」

ノーブルフェイスはいつも週1ぐらいのペースだから、今回は異様だったらしい。

「はいはい、そうだねそうだね。」

「なんで、光希はノーブルフェイス様の良さがわかんないのかなぁ。こんなに沼なのに。」

「一生わかんなくていいよ、私は。」

「えー。」

真菜は口を尖らせて不満気な声を漏らした。

「光希もきっとノーブルフェイス様の虜になるから!!」

そう言って真菜は最寄りの駅に降りていった。

「(盗人に本気になれると思うかぁ?フツー…。)」

心の中で悪態をつきつつ、電車に乗って家へと向かった。


家に帰って、カバンを乱雑に放り、ソファに沈み込んでスマホでノーブルフェイスの配信を開く。今は6時45分、それでも配信は始まっていて同接は10万人はいる。

『今日は何処に行くのかって?』

何人もの人が同じ質問を投げていた。その質問にノーブルフェイスは相変わらずの甘ったるい声で返す。

『んー、ひみつ♡』

「…ふっ…媚び媚びじゃん。」

甘ったるい声でまるで女性ウケを狙った返事をしてコメント欄を湧かせていた。そして、投げ銭も何人もの人がしていた。

「はーあ、ノーブルフェイスってのも、所詮は女性ウケだよね。」

独り言を繰り返しながら配信を見続け、約束の時刻の3分前となった。

『もう少しだね、みんなドキドキしてる?』

【もちろん♡♡】

【来てくださーい♡】

【心臓止めたいくらいドキドキしてる!♡♡♡】

『ふふっ、そう?楽しみにしててね』

「…こんなやつのどこがいいんだか…。」

また悪態をつきつつ、3分過ごした。

『約束の時間だよ。いくよ?みんな。』

【ドキドキ♡】

【きんちょー♡♡♡】

【わー!♡♡】

『3、2、1…』

パチンッ


「え…?」

「あんまり下向くとカメラに映っちゃうよ。」

「へ…え?」

私はさっきまで家で配信を見てたような……。

気がつけば、暗い部屋でノーブルフェイス?の膝の上に乗っていた。

「ほら、不可能なんてなかった。それでは、また、素敵な夜に会いましょう。」

コメント欄をスマホでちらっと見ると大荒れしてた。

【誰?】

【許せないんだけど?】

【ノーブルフェイス様!?】

なんで……

「だめだよ。ウラ側を見ちゃいけない。美しいところだけに目を向けて。」

配信で聞いた声が生で耳に届いている。たしかに、耳が幸せ…かな…?

「ってかなんで私ここにいるんですか!?というかあなた誰?!ノーブルフェイス!?」

見上げるとノーブルフェイスは仮面を被っていて素顔を見ることは出来なかった。でも隙間から除く素肌は多分毛穴ひとつない。

「落ち着いて、1度休息を取った方がいいかもね。」

そう言うと、私の目元に手をやり、目を覆うように手を置いた。がっしりした男の人の手、でもどこか安心感があって、眠たくなってくる。

「君の予想通り、僕はノーブルフェイスだよ。」

薄れていく意識の中で甘い声が頭に響いた。

「おやすみ、僕のプリンセス。」

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