もう逃げない
干田芋
第1章
8月初旬。小学校最後の夏休みも半ばに差し掛かり皆が最後の思い出造りに勤しむ中、裕貴はそんなものとは無縁な夏を過ごしていた。「いいかー、受験は夏が勝負だぞ。くれぐれもお盆だからって遊びすぎないようになー」お盆の宿題範囲プリントを配りながら講師の先生は言った。回ってきたプリントを見て裕貴は落胆した。(遊ぶなっていったってこの量じゃ遊べるわけないよな)と心の中で毒づいた。もちろん裕貴だって目指した学校に行きたいとは思っていた。なにせ保育園の頃から続けていたサッカーの強豪校に通うために地元の学校ではなく受験したいと言ったのは裕貴自身なのだから。
―でも、とはいえこれはないよなーとも思う。去年はどうだっただろうか。まだ塾に入りたてで慣れるのに大変だったはずだがそれでもお盆休みは遊んで過ごした記憶がある。先生が長々と1日の過ごし方を話しているのを聞き流しながら宿題プリントを見返した。タイトルを囲む裕貴達には縁がないはずのスイカ割りや花火のイラストが少しだけ裕貴の癇に障った。
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塾が終わり外に出ると空はまだ明るかった。普段は明るい内に授業が終わることはまずなかったのでせっかくだから遠回りしておおぞら公園に行こうかと思った。おおぞら公園は裕貴の家や小学校がある低地部分と台地部分の間にある小さな公園で、高台にあるためそこの見晴らし台(見晴らし台といっても古いベンチが一脚あるだけだが)から見える景色は家や団地や公園が調和しながら広がっていて、普段芸術などに興味ない裕貴でも素直にきれいだなと思えた。それに今から行けばちょうど夕焼けに染まる街が見えるかもしれない。裕貴は夕焼けに染まる街が一番好きだった。
二十分程自転車を漕ぎ続けた後、公園へ繋がる長い階段を登りきるとやっとおおぞら公園に到着した。夕方とはいえ八月の暑さに疲弊しながらも、それじゃあ見晴らし台に行こうと進んでいくとはおやと思って足を止めた。ベンチに1人、男の子が座っていたからだ。後ろ姿からして年齢は裕貴と同じくらいだろう。誰だろうと思った。裕貴の学校の近くには大きな児童公園があってこのあたりの子供は外で遊ぶと言ったらまずそこで遊んでいた。だからこんな遊具もほとんど無い小さな公園にわざわざ来るような人が珍しくて興味を持ったのだ。目の前を通る時ちらっと顔を見た。「あっ」思わず声が漏れた。その声で相手も気づいたのだろう。後ろを振り向くと驚いたような顔をして固まっていた。
「あれ裕貴君?」懐かし声だった「陽向、、久し、、ぶり」
その時、裕貴は頭の奥に押し込んでいた苦い記憶が広がっていくのを感じた。
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