忘れ物
@alfi4936
忘れ物
妻が死んだ
車に轢かれたらしい
それを聞いた時目の前が真っ暗になった
妻の死体をこの目で見てもまだ現実を受け入れられなかった
妻の葬式が終わった
これまで2人で住んでいた家には俺一人で
2人で狭いねぇなんていって笑い合っていた家が嫌に広く感じた
これまで妻が温かくお帰りなさいって迎えてくれた玄関には誰も居なくて
心にぽっかりと大きな穴が空いた気がした
朝は珈琲一杯
昼はコンビニ飯
夜もコンビニ飯
ご飯を作る気力はない
ただ働いて家に帰って出来合いのものを食って最低限の家事をして寝る
そこには誰かの優しさも温かさもなくてーーー
おい。最近お前痩せていってないか?奥さんが亡くなったのは辛いだろうけど、それじゃあ奥さんを天の上でも心配させてしまうぞ
友人の言葉でぼんやりと思い出す
俺は本当は昔から何を食べても太らないんだ。昔に戻っただけだから大丈夫だ
そうだった。俺は何故か何を食べても太らなくて、木の棒だなんて揶揄われたりして、でもそんな俺が標準体型になれたのは
妻の顔が脳裏に浮かんで離れない
ある日仕事でやらかした
大きなミスだ
上司に責められ怒鳴られ後悔に苛まれ心がボロボロになって
寒い冬に身体も心も冷え切った
誰の声もしない家の中の静寂が冷たく身に沁みた
いい大人なのに酷く泣きたくなった
冷蔵庫を開けて無意識に牛乳を取り出していた
そうだった
何故か俺が落ち込んでいるのが分かるらしい妻はホットミルクを作ってそっと出してくれた
火にかけてカップに移して
カップから伝わる熱すぎるほどの熱が何故か今日はちょうど良かった
一口飲んで気づく
甘さが足りない
そうだった
妻はいつも蜂蜜を入れてくれていた
妻の小さな心遣いを思い出して心がぽわっと温まった
おじゃましまーすって、家汚いよ!前はすごい綺麗だったのに!!
え?、あぁ、そうか?
妹に言われるまで気づかなかった
生活できていたから気にもしていなかった
家の中を見渡す
本当だ
部屋の隅に埃が溜まり
洗濯物は取り込んだまま畳まれもせず放置されており、
物は片付けられておらずあちらこちらに散らかっている
ゴミ出しごとにゴミは出しているものの
一昨日と昨日のカップラーメンのゴミや買ってきた弁当のゴミは食べたまま放置
もーっ!ちょくちょく来れないんだし自分で出来るようになりなよー!
なんていいながらも家を綺麗にしてくれる妹に妻の姿が重なった
ーー、
ん?なんか言った?というかぼーっと見てないで手伝ってよ!お兄ちゃんの家でしょ!
妹に怒られながら黙々と手を動かす
……あれ?心臓がドクンと嫌な音を立てる
俺、これまで手伝ってたっけ
仕事が休みの日は遅く起きて、妻が作ってくれたご飯を食べてただソファーでゴロゴロしてテレビを見て笑って妻のご飯を食べて携帯でゲームをして偶に散歩に行ってーー
その間妻は何をしてくれていたんだっけ
朝起きてご飯を作って、洗い物をして、洗濯物を回して、洗濯物を干して、取り込んで、畳んで、俺が出しっぱなしにしたものを片付けて、ご飯を作って、洗い物をして、掃除機をかけて、買い物に行って、ご飯を作って、洗い物をして、目まぐるしく動いてる妻がようやく一息ついた時、俺は妻に何をしてあげただろうか
ドクン
あぁ。ごめんな。俺、何もしてない
お前は平日パートにも出てくれて
働いているのはお前も一緒なのに
俺は何もせず大変で多すぎる家事を押し付けた
その日から少し、家の中の綺麗さに気をつけるようになった
ゴホッゴホッ
久しぶりに熱を出した
熱に浮かされ纏まらない頭で体温計を探す
体温計が置いてある場所なんて心当たりが全くないがしんどい体を動かして取り合えす探し始めたらすぐに見つかった
ーー妻の手書きのメモとともに
そこには俺が熱を出した時にいつも作ってくれた卵雑炊のレシピが乗っていた
水の量はこのくらいのほうが食べやすい
何分煮込むと食べやすい
だしはこれとこれを合わせたのが一番好みらしい
妻らしい優しい丸っこい字でそうかかれていた
久しぶりの高熱がしんどすぎてベットに倒れ込んで寝ていたが空腹で目が覚めた。ああ怠い。何もしたくない。でもお腹すいた。買いに行くか?面倒くさい。怠い。お腹すいた。怠い。怠い。とりあえず電気をつけようと近くの棚においてあるリモコンに手を伸ばす。と、何かが手に当たった。
妻の卵雑炊メモだった。………作ってみるか。何もしたくないけど、料理もほとんどできない俺だけど、熱も出してるくせに、何故か作ってみようと思った。
妻のメモにしたがってつくったら、意外と卵雑炊は簡単に作れた。なのに俺は……、
熱を出してご飯が作れなくて、家の事もできなくてごめんね、と謝る妻に、俺はなんて返しただろうか。大丈夫。なにか買ってくるし。お前は何かいる?そう聞いた時の妻がちょっぴり寂しそうな顔をしていた
その時は何故か分からなかったが今なら分かる。作って欲しかったんだ俺に。何か。
作ってみようと思ったら、俺でも卵雑炊は作れたのに。俺はお前に作ろうともしなかった。いつも作ってくれているのに、作るという選択肢すら思い浮かばなかった。
熱はすごく身体が辛くて、それでも俺のこと、家の事を心配してくれたのに、俺は何か家事をしただろうか。最低限はやった。でもそれだけ。俺がまた妻が元気になったらやってくれるだろうとそれ以上のことはしなかった。熱から回復し、家の中をみた妻はどんな顔をしていたっけ
次から次に後悔が溢れてくる
高熱のせいか感情の制御も上手くできず
一人家の中で号泣した。
大人気なく感情のままに声を上げて泣いた。
ああ。俺はどれだけお前に助けられてきたんだろうか。俺はなにかお前にしてあげられただろうか。いや何も俺はしていなかった。
ーちょっとお兄ちゃん!家の片付けを手伝った私に"ありがとう"は!?
俺はいつの間にかありがとうすら忘れていた
最初は感謝していた。だがいつの間にかお前
がしてくれることが、していることが、当たり前となっていた。
俺達のたくさんあった大切な思い出だったはずの記念日すら忘れていて、いや、
忘れていても妻をしっかり見ていたら思い出した筈なのに
自分のことしか頭に無くて
ああ。俺はどんなに愚かなんだろう。
失ってから、亡くなってから、気づくなんて
もっと早く気づけばよかった
もっと早く気づきたかった
ごめんな。ごめんな。
朝早い俺の仕事に合わせて、俺よりも早く起きて、ほかほかの白米、優しい味の卵焼き、湯気の立っている味噌汁をいつも間に合わせてありがとう。
いってらっしゃい。俺が仕事に行く時は必ず優しい笑顔で見送ってくれてありがとう。
俺はいっぱいいっぱい忘れてしまっていた。お前への感謝の言葉から何やら。
後悔のままに感情のままに感謝のままに手紙を書いた。妻への手紙。
俺の涙で少し湿ってしまった俺の忘れ物が詰められた妻の忘れ物。
なあ。なんで死んじまったんだよ。
お前は沢山の忘れ物をしてるぞ
俺からの後悔の言葉と感謝の言葉と。
だからさ。忘れ物を取りに戻ってこいよ。
忘れ物が分かりやすいように手紙にいっぱい込めたからさぁ
忘れ物を取りに戻ってきて
俺の隣でもう一度笑ってくれよ。
俺の名前を呼んでくれよ。
なぁーーー
愛してるっていうことを忘れていた愚かな男を忘れていくなよーーー
ねーねー。おじいちゃん。このお手紙なに?これかい?これはね
ーーーおばあちゃんの忘れ物さ
しわくちゃの顔で彼は優しく笑った
忘れ物 @alfi4936
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