第12話 「暴かれる嘘と最後の願い」

 その夜。

 美咲の部屋は、テーブルの上に並んだデリのパックや、コンビニのお惣菜の空き袋で散らかっていた。

 健司はソファに寝転がり、ビール片手にスマホをいじっている。


「なぁ、美咲〜。明日さ、パチンコ行くから一万貸して?」


「え?……もう、この前渡したばかりじゃない」


「いいじゃん!お前のために勝ってくるんだから!」


 美咲は心の奥がチクリと痛んだ。

 けれど、笑顔でごまかす――そう、まだ「必要とされている」気がして。


 その時だった。


 ――ドン!ドン!

 玄関のドアが乱暴に叩かれた。


「健司! ここにいるんでしょ! 開けなさいよ!!」


 女の怒鳴り声が響き渡る。

 美咲は心臓が止まりそうになり、健司は青ざめた顔で立ち上がった。


「ちょ、ちょっと……誰よ?」


「……っ、し、知らねぇ……!」


 ドアが開け放たれると、派手な化粧にミニスカート姿の若い女が雪崩れ込んできた。

 その目はギラギラと怒りに燃えている。


「アンタさ!この間まで“好きだ”って言ってたのに、何でここにいるの!?

 金まで借りといて、人のことバカにしてんの!?」


 女の罵声が、美咲の部屋を切り裂いた。

 美咲の頭は真っ白になり、全身が震える。


「健司……これって、どういうこと……?」


「ち、違うんだ美咲! そいつは遊びで、本気はお前だから!」


「ふざけんじゃないわよ!!」


 女が健司にバッグを投げつけた。

 部屋の中で物が散乱し、美咲は思わず耳を塞ぐ。


(……いやだ……もう耐えられない……!)


 涙でにじむ視界の中、美咲の手は無意識に“あのノート”を掴んでいた。

 ページを開き、震える手でペンを走らせる。涙でインクが滲み、文字がかすれる。


「……“健司は、この女にのしをつけて返します! もう私の人生から出て行ってください! 次は……次こそは、いい男に出会わせてください!”」


 殴り書きした瞬間、ノートがわずかに淡く光った。

 その光は一瞬で消えたが――次の瞬間、健司のスマホが鳴った。


「おい、なに……!? え? ……今から!? ちょっ、マジかよ!」


 慌てふためいた健司は、バッグを掴み、若い女と揉めながら部屋を飛び出していった。

 怒声も、ドアの閉まる音も、やがて遠ざかる。


 残されたのは、美咲とノートだけ。

 散乱した部屋に、静寂が戻っていた。


 美咲はしばらく動けなかった。

 胸に広がるのは、安堵と虚脱、そしてほんの少しの――期待。


(……次こそは、幸せになれるよね?)


 ノートの表紙が月明かりを受けて、かすかに鈍く光った。

 それが希望の光か、それとも――まだ誰にもわからなかった。




 

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