第15話 パフェが与えてくれた勇気

 レミーのもどかしい気持ちは何となくわかる。

 前世で上京したてのとき、同じような気持ちに何度もなったからだ。

 自分の能力に見合わない大きな仕事をたくさん抱えた。

 誰にも相談できず、怒られながらどうにか仕事をこなして。家に帰って一人で枕を濡らしたこともある。

 騎士という仕事は、アリサの前世で抱えていた仕事よりも大変だろう。

 彼の腕にはしっかりと筋肉がついているのが見える。

 たしかにエルンストに比べたら背も低いし線も細い。しかし、手にできた剣ダコからも彼努力は伺える。

 アリサにできることは何もないのだろう。


「そんなときこそ、パフェで元気を出しましょう!」

「パフェで?」

「はい。パフェを見ると笑顔になるでしょう?」


 週末が来るたびにカフェに行き、パフェを食べた。

 趣向を凝らしたパフェを見るたびに、アリサは幸せを貰っていたと思う。


「私も昔、仕事が大変だったことがあるんですけど、パフェを食べると、『ああ! 明日も頑張ろう!』って気持ちになるんです。またパフェを食べるために働こうって」


 頑張れば、パフェが待っている。

 いつしかパフェはアリサの心の支えになっていた。


「才能なんてなくても、レミーさんならきっと大丈夫です。ほら、アイスが溶けちゃう!」


 アリサに言われ、レミーは慌ててワイングラスにスプーンを入れる。


「うまいなぁ。こんなにうまいスイーツは初めて食べた」

「そうでしょうそうでしょう」

「それに、アリサのおかげで少し元気が出たよ。明日からまた頑張るわ。ありがとう」


 レミーはアリサの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。完全に子ども扱いだ。

 アリサはぐしゃぐしゃになった頭を押さえる。

 彼はパフェを綺麗に食べきると、スプーンを置いた。


「おいしかった」

「よかったです。お酒を使ったパフェは初めてだったので、感想が貰えて私も嬉しいです」

「いくら?」

「お店ではないので、お代は結構です」

「そんな。こんなに話も聞いてもらったのに?」

「貰うわけにはいきませんから」


 レミーは不服そうに眉根を寄せた。

 しかし、役所に届け出ができていない以上、勝手に代金を貰えば違法になってしまう。


「じゃあ、店ができたらまた来てもいいか?」


 レミーの問いにアリサは眉尻を下げる。


「お店は……たぶん作らないと思います」

「なんで? アリサのパフェ、すごいおいしいのに? 絶対流行るって」

「実は出店するには、ミエルガルドに十年以上暮らしている身元保証人が二人も必要なんです」

「あー……。ここはそういうところ厳しいから」


 レミーが残念そうに言った。


「俺が保証してあげればいいんだけど、まだ俺もここに来て三年なんだ」

「お気持ちだけ。お願いできるような人がいないので、ここでのんびりパフェを作って楽しもうと思っています。なので、友達としてぜひ試食に来てください」

「なんだか申し訳ないな……」

「私ひとりじゃつまらないので! ぜひ」

「じゃあ、また遊びに来るよ。次はもう少し早い時間に」

「そうしてください」


 もう夜半を過ぎていた。

 いつもなら眠っている時間だ。アリサはふわりと欠伸をする。


「じゃあ、元気と幸せをありがとう。俺はときどきカルモ通りを歩いているから、見かけたら声かけてよ」


 レミーは上機嫌に去って行った。

 アリサは扉に鍵をかけながら、ホッと息を吐く。


(楽しかったなぁ……)


 パフェを食べているときの彼のコロコロ変わる表情。

 一口食べるたびに目を細めたり、逆に目を見開いたり。


(私のパフェでも元気ってあげられるんだ)


 そう思うと勇気が湧いてきた。

 前世ではいつも元気を貰う側だった。次は元気をあげられる立場にいるのだろうか。

 アリサに問題は解決できない。けれど、ここでおいしいパフェを食べて、少しだけでも明日のパワーになったら。

 ちょっと傷ついた心を癒やせたら。

 そう思うのだ。


「やっぱり、お店。やってみたいな……」


 アリサはぽつりと呟いた。

 どんどん欲が大きくなる。

 ただパフェを作れればいいと思っていたのに。

 すると、羽音が部屋に響いた。


「キュイ~?」

「あれ? シロ起きたの?」


 シロは部屋をぐるりと回ると、アリサの腕の中に着地した。


「キュッ!」

「もしかして、会話が聞こえちゃったかな?」

「キュ~」

「起こしてごめんね」

「キュ」


 シロは頭をアリサの頬に擦りつける。


「くすぐったいな。もしかして、応援してくれてるの?」

「キュ~」

「ありがとう。私、ちょっとだけ頑張ってみようかな」

「キュッキュッ!」

「あはは! そうだよね。やってみないとわからないよね!」


 シロがアリサの胸の中で羽根を羽ばたかせる。激励のつもりだろう。

 アリサにとって、シロはパフェよりも勇気をくれる大きな存在だった。


 ***


 アリサはぐるぐるとベルメリアの前を右往左往した。


(やるって決めたけど……)


 ベルメリアの扉に手をかけては離す。

 この一歩が難しい。

 まだローザリアと顔を合わせてもいないのに、心臓は早歩きになっていた。


(緊張する。「パフェのお店をやりたいので、身元保証人になっていただけませんか?」だよね)


 朝からこの呪文を何十回と唱えている。

 アリサはもう一度扉に手をかけた。


(やっぱり明日……にしようかな……)


 扉から手を離した瞬間、肩を叩かれる。

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