第5話 ギフト

 アリサの能力を使えば、濃厚でおいしい牛乳を見分けることもできる。

 アリサは買った物をカウンターの上に並べた。

 一階は店舗の仕様だ。もとは飲み屋だったのだろう。

 カウンターの奥には簡単な料理ができるようなキッチンが置かれている。


「さあ、シロの出番だよっ!」

「キュッ!」


 シロは訳も分からず、羽根を広げる。

 アリサはシロを抱いて、地下へと向かった。

 掃除をしていて見つけたのだが、地下室もあったのだ。もとは酒を保管していたのだろう。

 四畳半くらいの狭い部屋だが、アリサにはちょうどよかった。


「よーし、シロ! やっちゃってくださいな!」

「キュッ?」

「いつものあれ、やってもいいよ」


 シロは目を輝かせた。

 村を出てひと月以上、シロには窮屈な思いをさせてきている。

 ちょうどシロが思う存分力を発揮できるところを探していたのだ。


「キュ~」


 シロは嬉しそうにくるりと一回転すると、アリサの頭に乗る。そして、口から思いっきり雪を吐き出した。

 一瞬にして部屋が凍りつく。

 氷が煉瓦を覆った。

 ほんのり汗ばむくらいの室温が、一気に氷点下まで下がった。


「キュキュキュキュキュッ」


 シロは嬉しそうに飛び立つと、氷の張った床に滑り込む。

 スノウリィドラゴンは雪を産む。

 吐く息が白い。


「ありがとう、シロ! これで冷凍庫は完成!」

「キュ~?」

「ここでなら、毎日雪を降らせてもいいよ」

「キュ~ッ!」


 シロは嬉しそうに跳ねると、四畳半の中をぐるぐると回る。冷たい風が渦巻いて、アリサは身震いした。


「さむ~い。でも、これでアイスが作り放題だね」

「キュッ!」


 シロはアリサの足元に駆け寄ると、頬ずりした。

 愛らしさにアリサは目を細める。


「ここなら、食材も保管しておけるし。シロが一緒に来てくれてよかった」


 アリサはシロの頭を撫でると、鼻歌を歌いながら地上に上がった。


(まずはアイス作りから!)


 やはり、パフェにはアイスが欠かせないと思う。口の中に入れたときのひんやりとした主張。そして、溶けていくときにじわりと口の中に広がる甘さが格別だ。

 アリサは牛乳を睨みつける。


「さて、生クリームは手に入らなかったから……」


 市場を探したけれど、生クリームは売っていなかった。聞き込みによれば、生クリームは牛乳の上澄みから取れるもので、高貴な人しか食べられない特別なものなのだとか。


(遠心分離器なんてないもんね)


「牛乳で作ろう!」


 生クリームを使わないアイスクリームは、前世で作った記憶があった。

 まだ子どものころのことだ。

「アイスが食べたい!」と言ったら、祖母が「一緒に作ろう」と言ってくれた。

 アリサはそれを思い出しながら、卵白に砂糖を入れて混ぜる。


「電動ミキサーが欲しい……!」


 もちろん、そんなものはない。

 この家の棚の中置かれていた古い泡立て機で力いっぱい混ぜる。

 角が立つまで。よくレシピの本に書かれている文句だ。前世、電動ミキサーを使っていたころは何気なく読んでいた文言だったが、

 腕が熱を持った。


「キュ、キュ〜!」


 隣でシロが応援を始める。

 アリサは腕がパンパンになるまで卵白を混ぜ、メレンゲを作った。


「メレンゲができればあとは簡単〜」


 牛乳と卵黄を混ぜ合わせ、アリサは地下の冷凍室に入れた。

 シロが嬉しそうに雪を吹き出す。

 やはり、好きなだけ力を使える場所は大切だ。


「おいしいアイスクリームなるといいなぁ〜」

「キュ〜」

「さて、次は……」


 アリサは一階に戻ると、棚に並ぶグラスを吟味する。

 もとは飲み屋だったのだろう。

 酒を飲むためのグラスが残っている。


「やっぱり、おしゃれなパフェはこれだよねぇ」

「キュ〜?」


 シロが不思議そうに首を傾げた。

 東京に出て、初めて入ったカフェでのメニューに描かれていたパフェのイラストは、今でも忘れることはない。

 上品なワイングラスから見える美しい層。

 アリサは一番大きなワイングラスを取り出した。


(うんうん、これこれ)


 たっぷり入って使いやすそうだ。

 ベルメリ通りで見つけた美味しそうなゼリーを砕いて敷き詰める。

 薄桃色をしたゼリーだ。店員からイチゴ味だと聞いて、すぐに購入した。

 その上にはカリカリに焼かれたクッキーを細かく砕いて入れる。

 アリサはこのパフェの中に入っているカリカリとした食感が好きだ。

 このクッキーもベルメリ通りで売っていたもの。

 本当は自分で作りたかったけれど、この家にはクッキーを焼くためのオーブンがない。

 アリサは余ったクッキーを齧った。

 カリッと小気味音をたてて半分に割れる。鼻に抜けるバターの香り。


「おいしい〜」

「キュ〜」

「シロも食べる? あ、シロは食べてもいいのかな?」


 アリサはクッキーのステータスプレートを開く。

 材料名や調理方法まで書かれていた。


(これって、自分でも再現可能なんだ。便利)


 そして、最後に「スノウリィドラゴン:少量なら可」と書かれている。

 どういうわけか、このステータスプレートにはアリサに関わる人が、食べられるかどうかまで記載される時がある。

 犬や猫ならまだしも、ドラゴンが何がだめで何が食べられるのかまではわからないから、とても重宝していた。


「シロ、少しなら食べていいって」

「キュッ!」


 シロは嬉しそうに鳴いた。

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