9 ダン中、爆誕

 えらいことになってしまった。

 清臣さんの家で解散して、恐る恐る家に帰る。


 叱られるな。

 そりゃもうめちゃめちゃに叱られるな。


「ただいま……」


「おかえり。ちょっとこっち来なさい」


 ああ、叱られるな。

 ああ、そりゃもうギッタンギッタンに叱られるな。


「あんた、お友達とダンジョンにいたんだって?」


「……うん」


「その様子を、なんたらズ配信アプリで配信して、収益と投げ銭もらってあったんだって?」


 この母さんのセリフを共通語に翻訳すると「その様子を、なんとかいう配信アプリで配信して、収益と投げ銭もらってたんだって?」となる。


「うん……もうしないから。やめるから。ごめんなさい」


「なんでやめるのよ。あんた、すごいじゃない。それでダンジョン科のある高校がどうとか言ってたのね」


「……?」


「あんたは勇気があるのね。素晴らしいじゃない。しかもその若さで投げ銭を大量に稼ぐなんて」


 なんだか雲行きがいいほうに怪しい。


「じゃんじゃかやりなさい、ダンジョン配信。この辺りの高校への進学が厳しいなら東京のダンジョン科に行けばいいのよ」


 ◇◇◇◇


 どうやら豪以外の2人の親が、俺の親と同じリアクションであったらしい。

 豪はギリのところでバレなかったようだ。しかし豪の場合バレたら最後、家庭内村八分になってしまうので笑い事でない。


「医者なんかなりたくないのになあ……」


 豪が正直な思いを吐露した。


「じゃあ医者なんかならなくていいんだよ」


 まひろが真面目にそう言う。


「まひろちゃんはそう言うけどさ、僕は……」


「医者の家の跡取りだから医者になるの? そんなのおかしい。人間はなりたいものになる権利がある」


 まひろの火の玉豪速球ストレートを真正面からデッドボールした豪は、目をぱちぱちしている。


「家族に嫌われてもいいじゃない。家族は仲良くしなきゃいけないなんて幻想だよ」


 ◇◇◇◇


「配信始めるよ」


「おっす」


 きょうもダンジョン配信を始める。

 最近は休日だけでなく、平日の夕方からも配信している。

 豪の使っている配信アプリは当然ユーチューブよりは視聴者が少ないのだが、中学生でも合法的に投げ銭と配信収益がもらえる。

 視聴者が少ない(いつぞやの同接500万はアプリの視聴者のほぼ全員らしい)おかげで、警察に通報したり配信を違法だと運営に申し立てるヒトがいないのもあって、俺たちのダンジョン配信は順調であった。


「きょうはですね、このダンジョンに生えてるキノコをどうにか食べられないか、百均で買ったキャンプギアを駆使してお料理していこうと思います」


 豪がそう宣言し、百均で買ったキャンプギアを並べる。


『大丈夫かそれ』


『お腹壊すんじゃないの』


『お腹壊しで済めばいいけどもっとヤバい毒あるかもだからやめとけ』


『ヤバいことになってもダンジョンを出れば治るから……』


 というわけで百均のキャンプ用焚き火台に火をつけて、キノコをジュージューあぶる。ダンジョン飯の歩き茸みたいなキノコだ。


「なんかいい匂いしてきたよ」


「ほんとだ、焼きしいたけの香りだ……」


『焼きしいたけwww』


「ここに取り出したるは給食のキャベツのおひたしについていたちっちゃい醤油」


 大時代なセリフとともに、直言が醤油の小袋を取り出す。


『めっちゃ準備いいなこいつら』


『給食、キャベツのおひたしに醤油だったんか せめてマヨネーズにしてあげて』


 アチアチに焼けたキノコに、醤油をちょっとかけて、果物ナイフで切り分ける。紙皿に取り分けてみんなで恐る恐る食べる。


「……香りは悪くないけど、ちょっと……いやだいぶ苦いな……」


 直言が顔をしかめる。


「うん、苦いな……」


 俺もグンニャリ顔になる。


「これは苦いんじゃなくて渋いって言うんだよ。まっず!」


 豪が眉間に皺をよせた。


「食べなくて大正解」


「まひろちゃんさあ……」


 事なきを得た(いや事なんて起こっていないが)のはまひろだけであった。まひろはキノコを口に入れてすらいなかったのである。


 ざぱっ。

 奥の水源から半魚人が現れた。


「あ、半魚人さん。これ食べます? おいしいですよ」


 まひろは当たり前に半魚人にキノコを勧めた。半魚人はキノコの匂いをかいでいる。半魚人って匂いは分かるのだろうか。シャケは川の匂いを覚えていて遡上するというが、ダンジョンの半魚人にもそういう嗅覚はあるのだろうか。

 半魚人は無表情な顔のまま、キノコをうろこのついた手でつかんで口に入れて咀嚼した。小躍りしているところを見ると半魚人の口には合ったらしい。半魚人は懐から真珠のようなものをぱっと取り出して置いた。


「えっ、これいまどこから取り出したの?」


「どうぶつの森方式だ……」


「これ、わたしたちにくれるの?」


「フギョギョ」


 そう答えて半魚人はじゃぽんと水に戻った。


「なんだったんだ……」


「でもなんだかきれいな真珠だね」


「半魚人、どうぶつの森のラコスケみたいなことするんだな……」


 ラコスケはホタテであるが。チャット欄もその話題で盛り上がっていた。


「半魚人からもらった真珠、どうすんの」


 豪はまひろが真珠を手のなかで転がすのを見ながらそう言った。まひろは少し考えて、「うーん……オフハウス? セカンドストリート? それともメルカリ?」と、売却する気満々だ。


『それはあかん! それ世界中のダンジョン学者がヨダレ垂らして欲しがるやつ!』


『俺氏ダンジョン学者、めちゃめちゃ欲しいやつー!!!! 政府の公式からはぜんぜん降りてこないやつー!!!!』


 チャットをみんなで眺めて、どうするか考える。


「じゃあXでプレゼント企画でもしたら?」


「Xかあ。僕のアカウントでやるの?」


「それは豪の家族にバレかねないから、別に誰かがアカウント作ってやろう。というか俺たちの公式アカウント作ってやろうぜ」


「それは名案だね……!」


 まひろが引き受けたがっていたので、まひろが俺たち四人の公式アカウントを管理することになった。ダンジョンを出てすぐアカウントを作る。

 名付けて「ダン中公式」。俺たちはこれから「ダン中」を名乗って活動するのだ。


 もうそんなに中学生の期間は残っていないから、果たしてこの名前でいいのかわからないし、この大館の高校に行くやつと東京のダンジョン科に行くやつに別れてしまったらもう一緒に活動はできない。

 でも、青春の僅かな輝きを、名前をつけて飾るなら、「ダン中」がいちばん確かな気がした。


 政府に存在を認知されたとは知らずに、俺たちは次回やることの予定を立てていたのだった。(つづく)

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