バカ中学生ダンジョン日記

金澤流都

1 ダンジョン、潜入

 学校の裏の林にダンジョンが出来たことに、俺たち3年2組の生徒は気づいた。

 ダンジョンといえばいま東京や大阪を中心に、ぼこぼこと日本のあちこちにできている激アツスポットだ。もちろん東京や大阪のダンジョンに入っているのは自衛隊に護衛された学者や研究者で、一般人の立ち入りは禁止されている。

 ついこの間、テレビで偉い学者さんが「ダンジョンは人口の多い大都市圏に多い傾向にあります」と言っていたし、東北の大都市である仙台にできないのだから、こんなクソ田舎、秋田県大館市の中学校の裏になんかできないと世の中のみんなは思っているはずだ。

 だから忍び込むならいまだと思う。それが3年2組の結論だった。


 ちょうど受験勉強が本格化して、分厚い問題集を買わされ、問題集のどこからどこまで、と毎日たっぷり宿題が出るので、俺たちは完全に腐っていたところだった。


「ダンジョンに入ったらモテるかな」


 直言がぼーっと言う。直言はモテることばかり考えている。身だしなみに気を遣い、私服は雑誌をいろいろ読んでオシャレにしようとしているようなのだが、なんせ秋田県大館市である、しまむらとユニクロしかないので大してオシャレにならない。


「それよりもさ、僕のチャンネルでダンジョンの様子配信したらきっと投げ銭いっぱいもらえるんじゃないかな。そしたら秋田市のオーパで買い物できるよ」


 豪が明るい顔をする。豪は投げ銭のもらえる配信アプリで女装動画をUPしている。メイクのやり方とか洋服のコーディネートとか。親には内緒だそうだが、投げ銭をもらって、通販で化粧品や洋服やウィッグを買っているらしい。


「秋田市かあ……アニメイト行きたいなあ……」


 俺はそんなふうに言う。秋田市に行く手段は電車で往復4000円くらい払って行くしかないし片道2時間かかるのでそんなに気軽に行けるところではない。


「じゃあ、豪くんのチャンネルの投げ銭と収益を山分けして、みんなで秋田市で豪遊しようよ。愛助、それでよくない?」


 愛助というのは俺のことだ。そう現実的なことを提案したのはこの秋まで生徒会にいた美少女、まひろである。直言と豪には内緒だが、俺とまひろは付き合っている。


「……よし。行ってみますか、ダンジョン」


 そんな下心たっぷりの俺たちは、ダンジョンに向かった。


 ◇◇◇◇


「すげー! テレビで見たやつじゃん!」


 直言がアホのセリフを言う。


「早く入ろうよ! ワクワクしてきた!」


 豪が嬉しそうに拳を握り固める。


「まてここは慎重にいこう。どんなモンスターがいるのかわからないし」


 俺は中の様子を伺う。


「えい」


 まひろが飛び込んでいってしまった。ぜんぜん俺の話を聞いていないではないか。


「まひろちゃん! 無茶すんなって」


 直言が飛び込む。豪が飛び込む。俺も恐る恐る飛び込んでみた。


 四人してどさどさ……とどこかに落ちた。そこはどう見ても石造りのダンジョンだ。


「ダンジョン飯で履修したやつだ!」


「なにそれ」


「えっ豪、ダンジョン飯見てなかったのか!? あれは傑作だぞ!? マルシルのどっしりエルフぶりが最高にかわいい。コスプレイヤーは炎上していたが。2期はまだか」


「愛助、普通そういうマニアックなアニメって観ないヒトのほうが多いよ? どうせ配信なんでしょ? 配信使ってまでアニメ観てるのってオタクだけだよ?」


 まひろにバカにされてしまった。


「よし! ポケットワイファイ電波ある! 配信始めるね!」


 俺がバカにされたのをスルーして、豪が自撮り棒で配信を始めた。


「こんちわー。ごーちゃんねるでーす。きょうは友達と学校の裏にできたダンジョンにいまーす」


『ごーちゃん田舎住みじゃないっけ』


「住んでるところは田舎なんですけどー、たまたまできたっていうかー」


『中学生ってダンジョン入っていいの?』


『ダメじゃね?』


『自分法学者なんですけど、国がダンジョンだって認めてるダンジョンは入れる人が限られるけど、国が未発見のダンジョンは立ち入り、現状グレーゾーンなんですよね……』


『うわあヤバいじゃん』


『ごーちゃん無理しないで』


「だいじょーぶ! 僕柔道部だったからね!」


『それなら安心だ』


 安心なのかよ。


『ごーちゃんの友達ってどんな人?』


「こいつがウェーイの直言、こっちがオタクの愛助、この子が生徒会のプリンセスだったまひろちゃん」


 豪が雑に全員を紹介し、俺たちは恐る恐るダンジョンを進み始めた。


 ダンジョンの中はほのかに湿ってヒンヤリしている。

 向こうでは水の流れがあり、魚が泳いでいるのが見えるが、目を凝らすと現実世界の魚ではなさそうだ。

 やっぱりヤバいところにきてしまったのでは?


 ――顔を上げると、半魚人がぬっと立っていた。

 半魚人は半・魚人か半魚・人かでクォーターかハーフか変わると聞いたことがあるが、とにかく半魚人だ。


「愛助、あれってモンスター?」


「なんで俺に聞くの」


「オタクだから。ダンジョンとか詳しいんでしょ?」


「いやラノベやアニメや漫画のダンジョンならともかく……!?」


 ビュッ。


 半魚人は「イルカが攻めてきたぞっ」みたいな武器を構えて、水を発射した。発射された水はダンジョンの壁をうがち、見事な穴を開けた。


 これ、ヤバいのでは?


「逃げよう」


「うん、愛助が言う通り。逃げよう。直言大丈夫?」


「大丈夫。まひろちゃんは?」


「……腰が抜けた」


「ええ!?」


 まひろが腰を抜かして座り込んでいた。かついで逃げようと思ったがもう半魚人は武器を構え、引き金に指をかけている。

 危ない!


 おもわずまひろの前に飛び出す。半魚人は引き金を引き、ビュッと水が発射される。


 ああ、これは死んだわ。

 享年15歳。いや死んだ歳は数えだから16か。まひろとせめてキスまでしたかったなあ……。


 ……。


 ……。


 ……あれ?


 どこも痛くないな。顔はびしょ濡れだけど。


「……ただの水鉄砲だった」


 俺がそう呟くと、半魚人はボチャンと水に潜った。


「この壁すごく柔らかいぞ」


 直言が壁をつっつく。壁は粘土のように簡単にえぐれた。


「ホントだ……」


 まひろが立ち上がる。床には座っていた跡がついていた。


 どうやら壁や床は石ではなかったらしい。ダンジョンというのはグネグネしたある種の生き物なので、自由に形を変えられるものなのかもしれない。


「さすがに怖い思いしたわけだしそろそろ戻ろうぜ」


 俺がそう提案した。中学生の体験するスリルなどその程度で充分である。最初に入った地点に戻ってみる。


「……出口、ないよ?」


 まひろがぼそっと言った。もしかしたら大変なことになったかもしれない。(つづく)

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