第2話 トリクとの対話と初めての実験
翌朝、團保は驚きの感覚で目を覚ました。布団から起き上がると、腰の鈍痛がまるで嘘のように消えている。
(本当に……治ってる……!)
その瞬間、頭の奥に声が響いた。
『当然だ。我が権能が発動したのだからな。』
「お前か……トリク」
『そう、“トリク”だ。忘れられては困る。』
保は洗面所の鏡を見ながらため息をつく。
「つまり俺は……神の力を持ったってことか?」
『正確には、我が降臨が失敗した余波で力が宿った。中途半端な人間神だな。だがそれが面白い』
トリクの声は皮肉めいていたが、不思議と不快ではなかった。
⸻
スキルの説明
「で、この“超鑑定”と“改変”って、どこまでできるんだ?」
『見ての通りだ。対象を鑑定して、情報を書き換えれば現実が変わる。ただし、現実の辻褄が合わなくなるような改変は拒絶される』
「例えば?」
『いきなり“十億円持っている”と改変すれば、整合性エラーだ。だが財布にある一万円札を“新品の紙幣”にするとか、冷蔵庫の牛乳を“賞味期限一週間延長”にするとか、そういう範囲は可能だろう』
保は思わず息を呑む。
「……生活が一気に楽になるじゃないか」
『ふふ。だが力の使い方次第で、楽園にも地獄にもなるぞ』
⸻
初めての家電実験
その日の朝食。子供たちを送り出した後、保はふと思いついてキッチンに向かった。
視線の先にあるのは、結婚以来ずっと使っている炊飯器。外装は黄ばんでおり、釜のコーティングは剥げ、ボタンは反応が鈍い。妻が何度も「そろそろ買い替えたい」と口にしていた代物だ。
「これで試してみるか……」
炊飯器をじっと見つめると、半透明のウィンドウが浮かび上がった。
《対象:炊飯器 年式:2003年 状態:劣化/内釜コーティング剥離/保温性能低下》
保はごくりと唾を飲み込む。
(ここを……こう、だな)
意識で「状態:新品同様」に書き換える。すると――。
炊飯器の外装の黄ばみがすうっと消え、銀色の光沢を取り戻した。内釜も、まるで買ったばかりのように黒く艶を放っている。
保は慌てて手を触れた。確かに、新品そのものの質感だった。
『お見事。初の物品改変成功だな。』
「す……すげぇ……! 本当に新品になってる!」
保は思わず笑みをこぼした。妻が見たらどれだけ喜ぶだろう。だが同時に不安が胸をよぎる。
「でも、こんなの家族に見せたら不自然すぎるな……」
『そうだな。買った覚えのない新品が台所にある。疑われるのは当然だ。』
「……なら少しずつ、自然にわかるような改変から試していくべきか」
『賢明だ。人間の世界は“自然な理由付け”が必要なのだ。』
⸻
秘密の決意
保は新品のように蘇った炊飯器をタオルで拭きながら、心に決めた。
(家族には絶対に秘密にしよう……でも、せっかく得た力だ。俺は、もっと上手く使ってやる)
『いい顔になったな、團保。人間は欲望の奴隷。さあ、次は何を変える?』
トリクの声は愉快そうに響き、保は深呼吸した。
「次は……俺の体だ。少しは若返れるか、試してみたい」
彼の瞳には、父親としての責任感と、ひとりの人間としての欲望が同時に輝いていた。
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