仏柳の火影(ひかげ)


 とある日、満月に地が淡く淫らな光で照らされ、緩く心地よい優しみ溢れる風で柳がなびいて、私はその光景を見惚れてつい眺めてしまっていました。


 その柳は私が幼い頃に街の川堀に植えられていましたものでしたが、私が20になる時にはそれはもう立派で大きく成長していて、その堂々に聳え立つ姿と神聖な雰囲気を醸し出していたのか、それとも柳の影がそう見えたからかは定かではありませんがいつの間にか地元の人は【仏柳ほとけやなぎ】の愛称を名付け親しむほどで、それはもう人によっては家族同然の愛着を持ってる人もいまして、なんといいますか…この地域を力強く支えている様にも思えて、気が付けば私もいつも仏柳に手を合わせたり撫でたり話しかけたりと…いつの間にか私にも愛着が芽生えていたんです。


  ただ…他の柳より一際大きい印象が幸いした…というのも、ここ最近は他県からもこの仏柳の噂を聞いて観光に来る人が増えてきて、多少なりとも地域活性にも役に立ててくれたんですが…いつからか良からぬ噂が立てられてしまいまして、私含め地元の方々も迷惑していました…。


 その噂というのが色々とバラバラな内容で纏めるのが大変でしたが、若い方達の協力やネットの力も借り、そこで聴いたり書かれたりしていた噂を簡単に纏めると『◯◯市のとある街に、人を食べ、食べた数だけ火の玉を出すお化け柳が存在する』というものでした。


 私達はその話を聞いてとても困惑したんです。


 あの柳は寧ろ人に力と癒しを与えてくれるそれはもう力強くもう土地神として祀ろうという話まで上がっていたところでした。


 そんな矢先にそのような根も葉もない悪質な噂が流れ出ている事がどうしても不快感と悲しみで自分で言うのも恥ずかしい話ですが、温厚と周りからも言われていた私でさえ怒るという感情が沸々と身体の汎ゆる臓器から溢れ出していたのを我々は感じ取っておりまして、そこからはもう何とか身も蓋も無い悪しき噂を払拭させようと様々な活動を致したんです。


 例えば、その噂を流しているサイトを探して其処の管理者や運営元に苦情を申し付けました。


 しかし…削除は出来ても発信元が特定できない上に顔も知らぬ愉快犯もいたのか、数日後には再び似たような内容だが明らかに仏柳の噂を記したであろう記事が付くようになっていたんですね。


 その他にも仏柳の近くでに、『これはとても縁起が良く、様々な福を与えてくれる仏の如く寛大で慈悲の深いと伝えられる柳』と書き記した看板もお立てしましたが、結果は余り効果を得ず…その上地域で何かあの柳についてひた隠しにしているのではないか…等という噂もいつの間にか立てられてしまいました。


 その事について勿論、噂の出どころをお調べしましたが何の成果もなく…私も含め皆は憔悴しきってもうお手上げ状態だったんでだったのですが…。


 …事が起こりましたのは、噂が出回り始めて1年経った辺りでしたかね…その月は夏も終わりを迎えるのにも関わらず、照らされた太陽の陽が燦々と燃えたぎるかの如く地上に放たれ、私も熱中症になるのではないかという心配で家に数日間籠もっておりまして、次の日はせめて外の草刈りを軽くしようかと考えていてそろそろ寝ようと布団を押し入れから出していた矢先でした。


 外から少しのざわめき音と駆け寄るような音が交互に聞こえ始め、それが段々と大きくなり…気が付けば騒動が起きてるんじゃないかと言わんばかりの騒ぎ声が外から鳴り響いてきたのです。


 流石に私も不安を覚え、外に出ようと戸の方に向かおうとしていたのですが、その瞬間…。


 ドンドンドンドン!…と戸を勢いよく叩く音と『〇〇さん!!』と私の名前を叫ぶ声に驚いてしまい、恐る恐る戸の方を覗くと、そこには女性の影を筆頭に後ろにも人集りのような影が慌てふためく様にゆらゆら…と揺れておりました。


 最初は音の大きさと私の名前を叫ぶ声に一瞬その場から動けませんでしたが、よくよく声に耳を傾けると隣近所の『取田とりたさん』の声に似ていましたので私もその慌てふためく声に慌てて、戸を勢いよくお開けしたんです…。


 私は驚愕しました。


 確かに影があったはずなんです。


 取田さんが私の名前を叫んだ筈なんです。


 だから私は急いで戸をお開けしました…。


 だけどそこには…。


 焼け焦げた柳が横たわっていたんです。


 その柳は…萎びれて残酷に黒焦げていましたが明らかに見覚えがありました。


 そう…私達が愛していたあの仏柳でした…。


 私は唖然として言葉も出ませんでした。


 もしかしたら心臓も動いていなかったのかもしれない…と思う程その時はこの世の中の時間が止まったのかと錯覚してしまう程に…私は停止していたんだと思います。


 気が付けば柳のそばに寄り、恥ずかしながら大声で泣き叫んでいました。


 そのせいで、近所の方々が何が起きたのかと慌てて私に駆け寄ってくれたのですが半狂乱で泣き叫ぶ私を落ち着かせるのには相当苦労を掛けてしまったみたいで…。


 落ち着いた私は事の詳細をお話しました。


 今に思えば、その状況についてありのままの出来事をお話してしまうなんて普通なら夢物語かこの状況により錯乱してしまったんだと思われてしまうのにも関わらず、近所の方々は真剣に聞いてくれました。


 その後、取田さんは私が落ち着くまで私の家に留まってくれて他の方達は柳をどうするか話し合っていたと思います。


 なんとか落ち着いたので少し仏柳の思い出などを軽く話して涙流した後、すっきりしたのかいつの間にか寝落ちしておりました。


 目覚めると朝になっていてソファに寝かされておりまして、取田さんはリビングのテーブルにうつ伏せで寝られておりまして私と同じタイミングで目が覚めたみたいで顔を私に向けた後、体調等を気にしてもらって朝御飯まで作られてそのままお帰りになりました。


 朝御飯を食べて、気になっていた玄関を見ると昨日の夜の騒ぎとはうって変わって朝の静けさと柳の葉が少し残っている光景だけが目に映りまして、心地良い風が吹いてましたが何故か寂しく感じました。


 昨日の出来事は夢なのではないか…最近の愛着を持っていた柳に変な噂が付いてしまった事によるストレスで何か頭が混乱してしまって常時夢現になってしまっていたのではないかと思っておりましたが落ちている柳の葉は間違いなくありましたし、焦げてもおりましたので現実だったんだと…実感させられ再び悲しくなり涙が溢れてしまいまい、そのまま玄関を出て、再び取田さんのお宅に向かうと近所の皆さんで井戸端会議をされておりましたので私も参加いたしまして、あの後の出来事をお聞きしました。


 当時、恐らく私が玄関の騒ぎに気付いた時間…近所の方々は私の家から異様な木の葉が擦れ音が聞こえてたらしく、皆は始めから違和感を持っていたみたいですが、途端に私の泣き叫ぶ声が聞こえたので急いで駆けつけてみたら…私が焦げた柳に向かって泣き叫んでいたので慌てて対処をし始め、取田さんは私を無溜め、他の方々は警察呼んだり何処の柳なのかなどの確認と忙しなかった…と。


 柳は矢張り愛されていたあの仏柳だったようです。


 皆も悲しみに明け暮れていて、地元住民も怒りがこみ上げてきたらしく必ずシバいてやると言っていた方もいたそうで、地元の警官の方もいつも見回りの時につい柳に「いつも見守っていてくれてありがとう…。」と投げ掛けるほど愛着を持っていたので、それはもう血ナマコになって探して取っ捕まえてやると豪語される程、それはもう憤怒、激怒、激昂、憤慨…様々な怒りが充満していたみたいなのですが、何より第一発見者の私の精神状態を鑑みて一先ずは現場の処理に掛かろうと行動してくれていた…ということでした。


 その後、外の音は一切耳に入っていなかったので、ここで詳細を聞かされた時は本当に驚きました。


 結局、根っこから柳が倒れていた物を誰かが焼いて私の家の玄関に放置した…という結論になりましたが何処の誰がその様な真似をしたのかは結局は今でも分かっておりません…。


 ですが…その後、あれ程私達が努力しても中々減らなかった仏柳への中傷…基(もとい)、嫌な噂や都市伝説じみた話が一切聞かなくなりましたし、サイト等にも書かれることがなくなったのです。


 地元の警官にも話を聞いたのですがあの焦げた柳の件以降は、今まで迷惑行為をしてまで仏柳にちょっかいを掛けたり、面白半分の偽装写真を撮られるような事もなくなった…と申しておりまして、近所の方々も興味本位に柳を見に来る人が全く現れなくなったと不思議がっていましたが、私としてはあの仏柳が自身を犠牲にして地域の平穏を取り戻してくれたのではないか…と考えておりました。


 しかし…実は恐ろしく得体の知れない出来事が私達の知らない間で起きていたらしいのです。


 ここではネットで調べてくれていた地元の青年達から聞いたのですが…


 先ず、〇県の〇〇市の30代男性が自殺体で発見されたというニュースがあったのですがそれがどうやら、仏柳についてのでっち上げの記事を書き記していたそうなんです。


 何故わかったかと言いますと…その方は実はここに前まで住んでいた方らしく、引っ越す前まで何かと私の住むこの地域の都市伝説を調べていたらしいとのことでした。


 そう言えばあまり見慣れない若者に「ここに何か曰く付きの逸話や民話、あ…もしなければ最近体験した変な出来事とかでもいいですよ?」と清々しい顔で聞かれていたことを思い出し、もしやその人のことではないかと聞いたら…どうやらこの周辺で聞き込みをしていたみたいで、近所の方々も見慣れぬ若者から同じような質問を話しかけられていたそうです。


 そしてその自殺方法がまた不気味で…なんと焼死だったみたいでして…しかも、焼死体の周りには何故か柳の葉が散らばっていたとか何とか…。


 偶然にしてはなんか焦げた柳と焼死体と共通点があるのが怖いしもしかしたら何か祟りでも起きたのではと不安がまして、取田さんにもお話したのですが少し困惑した顔で「それはもう忘れた方がいい。」と言われ、その話はそこで終わりまして、その後は、仏柳がいた場所を見に行きましたが見事に根っこからごっそり抜かれていた跡だけがありました…私はもうあの場に皆が愛していた仏柳が本当にいなくなったんだと…そこで涙を流しながら「お疲れさま、ゆっくりお休みなさい…」と手を合わせて拝がんで後にしました。


 正直、心苦しかったですが起きてしまったことはもう致し方ないという喪失感もありましたが、それ以上にもう悲しい出来事が起こる事が無いという安心感も同時に現れ、何とも言えない気持ちで日々が過ぎていきまして…つい先日、仏柳が植えてあった場所に再び寄りました。


 感覚としてはお墓参りで、いなくなったもの…存在しなくなった今まで当たり前の光景がいつの間にか消えているなんて本当に虚しい気持ちでいっぱいでしたが、それでも行かないときっと私の気持ちは踏ん切りがつかないんだ…と脳で自身の意思に言い聞かせながら、立ち寄ったんですが…。


 そこには近所の方々が集まっていました。


 何事かと思い、集まっていた中にいた取田さんに事情を聞こうとして一瞬だけ、目線を仏柳の植えていた場所を見たんです。


 私はそのまま目線を動かすことができなかった。


 何故なら、燃えた筈の…私の前で焼死体になっていた筈の仏柳が佇んでいたからです。


 私は夢でも見ているのか…それとも余りの悲しさに脳が幻覚を起こして見せてはならぬ夢を見せてしまっているのかと思って触りもしましたが、触れた感覚はちゃんと身体に伝わったので余計に頭が混乱して、周囲の方々にどうなっているのかお聞きしたんです。


 皆が言うには、気が付いたら仏柳が元の場所に戻っていた…となんとも奇々怪々で妙な事を言っておられて、私は「それは別の柳を植えたということですか?」と聞くと…どうもそうではなく、本当にあの時の仏柳が戻ってきたのだと口々に…まるで口裏を合わせているのかと疑う程に同じ様な事を発したのです。


 しかしあの仏柳はちゃんと私の玄関の前で焼け爛れ焼死体となって横たわっていた筈で、そんな非現実的な事が起こるはずが無い…皆私の精神の安定させる為に嘘を付いているのではないか?皆は自身の心に空いた部分を嘘で誤魔化しているのではないか?とついムキになって言ってしまいました。


 ですが…その柳の場所に集まった皆は笑顔の表情で私にこう答えたのです。


 「何を言っているの?ここに【仏柳様(ぶつるさま)】はずっといるじゃないのよ。ほら…この神々しく仏の如く日輪の輝きを放っている柳なんてこの仏柳様以外いないでしょ?」と疑いのない眼差しと汚れのない笑顔を私に向けて言い放ち、他の方々も『そうだ!』と取田さんと同じ表情と眼差しを私に向けてまるで私が記憶を忘却してしまってそれを再び教え込むように、私に言い聞かせている風に私は見え、それはもう今まで私が親しんでいた地域の雰囲気ではありませんでした。


 私は取田さんに「もう疲れましたので…。」と颯爽とその場を後にしました。


 今思えばあの時、焼けた仏柳を見つける前に私が玄関の扉越しに見た影と風景が似ていたように思えます。


 後に取田さんが玄関のチャイムを鳴らして私の名前を呼んでいましたが無視しました。


 そもそも、取田さんがあの様に私の名前を呼び続けるなんてことなかったんですよ。


 精々1、2度呼んで出なかったらそのまま帰るというのがパターンでしたので何度も何度も呼び続ける取田さんが…もう今までの取田さんではない気がして、ずっと布団に蹲って怯えながら取田さんが帰るのを願いました。


 1時間経ったと思いますが…漸く取田さんの声が聞こえなくなったので恐る恐る玄関を覗きましたが本当に去ったらしく、玄関には人影も無くて私は安堵してリビングの窓の方向に顔を向けたのです。


 カーテン越しに影が映っておりました。


 太い電柱のような影の上にゆらゆらと何かが揺れていたんです。


 私は…直ぐにそれが柳の影だと気づきました。


 しかし家の庭に柳等はないし、私の家の周りには柳はありません。


 それを見て私は、金縛りが起きたのではないかと思う程なや身体が硬直し、目線も動かせませんでした。


 しかも、明らかに垂れ下がっていたのは柳の葉ではなく人の影だったのです。


 人の影がゆらゆらと揺れていて、そのシルエットは取田さんの様にも見えました。


 そこから聞こえるんです…。


 取田さんの声が…。


 私をずっと…。


 ずっとずっとずっと…。


 呼び続けていました。


 そしてカーテンが揺れて外がチラッと見えました。


 柳から光が発せられて、一人だけかと思ってた人影は実は周りにも何人かの知っている顔が首を括った姿で垂れ下がっていて、それを見てしまった私はそこで気を失いまして…気が付き目を開けると家の庭は、影も形も何も残っていませんでした。


 数日後に、私はその地域を出ることにしました。


 引っ越し直前になって、近所の方々…特に取田さんはしつこく私を引き止めようとしていましたが私は申し訳ないとずっと謝り通して何とか遠くの地へ引っ越すことができたのです。


 後々その地域の後日談を聞いたのですが未だにあの仏柳の噂が出回っては消えていくを繰り返しているらしく、噂の内容も「呪いの炎を宿す悪魔の柳」や「独りでに悲鳴を上げながら火を散らばらせ歩く柳」等などバラバラですが、どれも『火と柳』が関連しているみたいで、過去流れていた噂も…私が体験した出来事も…『火と柳』が関わっておりました。


 私はこれが偶然とは考えられません。


 火も仏も闇を照らし、人々を導く為にある筈です。


 柳だってこの世を一生懸命生きている植物の筈です。


 私はそのどちらも大切にしていた筈でした。


 なのに結果は、あの時と何も変わらなかったのでしょう…。


 だから、私は今も不安を感じています。


 タチの悪い噂は本当は噂ではなく誰かがあの仏柳の見てはいけないものを見てしまい、それを流してしまったのではないか…その目撃者を何か得体の知れない方法で消したのではないか…と。


 ただ、私としては噂のままであって欲しいです。


 あの時私が体験した事も…きっと悪い夢を見ていてそれに周囲が冗談で乗っかってしまったが予想以上に私が疲労困憊していたので慌てていた…そういうけっかだったのではないか…と。


 これが私が体験した『仏柳』の話でございました。


 皆様…聴いてくださり、ありがとうございました。


 

 


 


 


 


 


 


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 


 

 


 


 


 


 


 

 


 


 


 


 

 


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 




 


 


 


 


 




 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 

 


 


 


 


 


 

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