第2話 池田潤也、再教育される

『皆さん再びこんにちは。

前回、学校帰りの電車でうたた寝をしていたら、真っ暗な異空間にへと連れ込まれ、そこでなんだがよくわからない正体不明の人物に「再教育だ!」と宣告されて意識を失った、あの高校二年生の池田潤也いけだじゅんやです。

つい先程さきほど意識を取り戻したのですが、俺はいま本の詰まった本棚が大量に置かれた室内――イメージ的には図書館みたいな場所にいます。

図書館らしく吹き抜けの二階もあって、そこにも本に埋め尽くされた本棚が沢山見えます。

不思議なことに、照明や採光窓の類いは見当たらないのに、室内はとても明るいんです。

どういう仕組みになっているのかはわかりませんが、まぁここは普通の場所ではないので、普通ではない手段で明るさを保っているのでしょう。

そんな所で俺は椅子に座されていて、すぐ目の前には背中まで届く艷やかなブロンドの髪に、縁無し眼鏡をかけた理知的でお色気の雰囲気を漂わせた二十代半ばぐらいのすこぶる綺麗なお姉様が立っているのです。

いったいこれからなにが始まるのか、思春期真っ只中の俺にとって楽しみ――ではなく、恐怖で胸のドキドキ感が止まりませ〜ん♥♥♥』



「ふ〜ん。アナタがボスから連絡のあった問題児――池田潤也ね」


「だ、誰だお前は!ブシュ(鼻血)。それにここはどこなんだ!ブシュブシュ(鼻血)。俺をどうしようというんだ!!ブシュドバドバ(大量の鼻血)」


「とりあえず鼻血を止めなさい! アナタこのままだと失血死しっけつしするわよ!!」


「このまま死ねるのなら本望ほんもうだ!!ブシュ(鼻血)」


「どんな本望なのよそれは! とにかくわたしはボスからアナタを再教育するよう命令されてるの。そしてわたしはこれまでどんな人間だろうと完璧に再教育をこなしてきた。この意味わかる?」


「あぁ。つまりは俺をアブノーマルな大人の世界に連れて行ってくれるってことなんだろ」


「連れてくかぁ! 誰がいつそんなこと言ったぁ!!」


「チクショウ! こんな奴らに捕まったばっかりに、俺はこれからどんな酷い目に合うんだよ♥♥」


「嬉しさが隠し切れてない! 必死に隠しなさい嬉しさを! ……まったく、こんなエロ高校生を再教育しなければならないなんて、骨が折れそうだわ」


「――――!! なんだ。急に身体が動けなくなった!」


「フフフ。そうよ、身体の自由を奪わせてもらったわ。これからアナタの再教育が始まるから」


「つ、ついに、再教育が……。さようなら昨日まで子供だった自分。そしてこんにちはこれから大人になる自分」


「アナタ根本的になにか勘違いしてるでしょ!! でもどうでもいいわ、一瞬で終わらせるから」


「? どうして本棚から本を一冊を持ってきたんだ?」


「その理由はすぐにわかるわ!」


「わ! ちょ、ちょっと急に本を顔に押し付けてなにをするつ……も……り……。ZZZZZZZ」


「よし、成功ね。フフフ。わたしはアナタと違ってボスからもう儀式をしてもらって悪の超人に生まれ変わっているの。そしてわたしは超能力『人格変転』を手に入れた。これは人の人格をこの本に書かれている別の人格にへとすり替えることが出来る力。これでアナタもエロ高校生からわたしたち組織に相応しい人格にへとなったはず」


「…………ぅ、ぅン」


「あら、人格のすり替えが終わったみたいね。起きなさい池田潤也。気分はどう?」


「…………。はい、気分はいいです」


「そうでしょ。アナタには他人に従順な人格へとすり替えてあげたわ。これからはわたしたち組織のために懸命に働きなさい」


「わかりました。それで女王様、わたくしめはいつ女王様からお仕置きをされて、アブノーマルな大人な世界に突入するのでしょうか?」


「突入などさせるかぁ!! クッ! この能力は人格は変えられてもその人間の本質までは変えられないのよね。非常識な奴はどんな人格になっても非常識のままだから困る!」


「すいません女王様! わたくしめがなにかご迷惑をかけているようで! こんな無能なわたくしめをどうか汚らしい言葉でののしってください。そしてそのお美しい足で踏みつけてください。あぁ、想像しただけでわたくし!ブシュドバドバ(本日二度目の大量鼻血)」


「とりあえず鼻血を止めろ! この人格は使えないわね。ならこの人格ならどう!」


「あぁ、女王様! 本を押し付けてこられてどうしたんですか!? 本ではなく御身おんみの足でどうかわたくしめ……の……顔……を……。ZZZZZZZ」


「今度のは冷血で悪虐非道の人格。服従させるのは大変だろうけど、その非常識さも相まえばとんでもない悪人が誕生するはず」


「くっ、う、うん……」


「目覚めたようね、池田潤也」


「……誰だ、テメェ。気安く俺の名前を呼んでんじゃねえぞ」


「フフ。今回の人格はどうやら成功のようね」


「あん? 身体が動かねぇぞ」


「えぇ、いまは身動きの自由は許さないわ。アナタがボスに洗脳されてからその束縛は解いてあげる」


「つまりなんだ?ブシュ(鼻血)。動けねぇ俺にあんなことやこんなことをしよってのか!ブシュブシュ(鼻血)。クソ! 身体さえ動けばテメェなんぞ一撃のもと倒してやるのに、身体がまともに動けねぇんじゃテメェの言いなりになるしかねぇじゃねぇか!!ブシュドバドバ(もう言うに及ばず)」 


「はい、この人格も失敗! もう、どの人格にすり替えれば最低限さいていげん鼻血を出さないようにしてくれるのよ!!」


――――三十分後――――


「あぁ、なんだが貧血ぎみでめまいがする。ていうかなんで俺の周りは血溜まりになってるんだ?」


「……アナタ、よくあんなに鼻血を出しといて失血死しないわね」


「あれ。なんだがお姉さん疲れてない?」


「そりゃ疲れるわ! どの人格にしても鼻血ばっかり垂れ流して! もう体力的にも精神的にも疲れ果てて、結局本来けっきょくほんらいの人格に戻してしまったじゃないのよ!」


「? なんのこと?」


「要はわたしがこれまで再教育してきた奴らのなかでもアナタは群を抜いて異常ってこと!」


「いや照れるなぁ〜。そんなふうに褒められると」


「どこに褒めた要素があった! あぁもう、まさかわたしが再教育にここまで手を焼くなんて思ってもみなかったわ!」


「うまくいかないのが人生だから」


「黙れ変質者! もぉぉ、どうやってコイツを再教育すればいいのよ!」


「爺ちゃんが言ってたよ。困った時は大抵サンバを踊れば解決するって」


「なぜサンバ!? という問いは一旦横に置いといて。サンバで困り事が解決するか!!」


「でも爺ちゃんはサンバのおかげで様々な困難を乗り越えてきて、二十七回も命拾いしたって俺に自慢してたぞ」


「アナタのお爺さんはなぜそんなにサンバに全幅の信頼を寄せているのよ! ブラジル人でもない日本人のくせに!」


「あ! 差別発言だ!」


「うっさいっ! わたしは悪の超人だから差別発言してもいいのよ!」


「え〜。その考え方、昨今のコンプライアンスの流れに反してない?」


「悪の組織がコンプライアンスを遵守するようになったら世も末よ!」


「まったく。あー言えばこう言うんだから。もしかして反抗期?」


「そんなワケあるわけないでしょ!! 反抗期なんてとうの昔に終わってるわよ!」


「え? 悪なのに反抗期じゃないの?」


「当然でしょうが! わたしたち組織にそんな子供じみた奴はいないの。みんな立派な大人なんだから!」


「……その立派な大人たちが悪の組織ですか……」


「なによ! 別にいいじゃない! 分別ある大人が悪の組織を結成したって!」


「はいはい。そうですね」


「ムキー!! 何よその言い方、腹が立つ!!」


「……令和七年のご時世でリアクションが『ムキー!!』とは。こりゃ恐れ入ったね」


「なにに恐れ入ってんのよアナタは! というかもう駄目! わたしにこの子は手に負えないわ! こうなったらもうアイツのところに送りつけるしかないわね!」


「アイツのところ? 誰アイツって?」


「それは行ってみればわかるわよ!」



『お姉さんはそう言い放つと、俺の目の前でパンッ! と手を叩いた。

するとまた俺は自分の意識が遠ざかっていくのを感じた。

やれやれ。どうやらまた別の場所に連れて行かれるらしい。

まぁ十中八九じっちゅうはっくお姉さんがさっき言っていたアイツという人がいる場所なんだろうけど。

アイツというのがまた美人なお姉さんであるようにと願いながら、俺の意識は――途切れた』



またも次回に続かせてもらいます。



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