池田潤也の物語り

案山子

第1話 池田潤也、異空間に連れ込まれる

『俺――高校二年生の池田潤也いけだじゅんやは、学校帰りの電車でうたた寝をしていた。

そしてふと目を覚ますとそこは電車の車内ではなくなっていて、暗い暗い漆黒の闇ばかりが無限に広がる見知らぬ場所にへと変わっていたのでした』



「? ここはどこだ?」


「フフフ。お目覚めのようだね、池田潤也くん」


「声? 誰かいるのか!」


「あぁ、いるとも。姿は見えないだろうけど、ちゃんとキミの側にいるよ」


「俺の側に? もしかしてお前は小学生の頃にペットとして飼っていた犬のベン五郎か!」


「いいや違うよ」


「なら中学生の頃に飼っていた猫のチャーミーか!」


「それも違うよ」


「分かった! 去年まで飼っていたオッサンの田中だろう!」


「全然違うよ。というか、え? オッサン飼ってたの?」


「そうだよ。亀だけどね」


「あぁ、亀、亀ね。これは失礼。少し勘違いしてしまったようだ」


「亀という設定をした中年のオッサンだよ」


「勘違いじゃなかったわ! なにキミ、人間のオッサン飼ってたの!?」


「違うって。亀という設定をした人間の中年のオッサンだよ」


「寸分も間違ってないわ! てかそもそも亀という設定ってなに!?」


「田中のオッサン曰く、過去にある大罪を犯し、それ以来自分のことを人間ではなく亀という設定にして生きてるんだって」


「どんな大罪を犯したんだ、そのオッサンは!」


「それを聞かないが人情だって、うちの爺ちゃんが言ってたよ」


「聞け! 人情うんぬん言う前に、そこんところはちゃんと聞いておけ!」


「……ハァ〜。これだから今時の人間は不人情なんだから……」


「え〜。こっちが冷淡な人間みたいに言う? ていうかそのオッサンとはどう出会ったんだ?」


「早朝の自宅前に捨ててあった」


即行そっこう警察に電話しろ。それは警察に連絡すべき案件だぞ」


「でも田中のオッサンが警察沙汰にしないでほしいって頼んできたし、それにペットの亀として飼ってもらいたいとも懇願してきたし」


「その田中のオッサンもよく馴染みのないキミの家族にペットとして飼ってほしいってお願いできたもんだな」


「田中のオッサンをペットの亀として飼うかどうか、朝食を食べながら家族会議して」


「朝の一番忙しい時にそんな重要な家族会議すな!」


「二分ほど話し合った結果、田中のオッサンをペットの亀として飼うことを決めたんだ」


「決断が早すぎるわ! もう少し議論しろ!」


「でも去年、唐突にいなくなったんだけどね」


「なんだがそれもそれで怖いわ!」


「ところでいい加減ここがどこなのか教えてくれよ」


「ここがどこなのか? ククク。そうだな、もうそろそろ教えてもいいだろう。ここはわれが創りし異空間だ」


「異空間!?」


「そのとおり。ここでキミは我の力によって洗脳され、我の忠実なしもべになるのだ」


「な、なに!? マインドコントロールで俺をしもべにするだと!」


「そう。誇りに思いたまえ。洗脳とはいえ、我のしもべになれるのだから」


「ふざけるな! 誰がお前のマインドコントロールでしもべになるものか!」


「残念だが、が洗脳の力に抗える者などこの世に誰一人としていないんだよ」


「黙れ! 俺は絶対にお前のマインドコントロールには屈しないぞ!」


「…………あの。ちょっと待って。さっきからキミが言っているマインドコントロールって、われが言ってる洗脳のことだよね?」


「そうだ!」


「だったら悪いんだけど、ここは洗脳という言葉で統一してくれないかな?」


「なんだ! 早速さっそくマインドコントロールか!」


「違う! 違う! これは違う! これは我からの要望。だって我の方から洗脳って言い出しだんだから、ここは仲良く洗脳で統一しようよ」


「絶対にイ・ヤ・だ!」


「まぁ、なんて意思の強い子!」


「それに洗脳もマインドコントロールもほぼほぼ同じ意味だろ!」


「いやいや。それが洗脳とマインドコントロールって同じ意味じゃないんだよ、これが」


「嘘つけ! だったらそうめんとひやむぎも同じじゃないって言うのか!」


「うん。違うね」


「もりそばとざるそばも同じじゃないって言うのか!」


「うん。違うね」


「サイダーとソーダも同じじゃないって言うのか!」


「うん。違うね」


「アイスクリームとアイスミルクも同じじゃないって言うのか!」


「うん。違うね」


「おはぎとぼた餅も同じじゃないって言うのか!」


「うん。ちが――わないね! それは季節によって呼び名が変わるだけだから! あっぶね。引っ掛け問題にまんまと引っ掛かるとこだった!」


「そもそも、俺をしもべにしてどうしよってんだ。俺は普通の高校生だぞ!」


「まぁ、そうだね。でもキミはこれから執り行われる儀式によって、悪の超人に生まれ変わるんだ」


「悪の超人だと!? それはまさか朝になったら目を覚まして、夜になったら眠りついて、朝昼晩と一日三食しっかり食べるってことか!」


「それは単なる規則正しい生活! 健康体になるだけ!」


「深い愛情で自分を育ててくれている父と母を常日頃から感謝して!」


「それはただの目茶苦茶めちゃくちゃ良い子! 心が和む!」


「かけがえのない仲間たちと共に甲子園を目指して!」


「一生の想い出になる青春ドラマ! 我もあんな若い頃があったなぁ〜。て、過去を回想するやつ!」


「好きな女の子に恋人がいることを知って、そのよる風呂場でひとりで泣いたりして!」


「そうだよなぁ〜。失恋って辛いよな。

でもその辛さが人を成長させるんだよなぁ〜。て、違うわ! 悪の超人はそんなんではないわ!」


「なら悪の超人とはいったいなんなんだよ!」


「悪いことするの! だから悪って付いてんの!」


「悪いこと? それはポイ捨てされてる空のペットボトルをゴミ箱改めリサイクルボックスに入れることか!」


「それは良いこと!」


「なら、小学生の通学路での巡回や交差点での見守りのことか!」


「それは保護者から感謝されること!」


「だったら学校サボって街頭募金活動することか!」


「それは、その――おい! ここにきて良いことなのか悪いことなのか迷うような質問するな! なんとなくマナー違反のような気がするぞ!」


「え? でも悪の超人になるっていうのはこういうことじゃないの?」


「うっわ。この高校生、人の揚げ足を取ってきたよ。信じられない」


「そもそも俺を悪の超人にさせてお前はなにがしたいんだ。目的を言ってみろ!」


「目的? それは当然とうぜん世界征服だよ」


「世界征服だと!? それっていま流行りのなんとかファーストっていうやつなんじゃないのか!」


「まぁ、そうだな。世界征服なんて突き詰めれば世界を自分ファーストにしたいってことだからな」


「それは止めとけ! SNSが炎上するぞ!」


「そんなもん気にするか! 世界征服をたくらんといて今更いまさら!」


「てかその前に、お前SNS知ってたんだ」


「知っとるわそんぐらい!! バカにすな!!」


「だったらSNSを交換しようぜ!」


「お、いいね。交換しようぜ。え〜と、我のスマホどこかなぁ…………て、交換するか! 我とキミは親友でもなんでもないのに!!」


「ノ、ノリツッコミしてきた…………」


「キミの方から振っておいてその反応はないだろ! あぁ、もういい! キミは我のしもべになる前に再教育が必要なようだ!」


「再教育? なんだそれ」


「それは行けばわかることだ!!」


「―――――――――!!」



『自称こちらのそばにいるという名前もSNSも教えてくれないケチで正体不明な奴の叫び声とともに、意識が遠のいていくのを俺は感じた。

意識が暗転するなか、俺は心中で「再教育というひと手間かけるぐらいなら、俺をこんな所に連れてくるなよ」と独りツッコむのであった』


次回へと続かせてもらいます


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