第6話

 木の上の枝にシーツで簡易的なハンモックのようなものを作った私は恐る恐るゆっくりと体を預けてみたところ、問題なく身体を伸ばして横たえることが出来た。


 手足は伸ばせるが直立不動で寝返りを打つことは出来ず果たしてこの状態で眠れるだろうかと心配したが、目を閉じて静かに息をすると徐々に意識は遠のいていった。


 その後割と強い空腹感で目が覚め、お腹の上にピンク色の果物の感触があったので一つ掴んで一応目の前で確認して異常が無い事を確認してからガブリとかぶりつき、相変わらずの美味しさに満足しながらあっという間に食べ終えた。


 それから両手で枝を掴んで足も使って枝の上に起き上がり、枕や残りの果物を落とさないように少しずつシーツを手繰り寄せながら縛った個所を解いていき、グルグル巻きにして輪を作って首から背中へとぶら下げた。


 そして枝の根元まで移動して、刺したままだった刀を引き抜いて地面に向かって投げて今度は地面に突き刺し、登る時に使った穴を慎重に探って足を引っかけながら降りていったが半分ほど降りたところで恐らくここから飛び降りても大丈夫だろうというまるで根拠のない自信が沸き上がり、一応下の地面を確認してから気合を入れることもなく普通に飛び降りた。


 私は着地した瞬間に自らしゃがんでさらに意図的に背中側に転んで衝撃を吸収した。背中側には枕が入っている丸めたシーツがあるのを意識してのことだった。そしてコロンと後転してすぐに立ち上がって身体のどこにも異常がない事を確認した。


 我ながら大したもんだとその時になってようやく自覚して自らを称賛した。


 それから地面に突き刺した刀と木の根元に置いておいた鞘を手にして私は前進を再開した。


 今日も自然の用水路に沿って下流へとしばらくの間進んで行くと、これまで見たこともない不思議な実がなっている木を発見した。


 その実は大きなキュウリのような形をしていたが色は茄子のような黒に近い紫色だった。


 その木に近付いていくとまたしても甘く良い香りが漂ってきた。ピンク色の果物とは違ってまるでバニラアイスクリームのような甘い香りで見た目に反して大いに味が期待出来そうな実だった。


 今回は杖代わりにして左手に持っていた刀の鞘を使って軽く実に触れて揺らしてみて、特に問題なさそうだったので鞘を地面に置いて手で掴んでもぎ取ろうとしたが思いのほか茎が強かったので右手に掴んでいた生身の刀の刃を茎にあてて切断するとあっさり採れた。


 茎の切断面からは白い液体がポトリポトリと垂れてきて、この液体からはさらに甘い香りが漂ってきた。その液体を刀の刀身で数滴受け止めてから鼻に近づけてみるとまさにバニラアイスの香りで、私は思い切って舌を出して舐めてみた。すると・・・


「ンマァ~~~イ!アマァ~~~イ!」


 思わず変な声で口に出てしまう程にその液体は美味しかった。


 やはりピンク色の果物とは異なる美味しさで、なんというかこの甘さが疲れた体と心を癒してくれるような気がした。


 しかし朝にピンク色の果物を食べたおかげで今は全くお腹が空いておらず、もぎ取った黒紫キュウリは後でお腹が空いたときに食べようと思い、とりあえず形が良くて大きなものを4個採ってシーツの中に入れた。


 結局その日足を止めたのはその時だけで、以後はまったく休むことなく歩き続けた。さすがにこの体力は明らかにおかしいと思ったが、何も悪い事ではないので嬉々として受け入れた。


 そうして日暮れ近くになって薄暗い森がさらに暗くなり始めてきたので大きな木を探し、少し水路から離れた場所に良さそうな木があったので、今日もそこで簡易ハンモックを作ることにした。


 早速昨日と同じ手順で木に穴を開けようとしたところで、何となくそのまま素手で木登り出来ないだろうかと考えた。


 しかしその木はとても幹が太く、お目当ての枝までは枝はおろか手や足を引っかけられそうな凹凸もない木なので、どう考えても素手の木登りは例え木登り名人でも不可能に思われた。


 それでもまたしてもまるで根拠のない自信が自分にはあり、鞘に入れた刀をシーツで巻き付けて両手をフリーにして太い幹を抱き抱えた。両足も使って抱き抱えた。


 想像通り難なく自重を支えることが出来たので、まずは両足を上に持ち上げてから再度強く挟み込んで、次に両腕を離して上体を伸ばしてから目いっぱい上の方を抱き抱え、さらにまた両足を離して上に持ち上げて挟み直すのを繰り返した。


 これは相当キツイ運動のはずなのに予想以上にラクに出来るので速度をあげてこれを繰り返したところコツがつかめたようで、リズミカルにサッサッと登っていけた。はたから見たらかなり奇妙でキモイ動きだったことだろう。


 そうして昨日よりも段違いに早い時間で枝の上に辿り着き、今日は丁度良い場所に小枝と葉っぱのテーブルがあったので、いったんシーツの中に入れた枕と果物とキノコと刀を置いて、手早くシーツを展開して昨日と同じ簡易ハンモックを作り、枕と刀と黒紫キュウリ1個をシーツに置いてから私もゆっくり静かにシーツに体を預けていった。


 シーツは今日も問題なく身体を支えてくれたのでゆっくりと背中に当たる刀と黒紫キュウリを腹に移動させ、命の次に大事な刀を胸の前に抱いて直立姿勢の仰向けのまま眠った。


 翌朝やはり空腹で目が覚めたので、腹の辺りにあるはずの黒紫キュウリを手に取ろうとしたところ、明らかに黒紫キュウリとは別の手応えを感じた。


 私は「ギョッ!」とはせず「おや?」という程度の驚きで、頭を起こして腹の辺りを見た。


 すると何やら丸くて温かいモフモフした物が腹の上にいた。


 起きたばかりなのでまだ頭が良く働いていないようで、数秒間程その物体を眺めていると、どうやらそれは小動物のようで丸まって眠って呼吸をしているのが分かった。


 またしても根拠のない自信が働き、これは間違いなく無害で可愛い生き物だと確信した。


 ともあれお腹が空いたので改めて黒紫キュウリを探したところ、腰の辺りにあったのでそれを掴んで顔の前に持ってきたところ、小さな食べ跡がついていた。


 私は少し微笑んで、衛生的に良くないという考えなど全くお構いなしに口に持っていってガブリとかぶりついた。


「モグモグ・・・ゴクン・・・」


「ンマァーーーッ!!」


 思わず大き目の声が出てしまった。


 すると私の腹の上で丸まって寝ていたモフモフの生き物はピクンと動いて丸まった身体を解いた。


 私は構わずこの格別に美味しい黒紫キュウリを食べ続けてあっという間に食べ尽した。


 満面の笑みで満足した後、頭を持ちあげて腹の辺りを見ると、子猫くらいの大きさのリスのような生き物と目が合った。リスよりも耳が大きいがウサギ程は大きくなかった。そしてとても可愛いかった。


「おはよう」


 小動物は逃げることなく腹の上でじっと私を見つめたまま動かずにいたが「キキッ!」と小さく鳴いて顔に近付いてきた。数秒間互いに見つめ合ったところ、その生き物はさらに近づいて私の右頬に頭をこすりつけてきた。


 癒されるゥ~!と心の中で叫びつつ、私はより一層満面の笑みを浮かべて喜んだ。


 その至福の癒し時間は数十秒間続き、それから私は可愛い生き物に向かってそろそろ起きるねと言って両手を伸ばして枝を掴むと、生き物は私の腕を伝って素早く木の枝に移り、続いて私も木の枝へと移った。

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