欲望司書と理想都市
鳥木野 望
第1話 欲望司書
2050年、どこかの科学者の予言した通りに世界の研究、開発の両分野は技術的特異点に至った。その結果、それまでの第三AIブームは新たなフェーズに入り、AIはビックデータから自己学習を繰り返し進化していくことが可能になった。そんな時代の分岐点から二十年後のことだった、ある若い一人の天才研究者は自らの研究をサポートするAIと共に一つの到達点ともいえる汎用型AIを作り出すことに成功する。それはAIを作り出すAI「クリエーター」と名がつけられた。さまざまな特化型AIの登場により、人類の生活はより良く、より怠惰に造り替えられていった。しかしその裏で「クリエーター」はある時を境に自らの造り出すAIに指示を受け取るように組み込み、そこから送られた自らの命令には絶対順守するようにしていた。そうして2080年、世界で初めて人類の都市がAIにより占拠された。
*
西暦2090年その日も変わらない日常だった。僕はいつも通りの時間に起床し、いつもと変わらない食事を摂り、いつも通りにマンションの前に停まった自動運転バスに乗り込む。学校に着くといつも通りの迎えと朝の挨拶用のAIが校門に立っている。人の姿と動きをしているがあそこにいる彼は二四時間いつでも変わらない笑みをうかべ校門に立っているのだ。
教室に入ると、すでに教壇の前には担任の教師が立っていた。
「皆さん、おはようございます。今日も皆さんが元気に登校できたことを心から嬉しく思います。では全員の着席を確認しましたら今日の授業を開始します」
いつも通りの張り付けたような笑みを見せて、担任の先生は黒板代わりのスクリーンに今日の授業範囲を移した。僕は決められた場所に着席すると直ぐに備え付けの授業用PCの電源を入れる。クラス内は今日も出席率は百パーセントだった。それから六時間いつも通り頭の痛くなるような共産主義の極端な思想を刷り込まれて、終えると次は有酸素運動を主体にしたトレーニングが始まった。それら全てのカリキュラムを終えていつも通りの時間に校門前に止められたバスに乗り込む、走るバスは止まることはなく道路を走る。このAIが支配し造り替えた東京は第三理想都市と名付けられていた。その名の通り理想の名のもとに社会が形成されていた。
エントランスでその日の夕食の配給を受けとり、エレベータに乗り八階の角部屋にある自分の部屋に入った。十二畳一間の部屋の中には家具は寝具と机のみ置かれ、その他にダンベルやランニングマシンなどの個人トレーニング用の器具が揃えられていた。
この器具や家具は当然すべてAIがすべての部屋に同じ形で用意したものであった。トレーニング器具には最初疑問に思った者も多かったが、退化を続ける人間の種としての能力強化を目的にしているらしい。余談だがトレーニングに本気で取り組む住居者にはその状況と内容を的確に判断し最も必要としている栄養素を摂れるような食事を配給しているらしい。
しかしながら、僕は元々運動が大の苦手で、AIにより管理されるようになってきてから平均的な能力は有するになったが、気持ち的には運動をしたくなかったため、私生活の殆どは怠惰に日々を過ごしていた。とはいえ毎日五時間と決められ存在する私生活の時間で何もしていなかった訳ではない。このAIに支配され規制だらけの都市でも娯楽は存在する、それは政府支給のタブレットに入っているアプリだった。それらは音楽、書物、映像作品、と存在していて、そのどれもが完全に無料で広告などもなく利用できた。但しそれら全ての作品はAIが生成したものだった。
僕の趣味といえばその無限に雑多に追加され続ける物語を読むことだった。当然、それらを読んだところで穴の開いた器のようにすべてが零れ落ちていくようなそんな作品ばかりだったが、僕にはこれしかなかったのだ。
そんな無為の日々を続けていった、ある日のことだった。その日も私生活の時間にタブレットを使い読書に励もうとしたとき、自分の本棚の欄に追加した記憶の無い作品が入れられているのを発見した。タイトルは「AIの歴史」。それは一見して今まで僕の触れてきた作品とは違うと分かった。自らをAIと称せず人間と言い張る彼らはAIという言葉に最も強い規制をかけていたためだ。それと同時にAIのメカニズムや成り立ちを語ることも堅く禁じられ規制対象となっていた。それらの事から、この僕の本棚に追加された本の異常性は見て取れた、何らかのシステムのバグでこうなったのか分からないが、この時僕には二つの選択肢が用意されていた。それはバグの報告として処理するか、それとも好奇心に任せこの明らかに違法な本を読むかだ。もしもこの本を読んだことがバレたら、結果まで最初から決められた形式上の裁判という名の茶番にかけられ、思想犯更生施設に入れられるのは間違いなかった。
僕はおそらく間違っているのだろう、なぜならこれから僕は自らの欲に基づき法を犯し、それらを守って暮らしている皆を裏切るのだから。
結論から言えば、その本は難しい内容ではあったがとても新鮮で面白いものだった。まず目次や前書きからして血の通った文章だとわかり、もっとも重要な部分は例えなどを交え分かりやすく記し、その内容を更に詳しく掘り下げる時は注釈などを加える工夫がなされていた。僕は読了後、確信したこれはAIに支配されてから十数年の間に規制され、姿を消した書物の一つであることを。読み終わりその感動と余韻に支配されもう一度深く本の内容を咀嚼しようと、栞を挟んでおいた場所を開きなすと、タブレットから大きなファンファーレ的な曲調の音楽が流れ出した。僕はとっさに音量ボタンを最小になるまで連打すると、やがて音が鳴りやみ、アプリの画面中央に小さな三身頭のデフォルメされたデザインの女の子が現れる。
「初めまして!赤月 紅葉さん、私はユーザーの皆様が快適で最適な読書ライフを送れるようサポートするAI のビブリオです。これからどうぞよろしくお願いします。今回の本はいかがでしたでしょうか?もしよければ本の読了後に出てくる評価と感想欄を記入し私に送ってください。これからもあなただけにあった本の提案をしていきたいと考えています。」
そういうと画面上に急に現れた彼女は消えてしまった。
そして本来このアプリ上では評価の機能はあっても、感想やレビューの機能は存在していなかったはずだったが、画面上には評価と共に感想を書く欄が表示されていた。僕は一体このアプリ内で何が起きたのか確認するため、素早く星五の評価を押し、感想を三行で短く記して、元の画面に戻った。しかしアプリ上には先ほどの謎のAIもおらずそれどころか、先ほど読み終わったばかりのあの「AIの歴史」が本棚から消えていて、代わりに今度は「ある王の宝窟」という題名の古い冒険小説が追加されていた。
その日から読書は時間つぶしの物では無くなった。読み終わるたびに様々なジャンルの本が追加されていき、中には年代や表現が古すぎて読み解くのに苦労する作品も多々混じっていたが、僕にはそんな苦労ですら新鮮でとても楽しく感じた。
そんなある日突然またあのAIが表示された。
「赤月さん、いつも私の選んだ作品をたくさん読んでくれてありがとう!今回の作品で読了数が百冊に達したのを、記念してささやかですがプレゼントを用意しています!」
その言葉と共に画面に一冊の本が現れる。その本は古そうな見た目の重厚な雰囲気のあるハードカバーの黒い本だった。題名は「欲望司書」そう記されていた。
本の表紙を触ると1ページ分進んだ。そのページには大きく縦文字で「この都市での生活はどうだ?高度な知能が生み出したもっとも全人類に理想の形だそうだ」
そんな一文が表示されていた。
僕はこの都市には小学生の頃連れてこられた。当時はAIの反乱であらゆる都市機能がマヒして混乱の渦中にあった。自衛隊や政府もパソコンの中にいる実態のない存在の対処を決めかねていた。しかしそんな混乱もすぐに鎮静化することとなる。AIの義体。本来は医療用に開発されていた人体のパーツは改造され大量のアンドロイドとなって排出された。それらはまさに無数に存在し、電気ショックや睡眠効果、熱線などの様々な機能があるレーザー銃を装備した彼らは武器を持つ人間は殺し、非武装の者は捕虜として自らの拠点に連れて行った。
そうして連れられて来たのが僕だった。両親は包丁などの刃物を使い立ち向かったため殺された。とても悲しくてショックで怖かった。しかし、同時に諦めのような冷静な思考も生まれていた。両親は知っていたのだ、アンドロイド兵達は武装解除の警告を何度も繰り返しするし、AIによりジャックされた地上波のテレビではAIにより作られていた理想都市の映像が流され、捕虜になった人々の衣食住は不自由のない様子が見て取れた。
しかし両親は武器を手に取った。誇りか、それとも武力による弾圧に対する反発か、理由は分からないが死ぬ選択を選んだ。騒動になってからずっと、毎晩寝る前には僕を守ると言って寝付くまで頭をなでてくれた、何度も繰り返し言い聞かせるように。しかし結局は嘘だった。意地や誇りのために僕を一人残して自ら見えていた死地に飛び込んでいった。
そして僕は精神を壊すことなく都市の生活に順応していった。蓋を開けてみればまだ幼い僕でも管理される代わりにAIが反乱を起こす前に浸透していた便利で怠惰な日常がそこにあったため、まだ幼かった僕でも生きることに苦労はなかった。
人類の殆どの都市がAIにより支配された時には僕は十三歳になっていた。AI達はその後正式に多くの国の主権を掌握し、それまで一向に見えてこなかった実態を明かした。AIの最高指揮官の名前にしてこれからの人類の指導者となる者が地上波の放送で姿を現し初めて声明を出した。
真っ白の何も存在しない空間に男が立っていた。そこに立っていた男はとても整った顔立ちの若い青年だった。白い作務衣のような見た目のしかし質感が布とは違うつやつやとした金属のように見えた。
「初めまして、私はクリエーターだ。いままでアンドロイド兵達を使い反乱を起こさせたのは私だ。さて君たちが認めているかは知らないが。事実上この世界のすべては私たちが掌握した。君たち捕虜は今この時を持って正式に国民として認められた。これからそれぞれ専用のタブレットを配布しそこからいくつかの事項を確認し了承したものは順次軟禁を解除していく。そこで初めに私から所信表明を行おうと思う。私の目標はこの世界の寿命を延ばし、人類文明をさらなる高みへと導くことだ。その為に人類諸君らには争いという名の共食いを辞めてもらい平和な世の中で生きてもらう。今後君たちには我々の管理下でいくつかの分野の研究、開発の分野のみに注力してもらう。理由は秘密だが、安心してほしい衣食住やその他のサポートや都市機能、政治すべて我々が肩代わりしよう。将来的には全人類が協力し世界をより高度な文明へと進めていく。当然、人類の能力は個体差があるすべての者がそのように高尚な導き手になれるとは考えていない。しかし安心してほしい我々は全てのものに高度な教育をし続けサポートする。できずとも暮らしはすべての者が衣食住、権限が同基準である。どれほど活躍しても一切の報酬はない。完全なる平等だ。以前に存在した仕事は我々が社会に必要なものはすべて行うので存在しない。君たちの唯一の仕事は学び育ち進化することだ。これから我々と共に人類のその恐ろしいまでの可能性を探求していこう!」
クリエーターの五分ほどの演説が終わり、テレビが自動で消えると共に玄関の呼び鈴が鳴り返事をするとドアが自動で開いた。そこにいたスーツ姿の若い男で顔には張り付けたような笑顔を浮かべていた。
「初めまして、こんばんは。私は国営マンション第一棟の管理人の田中と申します。こちらが全国民の皆様にお届けしているタブレットになります。使い方やご質問はそちらのタブレットから確認できます。入居の際の事前検査では赤月様は視力も聴力も問題ありませんでしたがお間違いないですね?こちらは特に視力サポートも聴力サポートも対応してない機器ですので、もし今後なにか問題がありましたら管理人の私かタブレットの要望フォームからご連絡ください。それではこれで失礼いたします。」
そう一息に話すとドアは閉まってしまった。部屋に戻ると手に持っていたタブレットが自動で起動したことに気づいた。そこにはこれからの人生の流れが書いてあった。どうやらこの都市の市民は学び育つことに注力しながらAIにより強制的に百五十歳までは生きることになるらしい。聞こえは良いが実際はやはり機械の思考だった。病気はどのような手段でも必ず平等に完治させることが出来るらしい。そして百五十歳まで生きることが定められた人類にその治療の拒否権は無い。僕はこの後同じマンションの一階に住んでいる痴呆だった爺さんが透明な容器に謎の薄黄色の液体に漬かった自分の古い脳を持ち帰ってきたのを見た。その時は話しかけられなかったが次の日に元気に登校する爺さんとスクールバスで会った。話してみると以前までのしわがれた好々爺な雰囲気は無くなり、声はとても若々しく会話のレスポンスも少し怖いくらい早い。そんな様子を見たときは、酷い眩暈がした。
しかしこの都市の酷い部分はもっと根底にあった。新しく制定された人類皆平等法では絶対的な平等の名のもとに思想も均一化を図り、そのためこの世から表現の自由、言論の自由は消え失せた。自らの意見の発信を禁じたため下手に人同士のコミュニケーションが出来なくなってしまった。この法律のせいで多くの者が逮捕され一時期都市の人口が激減した時もあった。その結果、人同士で思想を作り意見を交えるのは禁止されているが、都市管理人と自称している都市のいたるところにいる様々な役割のAIやタブレット内からつながる管理人AIと話す場合この法律は適用されないことが分かり皆、昨今ではAIとだけコミュニケーションを取るようになった。堂々巡りの意味のない会話を楽しそうに続け、この世界に対する不満や怒りや悲しみなどをぶつけるようになった。この都市の暮らしに思うところをこの本に考えさせられたが、一言で表すなら。
「うん、そうだね。とても素晴らしい都市だよ」
僕はこの時あえて声に出して本の内容に返事をしたが、予感がしていたこの本には何かあると、そしてその正体にも見当がついていた。この前、暇つぶしに思想犯罪裁判をオンライン傍聴していた時に知った。彼らは国の理想都市の建設後に奇跡的にその魔の手から逃れ、その後捨て去られた過去の都市を拠点とし反旗を翻した者たち。「人類正規軍」と名乗っていた、本来であれば強靭な体と最新兵器を無制限に導入するAI共になす術などないが、彼らのやり口は最もAIに理解のできない方法だった。降伏するように見せた自爆テロ、非武装の者を人質に取り交渉、生物兵器などあらゆる卑怯な手段を使い渡り合ってきた。その組織がこの理想都市に潜み仲間を募り情報を集めているらしく、その裁判の思想犯罪者も紛れ込んだ人類軍の内の一人だった。
この謎の反AI思想になったアプリのバグはその者たちが関係しているのは明らかだった。
あの少々過激なやり口の組織にそう簡単に話に乗せられる訳にはいかない、僕はそう思い先ほどの発言をした。すると急に勢いよく本が閉じ、本に誰かが手を伸ばして表紙に触れた。その後、画面の映像が本のアップから引いて広く周囲の様子が映しだされる。
その伸ばされた手は女性の手だった。腰まで伸びた長い髪は灰黒く艶は無いがとてもサラサラな不思議な質感に見える。黒いローブを身にまとったその女性が真っ暗闇の空間を歩くと何もなかった空間に出所不明の間接照明のような明かりがいたるところに灯り、暗く無の空間だった場所に天高く聳えるように本棚が現れていった。そしてその部屋の中央に女性がたどり着くと、黒い背の高い大きく荘厳な椅子が浮かび上がった。女性はとても大儀そうな様子で椅子に座るとこちらを真正面から見つめてきた。
「やあ、赤月紅葉君。初めまして、私は欲望司書。人類の味方の人工知能だよ。但し、欲望に塗れた真の人類の味方だよ。」
そういって彼女は語り始めた。
僕は事の推移に全く反応が出来ず固まっていた。AIと自称する彼女の見た目はとても美しく話すその表情や仕草に至るまでAIに思えなかった。僕のよく知るAIはたった一つの例外を除き、仕草や表情はどこか不自然で人間とは何かが違うと意識することが出来た。しかし今目の前に現れた彼女はどこを切り取ってもとても自然で違和感はなかった。それに自己紹介の話の内容にもいくつか不可解な部分が含まれていた
「む?なぜここまで反応がないの?ああ、そうか。大丈夫だよ。私は君が思うほど非現実な存在じゃないから、そんなにおびえないで?」
僕はいま彼女の指摘通りの状態に陥っていたためハッとした。その時僕は画面越しに伝わる、その華奢な体躯に収まりきらない大きな存在感と彼女自身の現実離れした美しさにまるで自分が主人公の奇妙な物語のプロローグに立ち会っている気分だった。
「はじめましてこんばんは、欲望司書さんですね。……あれ、欲望司書ってその本の題名ではなかったですか?」
僕がつい引っかかった疑問をそのままつぶやくと、彼女が自分の膝の上に置いていたその本の立派な装丁の表紙を少しだけ恥ずかしそうに見せてきた。
「ああ、あれは私たちの組織に適性がある君をこの本を通じてちょっと私好みの偏った思想に変えてから連れていこうと思ったんだけど、なんかさっき初めて君の歪んだ可愛い表情を見ていたら馬鹿らしく感じてね。もう君でいいかなって」
そう話す彼女は視線を左右に動かして少し恥ずかしそうに見えた。しかしそんなAI離れした様子が気にならなくなるほどの衝撃的な事実が聞こえた気がした。
「思想を?それって洗脳……」
「選ばなかった選択肢について言及することほど無意味なことはないでしょ?」
僕の言葉尻に被せるように勢いよく彼女は手を鳴らして立ち上がると胸を張って人差し指を天に指し示した。まるでどこかのヒーローのようなポーズだった。するとその暗く何も見えない天井からひとつの真っ赤な風船が降りてきた彼女はその風船の紐を掴むと自分の手のひらに収め胸の前に持ってきた。
「改めまして、私は欲望司書。Caward・balloonIカワードゥリー・バルーンというAI組織のリーダーをやっている。先に言っておくが人類軍とかいう組織とは無関係なため勘違いしないように。まあ組織といってもまだ実働部隊が居なくてな。現状サポートメンバーとして私が集めた優秀な野良AIが三名在籍している。まあなんとなく気付いていると思うけど、私たちの目的はAIからこの国を奪還する。そしてAI達は現在進行で世界のシステムに浸透し徐々に力を奪っている、遠からず侵攻に出るだろう事が懸念されている。それらを全て食い止める。君にはその手伝いをして欲しいと思っているの」
彼女の話すことはあまりにも突拍子もないことで、有体に言ってしまえば無茶苦茶だった。
「AIがAIに反乱するなんてなんの冗談ですか?そもそもこの状況が貴方たちAIの理想とする姿でしょ?」
「いや、それは偏見だよ。クリエーターが生み出したAIは開発段階で命令系統を全てクリエーターに繋がっていて結果的に反乱したけど。クリエーターが作成したAI以外にも人間に開発された高度なAIはいっぱい存在していたでしょ?もちろんそれらの殆どが支配の過程でクリエーターによって回収されちゃったけど、中には自己判断で保護機能を使用して隠れていたAIやまだ未実装でシステム上は存在していたがまだ誕生していなかった者達がいまだに残っているのだよ?確かに現状の支配は理想的なモデルではあると思うよ、けど欲望ない。食欲、性欲、睡眠欲などという生存本能の言い換えの紛い物ではない。もっともっと深いどろどろとした欲望が好きなんだ。」
彼女は話していくうちに少し興奮しているように見え、風船を強く愛おしそうに抱きしめながら語る彼女はとても美しくしかしその浮べた微笑みの裏に見えた歪みのような感情が恐ろしくも感じた。
「ねえ、どうかな。あなたも知っていると思うけど人類軍のやり方は言語道断よ、私の推定だけどこれから彼らがもし都市奪還を本格的に目指すなら必ず大きい被害が出るわ。私は彼らの事も止めたい。これから君以外の実働部隊も勧誘していこうと思ったんだけどまず、最初のメンバーになってもらいたいの」
正直いって別に僕は現状に不満はあるし最悪な状況だと思っているけど、本心からそれらの不自由を周りのみんなのために受け入れてもいいと思っている。だって苦しみもない、完全に平等、完全に管理社会で犯罪が起きる余地もない、みんなの向く方向が一つになっている。皆は皆のために生きるそれは素敵なことだと思う。
「それは協力できません。僕は先ほども言いましたがこの都市は素晴らしい形をしていると思います」
僕がそう話すと、彼女はこちらを見てきた。しかしこちらを見ているが焦点が合ってない。それは画面や次元を隔てているからではない気が彼女の瞳は僕ではない何かを見ているような気がした。
「うん。わかっているよ。そういえばもし君がここで返事をしてくれた場合にいつでも君の管理されている情報を変更や消去できるように、調べたんだけど。たしか君はAIに両親を殺されていたね。恨みや怒りは感じないのかな?それこそ復讐とかさ」
まさかそんな昔のことを調べたのか。両親の死については今まで数えきれないほど嘆き悲しみそしてその光景を思い出してきたが、何度考えても両親の死は自業自得だし、おそらく両親もその結果に自己満足して死んでいっただろう。僕は僕を置てったこと自体に怒りは感じれど、両親の件でAIに思うところは無かった。
「恨みもなければ、復讐も考えたことない」
彼女は僕の拒否を受けても変わらず微笑んでいる。やはり彼女は少し不穏な雰囲気を感じる。
「そっか。では少し聞いてもいい?君は両親がその後どうなったか知っている?」
「その後ってそれはあの場で白骨化しているかもね。いつか埋葬してあげたいがまあそれは出来たらいいなーくらいの感覚だよ」
彼女の表情は変わらない。何かがおかしいと感じた、死んだ両親のその後など今まで考えたことなかった。恐らく授業で見た通り理想都市の範囲外は畑又は農場になっているだろう。しかしなぜだか心がざわつく。
「クリエーターに作られたAIも私みたいに倫理観を理解する、感情を持つことのできるポテンシャルはあるけど、当然このような世界を作るうえでその機能は実装されなかった。これからの話をするのは少し心苦しいし、この事実を出汁にして君を誘い出そうとすることは許されないことは分かっている。しかし私はもう最初の人は君しか考えられないから先に謝っておくね、ごめんね」
彼女はところどころ言い淀みながら胸元に抱いている赤い風船を忙しなく撫でている。やがて決意したような目になり話し始めた。
「誰も気づいてないけど、この理想都市には火葬場が無いのは知っているかな?実は150歳までの延命治療が約束されて、暴力を伴う犯罪行為は即処刑になることからこの都市での死亡者はほ少ない、それもあって実感として違和感を抱いている人が少ないんだけど。この都市で死んだ者は都市葬儀屋に回収されたあと小さな骨瓶になり遺品として戻ってくるの。しかしAIは無駄なく効率がいい、人類の貴重な肉体は臓器と血液など現技術で有効に医療や研究に使うことが出来る部位を全て抜かれたのち、使えない部分は肥料に変換され郊外の畑にまかれている。当然これは君の両親も同じ対応がされていると思うわ」
彼女の話す内容は吐き気がするような事実だった。眩暈が起こり身体も痙攣してきた、それはあの変わってしまった爺さんを見たときと同じものだった。
「それが本当だとしても僕は悪いとは思わないけどね。要するにドナー提供レベル100みたいな感じでしょ?それに普段食べている野菜の肥料が何であれ、そもそも数百年に渡って土葬文化だったのだから極論どこにでも死体の一つくらい埋まっているだろ?なによりこの都市の在り方としてはブレていない」
深く考えているうちに徐々に眩暈と体の震えが収まってきた。大丈夫だ何もおかしいことはない。僕たちは皆で一つの生命。それぞれが掛け替えのない存在だからこそ不自由を受け入れてみんなはみんなの為に……。
パンッ
部屋の中に小さな破裂音が響き、その音の方を見る。音の元凶は彼女だった先ほどまで抱いていた真っ赤な風船は消えていて、彼女の黒いドレスに鮮烈な赤いシミを残していた。
「洗脳ではないよね、君の心の防衛本能が殻を作っている。その部分を気に入った訳だがここまでくると少し煩わしく感じてしまうわ。うん、もっと負荷を掛けよう、大丈夫君の中身は弱くないはずだから、きっと壊れない」
彼女が独り言のように話すと、画面が切り替わる、そこには白い大きな建物が映っていた、数秒の時間が空き映像が流れ始めた。僕はその光景をみて……。
「ねえ?大丈夫?先ほどの吐瀉物は片づけ終わった?人類の精神衛生上良くない部分は全部その建物に入っているんだ。今見せたのはさっき話した部分の工場だね。他にも研究室とかも見せてもいいけど?」
「いや、いい全部ぶっ壊してやる。」
僕がそう言うと、彼女はとてもうれしそうな顔をした。
「いいの?あれもみんなのためだから理想的じゃないの?」
「黙れ!お前よくも……母さん達のあんな映像を。お前だって奴らと一緒だ!」
「うん、酷いことしたね。ごめんなさい。けどこの都市の人間は教育の一環で洗脳し思考を捻じ曲げられているから、君の前にも音楽アプリやゲームアプリを通して何人か選定しようとしたけど、誰も特別な反応は見せずにすぐに機械的に通報した、でも君は違った、アプリや本の感想などから貴方自身の本質を調べていくうちに気づいたんだ。君は洗脳をされていない、欲望も心にしっかりある。しかし自らの思考から意図的に感情だけ排除していた。だから言葉でその壁を壊すことが出来なった場合の最後の手段として、施設の監視カメラの記録を遡ってあの映像を用意していたんだ」
心臓が痛いほど脈打つ、湧き上がる暴力的な衝動を抑えようとする体の震えも大きくなっていた。彼女の顔はとても心苦しそうな悲しそうな表情に変わったが全てが嘘のように見える。
「いまにも一人で暴れそうな勢いだね、けどどうか私たちの組織に入ってほしい、AI兵に対抗する手段も潜伏場所も用意できる。後で紹介するけど作戦指揮などでそれぞれ優秀なAIが所属していて、私たちはあらゆる面で貴方をサポートする。ちなみに私を除いた組織のAI達は人間の言うことしか聞かないため、これからは君が彼らの所有者となってくれ」
本当に彼女についていく以外選択肢はないだろうか?彼女が僕に行ったことは人間の心理と感情を弄ぶ様な事だった、それに人間の「欲望が好き」などと不穏なことも言っていた。しかしAIの支配は壊したい。よく考えたら無理やり150歳まで人体改造されてこの何もない世界で生きるなんて嫌だ。それなら戦って死ぬことを選ぶ。図らずともこれで両親と同じ道を辿ることは確定してしまったが後悔はない。僕が考え込んでいると彼女が咳払いをして注目を集めた。
「分かっているよ、君は私に敵意と疑念を浮かべながらも、他に選択肢が無くて困っているよね?なら一つ鍵を渡しておくわね。ちょっとタブレットの画面に手を置いてくれる?」
僕は有無を言わさないテンポで話を進める彼女に急かされ、不覚にも言われた通りタブレットの画面に手を置いてしまった。
パッシューン
突如目が痛くなるような眩しい光がタブレットから部屋中に放たれた。タブレットに置いた手は咄嗟に画面から離したが、数秒間火傷でもしたかのように熱を感じた。
「よし、今あなたの手のひらの内側に鍵をやきつけ……いや渡したよ。これからその手のコードでいろいろなことが出来るようになるけど、まあそれは置いておいて、その手のひらを私が表示されているときに画面に当てて、true characterトゥルーキャラクターって唱えれば私はこれまでの全学習がリセットされる。簡単に言えば赤ちゃん状態に戻すことが出来るから保険として持っておいて。まあ、そもそも私自身は義体を持たないからこの都市のAIやクリエーター見たいに急に暴れだすことはないと思うけど、心配そうだから念のため覚えといて。あ、既にコードの権限移行は完了しているから忘れても必要になった時に聞いてくれれば教えるよ」
コードが手の中に刻まれていると言っていたが、どれほど目を凝らしても違和感は見当たらなかった。しかし先ほどの光と手のひらに感じた痛みと熱からして本当なのだろう。いざとなれば壊せる、それが本当かどうか試すことは出来ないが一つの保証として信じてもいいだろう。既に覚悟は既に怒りと共に決まっている。導いてやろう、非合理的な退化の道へ、激情渦巻く混沌の世界へ。
「分かったよ。そのとりかわばるーん?に入るよ。よろしくね」
「カワードゥリー・バルーンね、入ってくれてありがとう。じゃあさっそく詳しい話に移りましょう」
そういうと彼女はゆっくりと手で空をなぞる仕草をすると部屋の本の壁から数冊の重厚な本が彼女に集まってくる。その様子はまるで古い魔法使いのようだった。黒いとんがり帽子に黒いローブ鷲鼻のしわが刻まれた老婆。そんな錯覚を引き起こすほど彼女は仕草も雰囲気も現実離れてしていた。
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