失われた時間の姫
@Nuno_
🌸 失われた時の姫
忘れ去られた王国のいちばん高い塔に、鐘はもう鳴らず、暦は風に散ってゆく場所があった。
そこに住むのは、誰にも要られなかった「時」を守る姫、リラであった。
彼女の部屋には鏡がひとつもなく、あるのは空へ向かう窓だけ。
夜ごとに銀の糸で星座を刺しゅうし、傷ついた心が休めるように星々をつなぎ合わせていた。
ある日、時が指の間から砂のようにこぼれていく頃、ひとりの旅人が塔にたどり着いた。
彼は壊れた時計と、沈黙した心、そして幾世紀も泣き続けたような瞳を持っていた。
「……この塔は、本当に存在するのか?」
かすれた声で問うと、リラは針を動かしたまま答えた。
「ここに来られるのは、時を失いすぎた者だけです。」
旅人は空を見上げた。ひとつの星が、今にも落ちそうに震えていた。
「あなたが痛む時を守れるのなら……僕のも、預かってくれませんか?」
リラは初めて手を止めた。
「痛む時は、しまっておくものではありません。変えてゆくものです。
けれど、それを受け入れるには勇気が要るのです。」
旅人は膝をつき、ひび割れた小さな砂時計を差し出した。
「これが、僕に残された最後の一時間です。もうひとりでは抱えきれません。」
リラがその砂時計に触れた瞬間――時は止まった。
魔法のせいではない。二つの心が、急ぐ必要などないと知ったからだ。
それ以来、人々は夜空にひとつの星を見るという。
「時を失った」と感じたときだけ輝くその星は、
今もリラが夜空に慰めを縫い込んでいる証。
そして傍らには――時を失ってようやく居場所を見つけた旅人の姿がある。
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