ワンハンドレッド
@komugiinu
第1話
私に代わって王太子妃になった魔女は
私が処刑場に連行される直前に面会に来た。
「散々、手こずらせて!」
魔女は今まで邪魔な人間を心臓麻痺という形で次々に殺してきた。
彼女の出す魔力のビームの衝撃波で相手の心臓が止まってしまうのだ。
悪役令嬢の私はどういうわけか、
この魔女の指先から出る魔力のビームの直撃を受けても平気だった、
魔女は人差し指を突きつけながら言った
「こうやっても何のダメージも受けないなんて
特異体質なのかねえ
でも残念だね
もうすぐ処刑だよ
そうだ、呪いを掛けよう
おまえを100回ループさせて、100回首を刎ねてあげる。
アハハハハ、
何回目で壊れるかなぁ
100倍楽しめるわー」
---
処刑台の階段を刑吏に引き摺られながら
私は最初泣き喚いて暴れた。
「王太子妃は魔女よ!
私は無実なのよ!」
私の元婚約者だった王太子は呆れたように刑吏に命令した
「まだ言うのか、さっさと首を刎ねてしまえ!」
王太子の横にいる魔女が囁いた
「悪役令嬢とは見苦しいものですわね」
「そうだな、国王を毒殺しようとしたくせに
案外腹は据わっていないようだな」
(あんたは私の婚約者だったんだから
もう少し庇いなさいよ!)
散々抵抗した私は数人の刑吏に乱暴に押さえつけられて
ギロチン台に固定された。
(痛い 痛い、
肩が抜けちゃったみたいだし、アバラも2.3本折れたんじゃないかしら?)
私はジタバタするとただ痛い目にあうだけで、結局は損だという事を学習した。
こうして私は1回目の首を刎ねられた。
魔女の言った通り、気がつくと私はまた処刑台の階段の下に立たされていた。
目隠しで前が見えなかった私は躓いて
顔面をしこたま階段の淵にぶつけてしまった。
(痛いー 鼻血が出たー)
こうして私は鼻血を垂らしながら、2回目の斬首になった。
3回目からは階段で躓かないために、目隠しを取ってもらった。
すると10回目に、首が落ちてから不思議な事に気がついた。
今まで目を閉じていたから分からなかったが、
死んだ筈なのに、落ちた頭を受ける桶の底が数秒間見えたままなのだ。
(首が落ちても少しの間
目の神経と脳は活動しているらしい)
20回目のループの時
せっかくなら桶の底以外を見たくなった、
それで
「桶は要らない」
と言うと、刑吏から
「床が血で汚れるから駄目だ」
と冷たく返された。
しかし民衆から声が上がった
「悪役令嬢の死んだ顔が見たいもんだ!」
刑吏はニヤニヤ笑い、桶は外された。
斬首された頭は
惨めな死顔を観衆に晒した。
しかし私は自分が死んだ後
皆がどんな反応をするのか数秒間だけこちらからも観察できるようになったのだ。
あ、群衆の中にトマスがいる。
トマスは私の護衛騎士だった、
ワンコのように忠実なので
護衛というよりも私の命令で、アサシンまがいのことをさせられていた。
「あいつを殺してきて!」
と命令すると、ワンコは直ぐに切り落とした耳や指を持ってきた。
「殺しはいけませんよ、お嬢様
この程度でしたら、後で侯爵家の力でいくらでも揉み消すことができますからね。」
そう言ってニコニコ笑っていたが、その前に余程恐ろしい目に合わせていたらしい
耳や指を失った相手から、私が訴えられる事は一度も無かった。
---
ギロチンで切り落とされた首はゴロンと転がるが、観衆の方に上手く向くとは限らない、
下を向いたり、後ろ向きで止まったり
ゴロンゴロン転がっているうちに絶命したこともある、
私はそれをブタと呼んだ。
ここまで繰り返すとギロチンとは偉大な道具だなと思った
首が落ちる瞬間は衝撃はあるものの、切れ味の鋭い刃せいで案外痛くはない、
きっと最初の頃は痛い痛いと怖がっていたから余計に痛かったのだ。
この新発見を誰かに教えたいなぁ
なんて考えているうちに首は落ちていた。
こうして私は
断頭台に登った時と、首が落ちた直後の数秒間、
群衆の様子を冷静に見られるようになった。
集まった観衆を何度も注意深く観察していると
人々の表情や唇の動きから
彼らの言っていることが多少わかるようになってきた。
50回目でようやく解読できた。
私の前でいつも爽やかなイケメン面をしていたトマスは、
人混みの中で泣きながらこう呟いていたのだ、
「お嬢様を守れなかった俺なんて、
もう生きていてもしょうがない。」
60回目
王宮の近衛騎士の中にも私が死んでから俯いている者を見つけた、
(あの人も私のことを悲しんでくれているのかしら?)
その男は周りには聞こえないように唇だけ動かした
「許してください」
え?
その男の胸ポケットがおかしな膨らみ方をしているのに気がついた、
男は気になるらしく、しきりにそれを触っていた。
断頭台の上からだとポケットの中身が少し見える、
よく見ると蓋付きの薬瓶のようだ
それは中の液体が絶対にこぼれないように、蓋をワイヤーで固定してあり特殊な形をしていた。
(毒薬の瓶?)
70回目
男は断頭台の上の私を最初苦しそうな顔で眺め、
処刑後は下を向き酷く顔をしかめた。
私はこの挙動不審な男を何回も観察して結論を出した、
この男が国王の飲み物に毒を入れた実行犯なんだ!
国王お付きの護衛騎士なら毒を盛るのは簡単だろう、
気が小さくて薬瓶の処分ができず、
心配のあまり肌身離さず持ち歩いて
最後は、王太子妃になっている魔女に渡す気なんだわ、
私は叫び出したい衝動を必死に抑えた、
大きな声を出してはいけない
魔女が気付けば
あの指から出す魔力のビームを使い、
この近衛騎士を心臓マヒという病名で瞬殺してしまうだろう。
90回目
処刑台から眺めた観衆の中で、トマスが俯いたまま泣いている。
そうね、
おまえだけはいつでも私の味方だったわね、
「トマス、泣かないで」
急に名前を呼ばれたトマスは、顔を上げて私の方をじっと見た。
その顔を見て、
私はこの男に賭けた、
私だけが知っている、
トマスは泣くと超ブサイクな顔になるのだ、
普段のキリリと端正な顔立ちからは考えられないほど、顔面は崩壊する、
顔中が涙とよだれと鼻水でグシャグシャになり、お母さんに叱られた子供のようなベソ掻き顔、
王太子妃の魔女はその思いきり情けない顔を見て、吹き出すのを必死で堪えたようだった。
(魔女にはこの顔がツボにハマったわね)
あと9回
「トマス、泣いてはいけません」
トマスは前回と同じ、クシャクシャの泣き面をして顔を上げ、それを見た魔女は笑いを堪えて下を向いた。
あと8回
魔女に怪しまれたらその回で生き返らせるのを止めるだろう
魔女に不自然に思われないように、私はイラついたように少しずつ声を大きくして、強い命令口調にしていった。
「トマス、泣いては駄目です!」
何度もループして聞いているのは魔女だけだ。
彼女はだんだん声を荒げる私に
いよいよ最後が近付いてきたのでムキになっているのだと嘲っているだろう
「トマス、命令します、泣いてはいけません!」
「トマス、命令です、泣くのをやめなさい!」
毎回大声で叫ぶ私に、トマスはビクッとして、いつもグズグズの濡れたブサ面で見上げてきた。
魔女は、毎回こらえ切れずに顔を背け、
周りの人に怪しまれないように手で顔を隠して、ヒッヒッと声を押し殺して笑った。
最終回
断頭台の階段を登り切った私は
トマスに向けて大声で命令した
「トマス、命令です!」
すでに沼にハマっていた魔女には、その言葉だけでトマスの泣き顔がフラッシュバックした。
「ブフフッ!」
思わず笑い出しそうになり、
慌てて俯いて両手で顔を覆った。
「トマス!
右端の近衛騎士の胸ポケットを探りなさい!」
(えっ、何ですって⁉︎)
魔女は下を向いていた顔を上げた。
泣いた顔は残念でもトマスはトップクラスの騎士だ、
優秀な軍用犬みたいに
悪役令嬢の命令には飛び跳ねるようにして従う
トマスは瞬く間に近衛騎士に飛びかかった
騎士のポケットから、毒薬の瓶が出てきた。
どう? 魔女
罠にはめた女が処刑されるのを見たくらいで、良心の呵責に苛まれるような善良な男を使ったことが間違いね
こんな気の弱い男なら、直ぐに黒幕の名を吐くでしょう
でもそんな考えも不要だった、
堪え切れないように男は叫んだ
「許してください!
あの魔女に家族を殺すと脅されたのです!」
「黙れ!」
焦った魔女は後先を考えず、いきなり人差し指を突き出すと男に向かって魔力のビームを発射した。
それは僅かに外れて、
地面がパーンと破裂した。
「ちくしょう!
死ね!」
私は呆気に取られている刑吏たちを振り払って、腕を後ろで縛られたまま
近衛騎士の元に駆け出した、
「せっかくの証人を殺されてたまるもんですか!」
2発目のビームは騎士を庇った私の背中に命中した。
いてっ!
フッフッフッ
しかしお忘れですか?
なぜだか私は平気なのよー
3発目のビームは発射されなかった
あっという間に魔女を捕まえたトマスが彼女の腕を後ろにねじ上げてしまったからだ。
---
そして今
私は実家の侯爵家で悠々と悪役令嬢ライフを送っている。
悠々という割には少々忙しい
私が死んだ直後、喜んでいた貴族の顔はしっかり憶えている。
彼らの身元が判り次第、トマスが順々に耳を切り取って持ってくるからだ、
まあ、私はそれを裏山に埋めちゃうだけの仕事だけどね。
「お嬢様、お茶が入りましたよ」
泣きさえしなければ、端正な顔立ちのワンコ騎士トマスは、
相変わらず尻尾を振って甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
「それにしても、お嬢様は何で魔力のビームが当たっても心臓が止まらないんですかねえ?」
それは自分でも感じている、
たぶん私の心臓には鋼鉄の装甲が施されているのだ。
王家からは何度も使いが来た
謝罪と王太子との復縁の打診だ。
冗談じゃない、
私はお金に換えられそうな贈り物だけ受け取っておいた。
この頃つくづく思う
もう誰も嫁の貰い手なんていなさそうだから
このままずっとこのワンコと一緒に暮らしていくのもいいわね。
ワンハンドレッド @komugiinu
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