追放令嬢は錬金術で第二の人生を楽しみたい!
新川キナ
第1話 お嬢様は錬金術師
コポコポコポと液体の煮立つ音に混じり、私の絹のドレスが擦れる音だけが聞こえる室内は簡素ながらも豪華な調度品が並んでいる。
今日は一段と冷えるなと思って意識を窓の外へ向けると、そこではシンシンと雪が降っていた。視線を目の前の机に戻すと、そこには赤、青、緑、黄といった様々な液体が入ったガラス瓶が並んでいる。そんな数ある瓶の中から、私は赤い液体が入った物を手に取り、そこに緑色をした液体を流し込む。
すると色が混ざった液体は、みるみると黒く変色していき焦げたような匂いを放ち始めた。
「げ!」
これはやばい奴だ!
私は内心は慌てながらも、それでも動作は冷静に液体の入った瓶を、そっと廃棄処理の箱に入れた。そして中庭へと続く窓に駆け寄って、そこから外へと飛び出す。
「とぉ!」
窓枠に飛び乗った際にスカートがひるがえり、飛び降りた先では裾を踏んで着地に失敗。そのせいで思いっきり前のめりに転んで顔面を強打。
「あうち!」
小さく悲鳴をあげた瞬間。ドカンと言う爆発音が辺りに響いた。
「うひ!」
思わず身を竦めた。だが何時までも突っ伏したままで居るわけにもいかず、体を両手で支えて起き上がり、そして恐る恐る室内を覗き込んだ。
「あちゃ~」
やっちゃったよぉ。そこは散々たる有り様になっていた。
落ち込む私の下に、いつものごとく家女中たちがスススーと室内に入って来た。
そしてチラリと私を見て、深々とお辞儀。さっさと掃除を始めてしまった。そんな優秀で教育の行き届いた家女中たちの姿を窓ごしに眺めていると、ドタドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
貴族である領主の城では、あってはならない音だ。
それだけに足音の主が相当に慌てふためいていることだけは分かる。
だがまぁ当然だな。
なにせ城の一室が吹っ飛んだのだから。
私は、そっと窓の縁へ顔の下半分を隠して、目だけを出しながら様子を窺った。
そんな室内に入ってきたのは案の定といえばいいのか。家政婦長のミセス・ウルネリーだ。家政婦長とは、小間使いと乳母を除く全ての女性使用人の最高位で、彼女たちは既婚、未婚問わずミセスと呼ばれて大変に恐れられた。
この屋敷にいるミセス・ウルネリーも当然のように恐れられている。それは女中だけに留まらない。
「またですか!」
そう言って室内に居る家女中たちに視線を向けるウルネリー。
すると家女中たちが揃って窓の外に居る、この部屋の主である私へと視線を向けた。当然その視線を追ってミセス・ウルネリーも窓の外を見る。そしてそこに目的の人物を見つけたと言わんばかりに、目を三角にして怒鳴り始めた。
「エレスティーナお嬢様! 何度言ったら分かるんですか! 城のお部屋で錬金術をするんじゃありませんって以前にも申し上げましたよね!」
そんな彼女に、私は窓越しで抗議した。
「だったら調合室を使わせてよ!」
「駄目です! お嬢様は今年で十五歳になる、この冬には社交界にデビューする子爵家の暦としたご令嬢です。そこで婚約者である公爵家の御子息と対面をなさるんですよ! それなのに、そのお嬢様が薬品臭かったりしたらどうするんですか!」
本来。家政婦長は私に躾と言う名の説教をする資格など無い。それは家庭教師なり乳母の役目だ。なので完全なる越権行為。だがこのウルネリーは物怖じすること無く私に説教をかましてくる。
しかしそんなウルネリーの言葉は私の心には、ちっとも響かない。いやまぁ。乳母や家庭教師の言葉も耳にタコと言わんばかりに聞かないんだけどね。
なので、そっぽを向いて答えた。
「別にいいよ。そんなのどうでも!」
「よくありません! それになんですか? その言葉遣いは!」
「ふんっだ。いいのよ。私は結婚なんてしないんだから!」
そう叫んで「よいしょ!」と言う掛け声と共に、窓の縁に足をかけて室内へと戻った。そのお嬢様としては、かなり問題がある行為を見たウルネリーは悲鳴を上げて卒倒したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます