第6話

「いやちょっ?!待ってデカくね?!何あの猪?!最初は最弱のゴブリンかスライムでしょうがよぉ!」


「いいから復唱せい。『夜よ、全てを呑み込む優しき闇よ……」


「あらやだマイペースぅ。えっと、夜よ、全てを呑み込む……」


 ついつられて冷静になっちゃったよ。

 てかこれ復唱だからいいけど、今後一人で言うの恥ずかしいんですが?


「……ナイトランス』」

「……ナイトランス』ぅ!」


 恥ずかしさと焦燥から若干ヤケになって言い終えると同時に、ぞわりと何かが体を這い回り、するりと体から抜けた。

 不思議とその何かの動きを捉えられる。手のひらに集まる何かが形を変えていき、いかにも槍っぽい形となって――発射。


「ぷぎゃあああっ?!」


 なんか小馬鹿にされた気分になる悲鳴を上げて、ソレは巨大猪の眉間を貫いた。

 しかしソレによって猪の勢いが削がれるも殺しきれはせず、慣性によって地面を削りながら滑って突撃してきた。それをもはや脊椎反射で慌てて横へ跳んで逃げる。


「うおっ?!」


 しかしその勢いに自分の事ながら驚く。

 着地して振り返って見れば、ざっと4メートルくらいは跳んでた。


「……わーお、ベリベリパワーアップ」


「よく分からんが、お主多分成績悪いじゃろ」


 などと軽口を叩き合いながらも、自分に急遽宿った力に呆然とする。

 これがウワサの異世界特典ですか?あのセリフ言っちゃっていいですか?


「ふっ、俺何かやっ「さて、こんなもんじゃ。といっても今のは全て我がこっそりフォローしたからじゃがの。もう一度試してみい」


 被せられたけど文句なんて言えず、言われるがまま詠唱したりジャンプをすると、魔法は出ないし力も普段の俺の感覚ままだった。

 

「まぁ今のはお主でいうちゅーとりゃーる、というヤツじゃよ。なんとなく感覚で理解は出来たじゃろ?」


「チュートリアルですね。さてはルナさん、頭あんま良くない?」


「にゃははは!生意気なヤツじゃの!」


 先程の軽口の仕返しをしたら、可笑しそうに笑われた。

 こういう返しされると逆に負けた気分になるな。


「……ん?………っ、が、ぁっ!な、なんだ……っ?!」


 突如前触れなく体が軋み始めた。

 体の奥底、言葉にできない体のどこかがぞわりと膨らむ感覚に意識が明滅する。


 気持ち悪い……!気分悪い、吐きそうだ……。

 いよいよ耐え切れずに思わず口に手を当てた瞬間、奇妙な感覚が引くようにゆっくりと消えていった。


「……ぅおえっ、何今の?まさか契約のせいで体がおかしくなったとか?」


「バカタレ。我の完璧な契約でそんな失敗なぞせんわ。今のは魂の吸収による肉体への影響、その余波じゃよ」


 魂の吸収?また魂の話してる……。

 

「魔力を持つ者が魔力を持つ者を討てば、魔力をパスにして魂の一部が流入する。それによってPowerupするという訳じゃ」


「おーうネイティブぅ。もしかしてさっきのバカ発言根に持ちました?」


 てか魂の流入にパワーアップって……まんま経験値とレベルアップじゃね?

 

「やかましいわ。……ふむ。この空間は閉鎖空間じゃからか、魂が霧散されにくい分流入する量も多少多いようじゃ。外での戦闘よりパワーアップしやすそうじゃの」


 しかもレベル上げ効果増し増しエリアでしたか。

 

 ……おいおい。これはもしかして、生き残れる?


「マジか……マジか!おいおい生き残れる可能性あるぞこれ!」


「まぁお主だけでは99.99%死ぬがの」


「はっはっは!………はは、マジすか……」


 上げてくれないまま落とすじゃん。もうやだ。


「実は我が契約を持ちかけた理由もそこにあっての、先程のような雑魚ばかりなら我一人で構わん。……しかし、ほれ、あそこの黒い巨人がおるじゃろ」


 居るね。初っ端目に入ったバカでかい怪物が。


「アレが問題でのぉ……正直この空間におる生物全員が一斉に襲いかかっても多分勝てぬな」


「ハイしゅーーりょーー!」


 何ッだよそれクソゲーにも程があるだろ。バランス調整しろよアホか。


「いやぁ……我もあんな怪物見た事ないわい。どんな世界から落ちてきたかは知らぬがとんでもないの。我絶対ヤツの世界には行きたくにゃい」


「同感だけど、かわいこぶるのやめてくれません?」


 なまじガチで可愛いからタチ悪いんだよ。


 今更ながらよくよくルナをよく見ると、体躯は小柄ながらそれなりに膨らんだ胸。しなやかな曲線を描く身体は健康的な色気がある。

 薄い浅黒な肌はエキゾチックな魅力があるし、艶やかな腰近くまで伸びる黒髪は猫の時と同じく高貴さすら感じさせる。

 顔立ちも非常に可愛らしく、しかし纏う神々しさは美しさを孕む。長い睫毛に縁取られた大きな目はこれまた猫の時と変わらず赤と金のオッドアイ、カッケェっす。


 総じて言えば、文句なしの美少女。

 天城君ですら見惚れたあの凛と張るか超えるレベル。


 おまけに格好がね……黒のワンピース、以上。

 靴もないし、上着もない。若干胸元が覗いて見える限りだと下着もなし。

 文字通りの薄手のワンピースのみだから、目の毒にも程がある。いやむしろワンピースどっから出た?


「まぁ我可愛いしの?にゃはっ」


 ウインクにピースを目元に添えるポーズ付き。

 夜を司るだとか偉い存在とか言ってた割に、ノリが良すぎてむしろ戸惑うわ。

 まぁ最初の恐怖一色よりは接しやすくて助かるけど。


「ノリ良すぎませんかね……てか聞きたいんですが、そのワンピースはどこから?」


「これか?お主の世界の感性に合わせて【夜】で模っとるだけの我の魔力じゃよ。どうじゃ、よく出来とろう?」


 ……ちょいちょい地球のこと知ってる発言するよねこの猫。それも聞こうと思ったけど、それより先にルナが口を開く。


「話は戻すが、お主が命ある生物ゆえに、契約にて我も【夜】の力を十全に扱えるようにはなったが……ありゃあちと無理じゃの。むしろあのドラゴンですらしんどいの」


「むしろドラゴンをしんどいで済ませた事に驚きです」


 俺は見てるだけで体震えるレベルなんだけどね。

 すごいよねこれ、生物の本能ってヤツなのかな。勝手に震えだすんだもん。

 それなのにルナさんは競るレベルなのか。すごくね?竜と猫なのによ?


「幸い奴らに動きはない。というより、ろくに動けんのじゃろう。空間に満ちる魔素が足りんのじゃろうな」


「はぁー、まーた専門用語ですか」


「空気に含まれる魔力と理解しとけばよい。今は薄いからヤツらは自分の存在を保つ為に省エネモードになっとる。もっと魔物が減り、死ぬ際に霧散した魂や魔力によって魔素が満ちれば動き出すじゃろうがの」


 うーん……つまり、後半になったら動くボスみたいなもんって事かな?

 ふぅ、不幸中の幸いってやつだな。あんなんが序盤から暴れてたら即全滅だったわ。


「ちなみにルナさんは動けるんです?」


「本調子ではないがな。まぁその為のお主との契約じゃよ。すまぬが魔力の回復と身体を維持するのにお主からちと融通してもろうとる。どうせ今のお主では容量が小さくて回復分を余らせるしの」


 つまり魔力1しかない俺が回復してもすぐ満タンになって余剰ばかりになる。その余剰分をルナさんが持っていってる、ってトコか。

 うん、何の問題もないな。そんな事で助けてもらえるなら万々歳だわ。


「となると、やる事は決まりですね」


「ほう?」


 小首を傾げるルナに、優しく紳士的な笑顔を見せる。勝てないとか言ってたから、安心させる意味も込めてね。


「おぉ、悪い笑みじゃの」


 作り笑い下手すぎ、と武史に言われたのを思い出す。まぁ深掘りしたら泣きそうなので、それは置いといてだ。


「まずすみませんが時間とお手を貸してください。それでルナさんにもらった【夜】とかいう力の全貌の把握と練習。それから魔素とやらを計算しながら慎重にレベルアップ。それらと併行して、あの巨人を倒す作戦を練ります」


 こうなると俺が雑魚で良かったのかも知れない。

 魔素とやらのせいでみすみす時間を無駄にする事なく、最初からフルに活動出来る訳だし。


「こちとら地球で力じゃ勝てない動物達を知恵で押しのけて霊長類やってる人間ですよ。頭使ってなんぼでしょ」


 にんまりと笑えば、ルナがひくりと頬を引き攣らせた。






「――とまぁこんなところじゃの」


「【夜】の権能強くね?」


 一通り聞くと、彼女の力の強さと利便性に舌を巻く。

 話を聞いた俺の解釈だと彼女の力は大きく分けて三つ。


 一つは『隠密』。

 いわく、『【夜】は自身の魔力に関するモノ全てを覆い隠す力』との事。。

 自分自身は当然の事で、自分の魔力が宿る物質も対象になる。自分の魔力を込めた物であれば、【夜】に取り込めるらしい。

 所謂インベトリとかアイテムボックス的な感じで【夜】に収納出来るって感じだな。

 ゲーム風に例えるなら、『気配遮断』『限定的空間収納』ってところか。


 もう一つは『月』。

 いわく、『【夜】の闇と相反し、唯一無二で、何者にも侵せぬ力』だそう。名前からはイメージしにくい事この上なかった。

 火は水に消され、土は風によって風化する。そういった他属性からの影響を一切受けずに、ただただ他属性を打ち消す排他性を持つ、純粋にして唯一無二の属性。

 直接的な物理的破壊力は持たないので、『月』を付与する事でその性質を宿す、つまり付与して使うのが主な運用方法らしい。

 ただ魔力を宿す技術である付与術が前提なので、それ相応の魔力操作技術が必須。つまり扱いがムズい。

 ちなみに再びゲーム風に言うなら『対魔法特化属性の付与』になるかな。


 最後は『吸収』。聞いた限りだとこれが目玉だな。

 いわく、『【夜】の闇は全ての色を等しく黒に染める』らしい。

 簡潔に言えば、非物質の存在――エネルギーや霊体など――を【夜】へと吸収させてしまう。

 他の色を【夜】の黒で塗りつぶすといったイメージに近いかもな。対象に【夜】をぶつけて、存在を上塗りして、再び力の源である【夜】へと取り込んで、それを己の力へと循環させる。

 夜は全てを呑み込むのじゃ!等とキメ顔で言ってたが、割と誇張抜きでその通りかも知れない。

 ゲーム風だとまんま『エネルギー吸収』。チートでは?


 ただしデメリットとして、『月』ですら比べものにならないレベルで扱いが難しい。

 聞けば、ルナ自身ですらこれを十全に扱えるようになるまで数百年かかったとか。


 他にも細かい使い方(ワンピースを模ったやつとか)や、奥義的な奥の手もあるらしいが、そろそろ覚えきれる気がしない。

 俺の脳みそじゃ情報過多なので今は聞かないでおく。


 しかしなんか全体的に対魔法使いの隠密型って感じだな、この猫。


 


 さて、これらを聞いた上で俺が選ぶ道は――


「身体能力が上がるアレも魔法ですか?」


「そうじゃな、【夜】とは違うがの。あれは単純な『身体魔法』じゃよ。【夜】と比べると扱いは割と簡単じゃな」


「ふむふむ。なら俺は『身体魔法』と『隠密』の二つを集中的に鍛えます」


「ほう?『月』と『吸収』はいらんと?」


「いやめっちゃ欲しいですけどね?ただ扱えないなら後回しです」


 強力で便利な力も、扱えないなら無意味。

 どんな高性能な家電を持ってても、使えないなら置き物になるのと同じだ。


「ふむ、まぁ妥当な判断じゃろ。童が調子づいて食いつかんかと思うたが、なかなか冷静じゃの」


「うっす」


「それにお主は身体魔法に向いてそうじゃしな。良い組み合わせかも知れん」


 そうなの?と聞けば、さっき勝手に俺に身体魔法かけた時の感触的にそう判断したんだとか。

 体内の魔力神経?が多いからだとか小難しい単語や理論を話してくれたが、頭パンパンなのでスルー。気になったら後日聞けばいいや。


「当面は『隠密』を教えてもらいたいです。さしあたって魔物が動く前に覚えてしまおうかと」


「あー……それなんじゃがの。そう上手くはいかんと思うぞ?」


「へ?」


 何で?と聞く前に理解した。

 背後からまたどすどすどすっと地面を揺らしながら何かが来てるのが分かったからだ。


「うげっ、また来た?!」


「また、というより……これからはずっとじゃろうなぁ」


「ずっとォ?!」


 ルナさんいわく、突如ここに落とされて混乱していた魔物達が、我に戻って活性化してるからだと言う。

 この巨大空間には、なんと万を超える程の魔物が存在するらしい。


 それらが生存を賭けて本格的に争い始めたという事だ。


「つまりじゃ、ここからは実践の中で学んでくしかないのぉ」


「スパルタと拷問は紙一重ってね。ははっ、死ぬぅ」


「仕方ない、まだ雑魚ばかりじゃし我がフォローしてやる」


「ありがとうございますッ!」


「じゃが厄介なのが動き出したら知らぬ。それまでに自力で生き抜けるようになれ」


 ルナのフォローがあるならまず死なないだろう。

 つまり俺が強くならないといけないタイムリミットは、厄介な魔物が動き出すまで。曖昧すぎて不安でいっぱい。


 後ろから迫る魔物は、人型の肥満気味な巨人……といっても黒い巨人とは比べ物にならない、3メートルくらいのもの。

 それでも俺からしたらちびりそうなくらい怖いが。


「ラッキーじゃの。ヤツの武器でも拝借すればお主の戦力もマシになろうて」


「山賊の思考じゃん!いや勝てればもらうけどさぁ!」


 こうして、長い地獄が始まった。

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