エピローグ


 ワンマンライブから二週間。

 結論だけ話すと、ライブは成功。今回のライブは撮影も拡散のためにOKしたのが功を奏したのと、有名な人たちが拡散してくれたことで、一気に知名度が上がった。歌も高評価が多くて、次のイベントにも呼んでもらえることに。

 そして、私に大きなチャンスが巡ってくる。


「なんと!全国を回ることになりました!」


 そんな自慢報告をいつもの店で報告。あのライブを見に来てくれた人の一人が全国ツアーを企画したいと考えてて、私にスポットライトが当たったのだ!今までは近場でしか誘いが来なかった中で、いきなり全国。少し不安はあるけれど、挑戦してみたい想いが強い。


「良かったじゃない。両親はうまく説得できた?」

「はい!あのライブ映像を見せたらいいんじゃないか、って!実力を見せられたからですね!」

「いいねえ、でもここの金づるがいなくなるのは残念だ」

「誰が金づるですか!まあ、有名になったら宣伝してあげないこともありませんけど~?」

「分かりやすく調子に乗ってるね」


 そりゃあ、全国ツアーするんですから。しかも自費ではなくスカウトの形で。誰だって調子に乗るものでしょ。

 でも、この場所に来たのはこの為だけではない。


「まあ、でもここに来れなくなるのは残念と言いますか」

「古賀くんだろう?」

「まあ、そうですね」


 そう濁したのだけど、まさしくそれが目的だ。

 古賀さんに報告したい。知名度が上がったこと、新たなファンが増えたこと、全国ツアーが決まったこと。あの日、貴方の応援がなかったら今の私はいなかった。人生のターニングポイントというのなら、まさしく古賀さんの応援だと言える。

お礼を言いたい。貴方のおかげでここまで来れたことを。そして、私の想いも……打ち明けたい。

 そんな決心をするなか、


「どうも」


 まさにちょうど良いタイミングで古賀さんが来た。でも、彼は近くに来ない。いつもはまっすぐに席に座るのだけど、なぜか今日は席に座らない。立ったまま会話が始まる。


「今日は挨拶だけ来ました」

「・・・決めたのかい」


 なぜかマスターだけは納得している様子。置き去りにされている私は何が起きてるのかを知りたく、会話を割って入り込む。


「どうしたんです?古賀さん」

「陽菜ちゃん、まずは全国ツアーの決定おめでとう」

「あ、ありがとうございます!」

「これから忙しくなるだろうけど、その経験は君の人生でかけがえのないものになるはずだ。思いっきり楽しんで」

「はい!思いっきり楽しんできます!」


 エールを貰って浮き足立ってしまう。そんな私を見て古賀さんは微笑んで、まるで実の子どもに見せるような親の顔で私を見る。

 そして、古賀さんは一度顔を落とす。再度私たちを見た時、その顔は決意に満ちたものだった。


「俺もさ、アメリカに行くことに決めた」

「・・・ええっ!?」


 古賀さんからまさかの発言。思わず驚きの声が出てしまった。

 聞けば、昔は海外での生活にあこがれを持っていたのだそう。だけど、あの一件、彼女を亡くした一件で熱意が冷めてしまって。そんな夢は心の奥底に沈めていたのだと。


「陽菜ちゃん、俺を救ってくれてありがとう」


 古賀さんは頭を下げる。でも私は言葉が出ない。思い描いていたシナリオから大きくずれたこともそうなのだけど、何か嫌な予感がした。今まで思い通り以上にいってたけど、大事なことだけ叶わないのではないかという懸念が。


「アイツの件で塞ぎ込んでたけど、もう吹っ切れた。俺は俺の人生を歩む。マスターもお元気で」

「もう行くのかい?」

「ですね、準備とかいろいろあって、挨拶しかできないのは申し訳ないのですが」

「そ、そんな……」

「こんなバタバタとした別れになっちゃってごめんね、陽菜ちゃん。海超えた向こうでも応援してるから。俺も楽しんでくるよ」


 それじゃマスターもお元気で、と言って立ち去ろうとしてしまう。まるで嵐のような情報の波にのまれそうになるけど、思考を止めている場合じゃない。


「ま、待って!!」


 せめて、この思いだけは伝えなきゃ。ワンマンまでは心の奥底に秘めていた感情を今、古賀さんに伝えるんだ。

 思えば出会ったあの時から、この思いがあったのかもしれない。初めて会ったあの日から、そうだったのかもしれない。


「古賀さん!」

「ど、どうか!」


 口ごもりそうになる、言葉がつかえそうになる、それでも、私は言葉にする。

 言葉にしなきゃ、伝わらないのだから。それに、言わずに別れたら・・・私は絶対に後悔する。当たって砕けろ、だ!


 私は・・・意を決して!


「私と!」

「お付きあいしてもらえませんか!!」


 言った。






 私は席で突っ伏す。


「振られちゃったね」

「・・・」


 反応はない。ただただ私は先ほどまでの失恋を頭で反芻していた。


『陽菜ちゃん・・・そうだったのか』


 私の告白に古賀さんはとても驚いてて、私への恋心に気付いてなかったような反応で・・・

 少しの沈黙の後、古賀さんは言葉を紡ぐ。


『君は歌で俺を押してくれた』


 その口ぶりは、何か言い訳をするようで、


『俺にとって君は尊敬する人なんだ』


 私への好意は尊敬なだけで、


『だから、ごめん。その好意には応えられない』


 恋ではなかったと。私の恋は玉砕したのだと。


「でも、君のことはずっと応援してる。だから全国で頑張ってね。それじゃ、また」


 そんな激励が陽菜の体を通過して、古賀さんは去ってしまった。



 そして、今に至る。


「まあ、陽菜ちゃんは若いんだし。まだまだ出会いはあるって」

「・・・」

「ほら、これは奢りだ。遠慮せず飲め」


 マスターが声をかけるも反応できない。突っ伏したまま、陽菜は心の傷をなぞるように言葉を吐き出していく。


「私は・・・音楽で売れたいと思ってた」

「私の才能を見て欲しいんだってずっと思ってた」

「でも、古賀さんには才能じゃない私を見て欲しかった」

「音楽が邪魔するなんて」

「もしも私に才能が無かったら、ただの女だったら、古賀さんは振り向いてくれたのかな?」


 振られた悲しみが今になってぶり返し、答えのない問いのループを繰り返す。だんだんとその声は弱く、それに比例して肩が震えていく。


「うううぅぅ・・・・」


 最後は言葉も出せなくなり、陽菜はうめくことしかできないでいる。そんな声も少しずつか細くなっていった。

 そして、うめく声すら出てこなくなった時、陽菜の中の溜めに溜まった思いが爆発した。


「古賀さんの、バァーーカ!!」

「うおっ、驚いた」


 マスターが驚くも意に介さず、陽菜は怒りのマグマを噴出させる。


「どーせ古賀さんは優しいから、誰にでもあんな風に助けてるんでしょーね!たまたま私だっただけで、誰でも良かったんでしょーね!!」


 上空に吠えた後、ダン!と再度突っ伏した。右手は握りしめ、机をバンバンと衝撃を与える。


「本当に、本当に好きだったのにぃ〜!」


 この絶叫で数十秒、陽菜は動かなくなる。様々な思いが頭を駆け巡り、彼女が出した結論は、


「こーなったら飲む!マスターおかわり!今日は奢りでしょ!?」

「え、あの一杯だけ」

「お・ご・り・で・しょ!?」


 陽菜の圧に初めて負けたマスターは急いで酒を作る。新たなグラスをひったくるようにとり、陽菜は一気に流し込んだ。古賀とこの店であった時以上のペースで飲酒をし、彼女は人生の目標を決めたのだった。


「絶対、ぜーったい売れてやる!ビッグになってやる!!」


 小さな店に陽菜の決意の絶叫が響き渡ったのだった。


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