第三.五章
「こんにちは〜」
何度目かわからない、いつもの店に顔を出す。相変わらずここは閑散としてる。本当によくお店を続けていられるな。
「最近よく来るね。暇なの?」
「暇じゃないです〜。今日はご飯食べにきただけです〜」
まったく、いつもマスターは私に対して辛辣だ。私が通わなかったら今頃潰れてるだろうに。そんな思いを持ちつつ、私は席につく。
「ああ、今日は彼は来ないよ」
注文の前にマスターからの爆弾発言。思わずメニュー表から目を逸らして、バッとマスターに目を向けた。
「今日は仕事で出社だって」
「そう、ですか」
「愛しの彼は来ないから」
「ブッ!!」
マスターの冷やかしに思わずお冷を吹き出してしまう。幸いコップが全て受け止めたから参事には至らなかった。
「な、ななな、なにを言ってるんですか!?」
「だってけんちゃんいないのがわかった時、残念そうな顔してたから」
「いや、だからって愛しの彼って!」
「何言ってるの、バレバレよ。誰がどう見ても」
「そそそそ、そんなことは!」
ぶんぶんと首を振って否定する。よかった、ここに鏡がなくて。今の私の表情を確認する方法がなくてよかった
これ以上おちょくられたら怒ろうと思ったけど、それを察したのか、それともおちょくるのに飽きたのかマスターは私の次のライブの話をし始めた
「で、次のライブの集客はどうなのよ?」
「そ、それはこれから成果が出ますので・・・」
痛いところを突かれてしまう。
「これからに期待ってこと?」
「ま、まあそんな感じです。ハイ」
実際は私目当てのお客さんが0な状況だが、まだ時間はある。前回お客さんが来たんだから今回も大丈夫、なはず
「マスターとか暇じゃないですか?どうです?」
「店あるので暇じゃないな〜」
駄目か。
「まあ、前回作った曲も好評だったし?その場でファンになってもらえるようにすればいいだけだし?」
「よく口が回るねぇ」
「歌やってますから」
そうでした、とマスターがおどけながら厨房に戻る。
それにしても、健一さんはどんな子が好みなのだろう?
「けんちゃんの好みを知りたいのかい?」
「はうあ!?」
ど、どうして!?今口に出てた!?
思わずリアクションが大きくなってしまった。ああ〜、マスターにおちょくられる〜・・・
そう思っていたのだけど、マスターはなぜか神妙な顔になった
「マスター?」
思わずマスターの顔を覗き込む。表情を察したのか、彼はサッと顔を背けて、こう呟いた
「言っておくけど、彼を落とすのは至難よ」
「ど、どうしてです!?」
ま、まさか、もう意中の人がいるとか!?それとも私みたいな人はタイプじゃないとか!?
何はともあれ理由を聞かないと納得できない!
「教えてください!勿体ぶらずに!」
「えぇ〜」
「も・っ・た・い・ぶ・ら・ず・に!」
何故か話そうとしないマスターに釘を刺す。ここまで来て言い淀むのはずるいだろう。納得するまでここに居座ってやる。
「健一君に嫌われても?」
「うぐっ」
それを言われると黙るしかない。ラッパーなら上手い言い回しができたのだろうけど、残念ながら私は売れないシンガー。言葉が見つからないまま沈黙が空間を支配し始める
「いつか話すさ、いつかな」
そんな意味深な言葉と共に昼ごはんが運ばれる。いつもの濃いめの味付けなのに、今日はあまり味を感じられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます