第三章
チリンチリン、とベルが鳴る。特にすることもなかった健一は二週間ぶりにマスターの店にやってきていた。
「ちわ〜」
「えっ!?」
今日は何人か来ると事前に聞いていたが、入ってみるとたった一人しかいなかった。だが、その一人は健一を見ると驚いたように立ち上がる。
「古賀さん!お久しぶりです!」
「陽菜ちゃん!また会ったね」
立ち上がった勢いそのままに健一に駆け寄る陽菜。主人を見つけた子犬のようにぱたぱたと駆け寄る。
が、近くまで駆け寄った陽菜はいきなりガバッと頭を下げた。突然の行為に健一を目を丸くする。
「あの日は、先週は大変すみませんでした!」
「え?な?先週・・・ああ」
本心を隠すようにして酔い潰れたあの日。陽菜をそのまま一人で返すのはまずいと思った健一は彼女の肩を抱きながら、家に届けることにした。幸い帰る方向は指図出来たことで、家まで届けることができた。ここまでくれば大丈夫と思った健一だったが、
「古賀しゃ〜ん、もおらいりょううれうよ〜」
呂律が回ってない陽菜。頭も何度も漕いでいて、いつ電池が切れてもおかしくない状況。玄関前に置くのはまずいと感じた健一は、多少の罪悪感を感じながら部屋に入る。女子大生にしてはやや質素なワンルームなこともあり、ベッドがすぐに目に入る。一旦水を飲ませて横にした後、帰ろうかとした時冷蔵庫が目に入る。
「何か作ってあげよう」
あの調子なら二日酔いだろう。冷蔵庫を見ると売れないシンガーの財布のように食材がほとんどない。かろうじて卵があったことで卵粥を思いつく。不慣れな調理器具だが慣れた手つきで料理を進める。
(卵粥、アイツも・・・)
昔の記憶が蘇りそうになり、健一は頭を振る。即席の卵粥を作った後、書き置きをして部屋を後にした。
「家まで送っていただいて、しかも料理までしてくれて、感謝しかありません!」
「それは良かった。こっちこそ鍵を使ってごめんね。手元になくて焦った?」
「いえ!書き置きでポストにあるって書いてあったので、問題なかったです!」
ぶんぶんと手を動かして感情を表現する陽菜。思わず笑みが溢れた健一は、彼女を元の席に座らせて、自身もその隣に座る。
「それじゃ、今日もお疲れさま」
「お疲れ様です!」
小気味良い音が響き、二人はグラスにある酒で喉を潤す。
「っかぁ〜〜!」
「えらくご機嫌だね?いいことあった?」
上機嫌な陽菜に質問を投げる。すると、待ってましたと言わんばかりに陽菜が口を開いた。
「よくぞ聞いてくれました!なんとですね、一昨日のライブで、お客さんが3人来てくれたんです!」
お客さんが来てくれたことを陽菜は自信満々に健一に語る。するとマスターが口を挟んできた。
「え〜、3人だけ?」
「なっ!何をいうんですか!3人もですよ!さ・ん・に・ん!」
「もしかして、ゲストで呼ばれて3人も集客できたって感じ?」
「そうです!そうです!そうなんです!私が主催じゃ無い中で3人も来てくれたんです!」
「ああ、それで3人は凄いね!主催でやるよりも人集めるの大変だからね」
全肯定する健一に陽菜は満面の笑みを咲かせる。その後も陽菜がどんなライブができたかを熱く語るターンが続いた。
「ところで」
語り尽くしたところでふと、陽菜は健一に抱いていた疑問をぶつける。
「古賀さんは普段何聞いてます?」
何気ない質問。健一は口につけようとしたグラスを一瞬止める。が、何事もないかのように言葉を出した。
「実は最近聞いてなくてね。陽菜ちゃんの歌が久々だったな」
「そ、そうだったんですか。へぇ〜、そうなんだ」
自身の歌しか聴いていなかったという優越感にニヤける顔を抑えつつ、陽菜は健一に質問を被せる。
「お仕事が大変だったからです?」
「・・・まあ、そんなところ」
くい、とグラスを傾けて酒を口に含める。対して陽菜は先ほどまで語った情熱を再燃するように健一に迫る。
「昔、何聞いてました?私以外の歌で何が興味あったのかな〜って」
「・・・『しんかぜ』ってラッパーって知ってる?」
「しんかぜ、ってあの神風さんですか!?」
「知ってるんだ」
「知ってるも何も、先月一緒にライブしました!」
先月、陽菜と健一が路上で出会う直前に参加したライブの主催が神風だったのだ。そのライブに陽菜自身が演者として参加したいと申し出ていた。その理由は、
「私も神風さんのファンなんです!」
「俺も。凄いよね、神風さんの歌。歌詞が俺らを引き込む感じが堪らない」
「分かります!!」
今度は陽菜が全肯定する番になった。
「こう、日常のあるあるとかを歌にしてて、良くそこに思いつくなって!」
「表現も良いよね。『ドラムの上にも空間』とか」
「わっかります!確かにそうなんだけど、そこに目をつけれるんだ、って!」
「『歌詞カード、片っ端から読んで』とかも。俺もよくしてたし」
「私も!」
同じファンとして、二人は熱く語り合う。
「それにしても、健一さんラップ聞くんだ〜!すっごく意外です!」
「何聞いてると思ってるの?」
「クラシックとか」
「・・・まさかスーツ姿の人はそう思ってる?」
「イヤー、ソンナコトハ」
明らかに目が泳ぎ始める陽菜。真面目さが故に嘘は苦手なことが露呈していた。
その話題を逸らそうと、声がうわずりながらも陽菜が言葉を捻り出す。
「ほ、他には?もっと知りたいですよ!うん!」
「ryugaさんとかかな」
「うえぇ!?」
話題を変えようと話を振ったが、陽菜はまたしても驚くことに。
「もしかして知ってたり?」
「知ってるもなにも、昨日のライブで一緒でした!」
「そんな偶然あるんだ」
自身の知ってる人たちが陽菜と関わっていたことに、流石の健一も驚きを隠せない。陽菜も陽菜で先ほどから知ってるラッパーが彼の口から出てきたことに興奮していた。
「神風さんはともかく、ryugaさんはどこで知ったんですか?」
「友達のトラックメイカーが音楽を提供してて」
「まって、情報量が多すぎる」
想像の斜め上の発言に一旦ストップをかける陽菜。確かにただの一般人からはあり得ない言葉に、陽菜の頭はパンク寸前になりかける。
「・・・よし、噛み砕いた。で言いますけど」
「ハイ」
「どんな交友関係なんですか!」
「それは俺もそう思う」
「友人にトラックメイカー!?それでryugaさんと交流!?本当にサラリーマンなんですか!?」
普通の人とは思えないような交友関係に陽菜もキャラがおかしくなるほど捲し立ててくる。
しばらく陽菜のターンが続いて・・・
「すみません、取り乱しました」
大きな疲れと少しの罪悪感と共に深々と頭を下げる。流石に一方的に話しすぎたと思った陽菜は、それ以降は暴走しないように健一と会話を楽しんだ。
(健一さん、一体どんな人なんだろう)
その中で陽菜は思う。健一は自身と関係が遠いようで近い存在ではないかと。
陽菜は思う。彼のまだ見ぬ交友関係を知りたいと。
(もっと知りたい。彼のことをもっと)
陽菜は気づかない。陽菜が思っている以上に健一に心が傾いていることも。
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