第二章
「は、初めまして!私、今宮陽菜と言います!よろしくお願いします!」
勢いよく自己紹介をする。まさか、こんなところで会えるなんて……今日だけは神様ありがとうと伝えたい。
そんな興奮からかグイグイ彼に迫ってしまった。
「は、初めまして、というよりもお久しぶりが正しいんでしょうか?私は古賀健一と申します。どうぞよろしくお願いします」
私が前のめりすぎたからか、やや引いたように自己紹介をする彼、こと古賀さん。初めて会った時は死んだような表情をしていたけど、カウンター席に座っている今の彼は前より若く見える。
「失礼かもしれませんが、おいくつですか?見たところかなり若いように感じるので」
「20です!大学二年生です!」
「若いですね!私より八つも下ですか」
おお、という表情と共に古賀さんが驚く。古賀さんは28か。初めて会った時からして30超えていた印象だった、は言うのを止そう。
「そうよ、花のJDよ。けんちゃんも口説きに来たんでしょ?」
「若い子を口説くのはマスターでしょ。ビール一つ」
「注いだものがこちら」
マスターの言葉を軽くいなして古賀さんはビールを受け取る。すると、そのグラスを私の方に向けた。私も意図をくみ取ってグラスを持つ。
「それじゃあ、まずは乾杯」
「乾杯!」
チン、と小気味良い音が二つのグラスから奏でられる。古賀さんはグラスをグイっと傾けてグラスを一気に空にした。
「いい飲みっぷり。私惚れちゃう」
「変なこと言わんでくださいマスター。次はハイボールで」
「あっ、私も!」
私もビールを飲みほして、次のお酒を頼む。ここのハイボールは他の安い店と異なり、ハイボールの割合がとても高いから、酔うのには最適だ。
「改めてですがあの時の路上ライブ、本当に良かったです。なんかもう、心に響いたと言いますか」
「ほっ、本当ですか!すっごく嬉しいです!」
ああ~~っ、ハイボールが来る前に古賀さんから言われたいことランキング2位の言葉が出てきた!嬉しさのあまりに口角が上がるのを隠しきれていないのが自分でもわかる。
「ちなみにアーティスト名はなんですか?」
「『HiNa』で活動しています!アルファベット四文字で、HとNは大文字なんです!」
「分子が大文字でHiNa、いい名前じゃないですか!」
「そ、そんなことないですよう」
はああああ~~~!!何で古賀さんはこうも言って欲しい言葉を言ってくれるんですか!クールに返したつもりだが表情筋がゆるゆるになっているのを止められない。
「陽菜さんは、」
「陽菜でいいです!陽菜と呼んでください!古賀さんの方が年上なんですから!」
なんか丁寧な口調だと距離を感じてしまうし、音楽仲間も呼び捨てなのだから古賀さんにもフランクに話してほしい。
「じゃあ、陽菜ちゃんで。改めてよろしくね」
「はい!」
うんうん!フランクに話してもらえると距離が縮まった感じがする!なんでわからないけど古賀さんと距離が縮まるのはなんか嬉しい気持ちで満たされる。あっ、そうだ!
「古賀さん!ぜひインスタをフォローしてください!こちらで告知とかしてます!」
路上ライブのあの日にできなかったことを、忘れないうちにする!それに、現地で私の歌も聴いてほしい!
「見るしかしてないけどいい?」
「もちろんです!」
そういって古賀さんとのインスタを交換する。確かに見るだけのようでフォロー数も片手分しかいない。なんとなくフォローしてる人を確認するけど、女性らしき者は一人もいない。
「来月は2回ライブするんだね」
「そうです!是非来て欲しくて!」
「でも両方平日か……しかも5時開演」
「あっ」
そっか、私はいつでも空いているから平日でもライブできるけど、古賀さんは社会人だから仕事か。ああ〜〜、私のバカ!なんで何も考えずにオファー受けちゃったのよ!
明らかにトーンが落ちた私を気遣ってくれたのか、古賀さんがフォローしてくれる
「ま、まあライブはまだやるんでしょ?今月は別の予定あるけど、次の時は教えてよ。平日でも有給とるからさ」
「い、いや!何もそこまでしなくても!」
社会に出てる先輩から聞いたことある、有給は平日でも休みを取れる社会人の特権だと。それを私なんかのために使うのは流石に!
そう思って言葉を出そうとしたが、それを遮って言葉を出す。
「路上で聞いた時の感動をさ、会場で聞いてみたい」
感動を、聞いてみたい。
真っ直ぐな目で見つめられたその言葉が私の頭で何度も繰り返される。本心から私の作った曲を褒めてくれている。
(体が、じんわり温かい・・・)
アルコールで熱くなる感覚と違う、体の芯から温かくなる感じ。ライブがうまく行った時や、いい曲だと褒められた時のような多幸感とも違う。これってもしかして
(いやいやいやいや!だとしたらチョロすぎるって!)
そんな安い女じゃないし!そんな少女マンガみたいなこと、思っちゃダメだし!何より、ソレは売れてからにするべきだし!!
(こうなったら飲むしかない!)
グイッと過去一グラスを煽る。マスターの声がかかる前におかわりを貰い、最初の一杯と同じ勢いで飲んで飲んで飲みまくる。この感情は、この感情は嬉しくて、温かくて、でも知ったら怖いから。お酒の力を借りよう!
そんな思いでお酒を胃に流し込む。
そんなペースで酒を飲めば当然、
「うぇへへへぇ〜」
私は酔い潰れました。
ぐでーっとカウンターで酔い潰れている陽菜。半分夢の世界に行っているようで、どこか幸せそうな顔でテーブルに突っ伏している。
それを眺めながら男たちはが会話する。
「陽菜ちゃん、相当嬉しかったようだね」
「ですね。自分の作品が認められるのは嬉しいんだと思いますよ」
手元のグラスを眺めながら古賀は言葉を交わす。その表情は優しい笑みを浮かべていて
少しの憂いも含んでいて。
「それにしても」
するとマスターはトーンを変えて話しかけてくる。古賀は顔を上げずにグラスをなぞっている。
「陽菜ちゃんの音楽にハマるなんてね。もう音楽に関わらないかと思ってたよ」
「・・・」
「あの日は、越えたのかい?」
しんみりとマスターは言葉を投げる。互いに顔は見えないが、互いに表情は察している。
しばしの沈黙の後、古賀は絞るように声を出す。
「俺は、あの日に囚われたままですよ」
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