僕らの共通の趣味はイチゴ狩り

一筆書き推敲無し太郎

第1話

僕らの共通の趣味はイチゴ狩り。不思議な縁で繋がっている。僕らはビニールハウスでしか会ったことがないが、毎年鉢合わせになる。結構な確率で年に数回、ビニールハウスで会う。

僕らは会釈しかしない関係性だが、イチゴ狩りに来ている時点でイチゴという共通点がある。

僕らってのは僕と彼だけ。僕はいつも1人でイチゴ狩りの季節を迎えるのを楽しみにしている。

彼は最初会ったときは1人だったけど、年々彼の状況は変わってきているみたい。

僕はよくあるありふれたエンジニア。根暗だけどイチゴのことには敏感。仕事は好きじゃない。

彼はいわゆる陽キャなんだろう。1人なのに明るくて目を合わせるのを憚るくらいには。

僕らは数えて8年くらい会釈している。でも年月重ねるごとに彼は様相が変わっている。

彼は1,2年目は1人でイチゴが何粒食べられるのか、自分との競争に興じていたみたい。

若いなぁって見てた。背格好は僕とあんまり変わんないけど、僕は年食ってるから明らかに年齢に差がある。

3年目には友達を何人か連れてきてた。大学生のような年齢なんだなってここでわかった。

まぶしい人は周りもまぶしいんだなって、3年目はそう思った。

僕はその年はイチゴがハズレだなって思ってたけど、お友達さんはうめぇうめぇ言ってた。

4年目には彼女さんらしき人と2人で来てた。会釈しながら彼女さんに目が行く自分がおろかに感じてイチゴに集中した。今年はイチゴの出来が上々で何回もイチゴ狩りに来たけど、彼はその1回しか来なかった。幸せにやってんのかな。

5年目に僕はぎょっとした。彼の手のは指輪があるじゃないか。イチゴ狩りをする人は手を衛生管理するためにそういうのは外すのが礼儀だろうと思ったけど。僕らはそういうことが言える関係じゃないし。文句があれば農家さんが注意するだろうなって。でも指輪があるってことはそうかなって。おめでとう。なんか親戚の人みたいな気分で祝った。

6年目は彼が奥さんらしき人と子供を授かったみたい。十月十日。めでたいラッシュじゃないか。僕はひそかにイチゴ狩り代を肩代わりしようかなって思ったけど、出過ぎた真似か。

相変わらず指輪つけてるけどいいのかな。農家さんがいいならいいんだ。僕は美味しいイチゴが食べられば十分だから。いつものように会釈してイチゴに手をつけ始めた。彼の見た目は変わらず陽キャが育った感じ。彼もイチゴが好きなままなんだなって思った。

7年目には彼の奥さんはおらず、1人でイチゴ狩りに来ているとこを見つけた。変わらず会釈しようとしたら彼は視線を逸らした、気がする。集中してたのかな。まぁいいんだ。

なんで1人なんだろうってちょっと思ったけど本当に無関係だからなにも言えないね。

8年目には指輪が外れてた。でもイチゴ狩りには来るんだ。って失礼だな。やせ細ってしまった彼をみてイチゴよりも採れる栄養を採るべきじゃないかってさすがに言いそうになったけど。好きなものを食べに来て説教はよくないだろうなって。

彼は毎年、農家さんと後ろで手を組んでお話しててさ。

今年もちょくちょくきますね。とか、今年はめっちゃうまいっすねとか、誰にでも溶け込める感じってああいう積極性なんだなって僕は思う。

8年目の今は農家さんから話しかけてるからちょっとだけ聞き耳を立てた。イチゴ持ってりゃイチゴ狩りしているようにしか見えないもんね。

「どうしたの、痩せちゃって。」「いやぁ、お恥ずかしい。離婚しましてね。親権も向こうになって。ごはんは喉を通らないのでイチゴならって思ったんです。」「そりゃ、大変だったね。今回はいつものお礼としてさ。ほら、私イチゴの加工品作ってるでしょ?ジャムとか、持っていきなさい。」「ああ、すみません。ありがとうございます…」

彼はそんな状態になってしまったのか。ふむ、そりゃ元気ないわけだな。

幸せは長続きしないんだなぁ。難しいね。

イチゴだけは裏切らない。イチゴは春まで待てば沢山出来るからさ。イチゴはすごいな。


少し冷静になって僕のことを考えた。

比較するもんじゃないけど、彼はこの8年で人間として大きく成長したんだなって。

僕は?つまらないエンジニアとしてほそぼそとやって、根暗で彼と話すこともなかった。

ただ、イチゴを貪り食ってただけの8年?そう考えると怖くなってきた。

彼は成長する機会を逃さずに成長したんだろう。人生として浮き沈みはあれど。

僕は平坦になんにも変わらず、イチゴを食べてた。思えば農家さんとも話したことがない。

ごちそう様とか、いただきますとか、料金を払う時とかしか。

こんなに勝手に居心地よく感じてイチゴ食べさせてもらってたんだから、イチゴって共通点で話す事くらいあったんじゃないのか。

農家さんとしゃべらなくても上り旗で品種改良がうまくいったとか、手書きのA4用紙とかあったんだから、話そうと思えば話せたんじゃないか?

エンジニアになったのも、人とできるだけ関わらないようにして実家暮らしが継続できたらいいやってだけで選んだ仕事だし。

あれっ、僕の人生なんだったんだろ。少なくともこの8年。


僕らの共通の趣味はイチゴ狩り。

彼は9年目もここに来るのだろうか。

僕の9年目は人生の転機があるだろうか。

ここでイチゴ食べてるだけでいいんだろうか。

それでも変わらないのはイチゴが美味しいということだけ、かな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕らの共通の趣味はイチゴ狩り 一筆書き推敲無し太郎 @botw_totk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ