悪いことをすれば悪事のハードルが下がり、さらに悪いことをして取り返しがつかない事になります。だから「小さな悪」をしない事だ、それがいつの間にか「大きな悪」に手を染める事になる。
幼い頃から昔話や童話、教訓で読みました。
作者さんは、犯人を此処で止めてあげたんですよ。死神では無く天罰を与えたようなものです。
たとえ今大切なものを失ってもまだ引き返せる場所で止めてあげたのです。
良きことをされたと私は思いました。
この小説は私人逮捕の危険性にも言及されており、正義感では無く売場を守らねばならないという企業人としてやらざるを得なかったこともきちんと書かれており勉強になりました。
「悪事に手を染める」と言う言葉がありますが、悪事からは「足を洗う」といいますよね?悪いことをしたら「手は汚れたまま」という寓話のような言葉があるくらいですから悪いことはしちゃいけない、自分自身も傷つけて大切な人だけで無く、捕まえる側にも苦痛や苦悩を負わせるのですからね……。
ひょんなことから私人逮捕を経験されたときの、その一部始終を綴った実録エッセイです。
「私人逮捕」と聞くと、なんだか物々しい事件を想像しますが、本作ではその経緯から事後の対応、そしてご自身の心境に至るまで、赤裸々に語られています。
特に興味深いのは、逮捕時の格闘から、警察署での面倒な手続き、そして自身の胸中に芽生えた「死神」という言葉。なぜ「死神」なのか、そしてその言葉に託された意味とは?
読み進めるほどに、事件の真相だけでなく、人として、作家としての筆者の葛藤が浮き彫りになっていきます。
犯罪を断罪することの正義と、その行為によって生じる後味の悪さ。 他者への被害を未然に防ぐため、立ち向かう勇気。 そして、その後の手続きや精神的な苦労。
本作は、ただの体験記にとどまらず、社会の影と向き合った筆者の内面を深く掘り下げています。
小説とは異なる真実の物語に触れたい方、私人逮捕という行為の現実を知りたい方は、ぜひご一読ください。
碧様の私人逮捕を読ませていただきました。
善人の星👀⭐✨
碧様がご無事だったことが、何よりです🤗
そして、今回のケースは一件落着。
けど、やはり、私人逮捕はやめておけ! ですね。
リスクしか無いです💦
①何より危険 ※命に関わる
②逆恨みされる ※命に関わる
リスク回避! それがベストです。
相手が中二病の場合、ナイフを所持してる可能性があります🔪
そして、逆恨みにより、自分もしくは家族·知人に危険が及ぶ可能性があります😵💫💫
けど、悪事は許せない😤
それなら、安全な範囲で証拠を集めて、通報するのが1番です!
スパイは、人の目についたら、失格。イーサン・ハントは世界一ダメなスパイです。
地味。
地味に勝るものはありません!
碧様の貴重な体験を活かしましょう。
✨命が1番大切です✨
私人逮捕。極めて珍しい言葉の響きと派手な立ち回りから、映像配信で PV を稼ごうとする輩に乱用され広く知られるようになりました。
その私人逮捕を正式に行った人が経緯をまとめてくださいました。
ネタバレかもしれませんが記します。読めば分かります。私人逮捕は必死に抗った人への救いの手であり、余裕ある人が初手で打つ手ではありません。
映像配信で私人逮捕を自称することがどれほどおかしいか。理由も、心情についても、本当に、本当に、よく分かります。
そして差し迫ってはいたものの一人の人物を犯罪者として挙げることが、一人の人間にとって心苦しいことも、言葉そのものと行間の両面から読者に迫ってきます。
私人逮捕なんて経験せず人生が終われば幸せです。もしもの時に……というより、その時は来ない方がいいです。
繰り返します。私人逮捕は、余裕ある人が初手で打つ手ではありません。
個人が情報を発信できる時代になって「私人逮捕」という言葉も、何か違う風に独り歩きしているこのごろ。
ですがこちらのエッセイでは、正しく法律に乗っ取った「私人逮捕」を経験されて、そのことを丁寧にお話されています。
悪いやつは懲らしめなきゃいけない。
それは本当にそうなんです。
でも、懲らしめるので終わりなの?
自分の見えている世界だけが、すべてなの?
私人逮捕と相容れない「死神」という言葉に、読み手はもう一度正義とは何かを考えさせられることでしょうし、考えるべきだと気付かされることでしょう。
おもしろおかしい風に描く世界が人気を博す今、再度まわりをみる大切さ、己に語らいかける重要性を教えてくれます。
ご一読あれ。
このエッセイは作者である碧 銀魚さんの行った〝私人逮捕〟の状況と、犯人を捕まえた後に抱いた感慨が書かれています。
悪いことをした人を捕まえる。
なるほど、それは書きたくなる題材でしょう。
日常にはない、しかも立派な行いなのです。
書かれた文章のあちこちから碧さんの誠実な人柄が垣間見えます。
表彰されるような事柄なのに、誇ることはしない。
自分と同じことをするように、他の人へ勧めない。
捕まえた者を思い、哀れむ。
こんな筆者だからこそ、正しいことができたのでしょう。
躊躇いや含羞のない正論は、暴力にもなり得ます。
正しいことをするのなら、常に客観視しなければならない。
きちんとした事をするのは、難しい事なのでしょう。
碧さんの記された因果応報の象徴でもある〝死神〟の意味合いが、読後しばらく胸に残りました。
迷いや惑いのなかで、それでも決断したこと。
それはたぶん。
やるべきことなのだと思います。
本作は、やるべきことを行えた記録です。
そして、不法不正の割に合わなさを鑑み、通り一遍の正義正論ではない心情が記されています。
心に残るエッセイです。
どうぞ、御一読ください。