第10話  クリスマス、選び抜いた素直さ

アプリの通知は、きらびやかなのに、文面は容赦がなかった。


《イベント開始:クリスマス・プライマリースロット選択》


《内容:①日中“公共参加” ②夜の**プライマリースロット(1名のみ)**を選択して過ごす》


《評価:誠実・選択・公共性・未来》


《現在LAP:680pt(6位)》




(来たな。“誰と過ごすか”を決めろってやつ。逃げずに、言葉で選ぶ)




 教室。狛井迅がサンタ帽をかぶって立ち上がる。


「諸君! 俺は“落とし物案内長 兼 トナカイ補佐”に就任し——」


「役職を増やすな」


 笑いが走って、張りつめた空気が少し緩む。


 窓際、白亜莉玖が手帳を開いて、小さく言った。


「日中は募金と子ども向け読み聞かせ。夜はそれぞれ、ですね」


 斑鳩澪音が端末を掲げる。


「混雑のピークは18:40。17:50〜18:20が移動の最適帯。公共参加は16:00までに切り上げると良い」


「解析、助かる」


 そして、廊下から風のように現れるのは鷹宮怜央。


「みんな、良いクリスマスにしよう。“君の自由を減らさず、安心だけ増やす”。日中は僕、会場整理に回るよ」


(強い。けど、俺は俺のやり方で選ぶ)




 * * *




 昼。商店街の特設広場。


 俺は募金箱を持ち、迅は案内で走り回り、莉玖は子どもたちに本を読んでいた。


「——『星は きょうも ここにいる』」


 柔らかい声に、子どもたちの視線が集まる。


 読み終えたあと、泣きそうな目の子が近寄ってきた。


「もういっかい、いい?」


 莉玖は頷いて、俺の方を一度だけ見た。


「英樹くん、ページめくり係お願い」


「任せろ」


 ページのすみをつまむ指先の距離が、たった数センチだけ近づく。


 アプリが小さく震えた。


《公共性 +10/連携 +5(読み聞かせ補助)》




 休憩中、控えテントの前で澪音に呼び止められる。


「夜のスロット、決めたの」


「——決めた」


 澪音は頷く。


「公表の仕方が評価の半分。相手以外にも“誠実”を配ること」


「わかってる。言い訳なしで言う」


「それがいい」


 そこで、テントの影から顔を出す幼馴染。


「ねえ英樹、夜は——」


 茉凛の言葉を、俺は遮らない。ちゃんと向き合ってから、口を開いた。


「茉凛。俺、今夜は莉玖と過ごす」


 空気が一瞬だけ止まる。


 茉凛は視線を泳がせ、すぐに戻した。


「……そ。言ってくれてありがと。じゃあ私、日中の“前後”で勝負する。読み聞かせの片付け、全部やるから見てなさい」


「頼もしい」


 茉凛はいたずらっぽく笑って、肩を軽く小突いた。


「来年は奪う気で行くから」


 アプリが震える。


《選択の明示 +15/境界の尊重 +6》




 * * *




 夕方。人波の密度が上がってきて、屋台の湯気が橙色の灯りに混ざる。


 怜央は特設ステージ脇で、静かに人の流れを整えていた。


「崎津。今夜は?」


「莉玖と」


「うん。選んだね」


「お前は?」


「僕は街全体の方。終わったら、誰かに**“メリークリスマスを一つ多く”**言いに行くよ」


「王子らしい」


「君は、君の王道で」


 拳を軽くぶつけ合って、俺は待ち合わせ場所へ向かった。




 * * *




 17:55、商店街の端。


 光が滲む細い路地で、莉玖が手袋をぎゅっと握り直すのが見えた。


「待たせた?」


「待たされてない」


 俺の返事に、莉玖はくすっと笑う。


 並んで歩く。人波から半歩外れた、イルミネーションの裏側の道。


「——俺、選んだよ」


「知ってます。言い方まで、好きでした」


「“公平でいたい”っていう莉玖の弱さ、忘れてない。でも、俺の“選びたい”も言いたかった」


「ありがとう」


 しばらく無言で歩いた。会話がなくても、街の灯りが勝手に間を埋めてくれる。


 やがて、川沿いの欄干に出る。水面が光を細くほどいて流す。


「一言、残せる場所がある」


 俺はスマホを出し、アプリの“写真+一言”のクリスマス特設に切り替えた。


「主役は俺たちじゃなくて、来年のこの道」


「うん」


 欄干の上に、二つの影をそっと重ねる。俺は角度を低くして、背景に遠い灯りを玉にした。


 そして、一言を打つ。




『きみを選んだ夜の、帰り道を覚えておく。


来年も、この角から始めよう。』




 送信。


 アプリが震える。


《誠実 +20(選択の言明)/未来 +15/共感 +8 合計 +43》




 風が少し冷たくなった気がして、莉玖が小さく身じろぎする。


「寒い?」


「すこしだけ」


「じゃあ、沈黙5分」


「賛成」


 俺たちは欄干にもたれて、何も言わず、灯りの流れを見送った。沈黙が約束に似てくる。約束が、言葉の外側で立ち上がる。




 * * *




 帰り道、アプリが最後のミッションを差し込んできた。


《クリスマス補助課題:“誰か一人の前で、相手の不在を許可する”(既読を急かさない/予定変更を尊重)》


 ちょうどその時、莉玖のスマホが震えた。


「ごめんなさい、家の用事でここで帰らないと」


「了解。——“続きは来年の角で”」


 莉玖は目を細めて、うなずいた。


「メリークリスマス」


「メリークリスマス」


 手を振って別れたあと、俺はしばらくその角を見ていた。選んだ夜の終わりを、ちゃんと覚えるために。


 アプリが静かに震える。


《自律 +6(予定変更の尊重)》




 * * *




 家に帰る途中、商店街の外れで茉凛とばったり会った。


「お、英樹」


「片付け?」


「“前後”の後始末、完了。あと、これ」


 小さな紙袋。中には、古本屋の包み。


「“言葉が少ないのに伝わる本”。おまえらに似合うと思って」


「ありがとな」


「礼は来年の前後で返して」


「返す」


 茉凛は一歩だけ近づいて、すぐ離れた。


「言いにくいこと、ちゃんと言ってくれてありがと。……だから、次は私が言う番」


「聞く」


「——来年、本気で取りにいく。おやすみ」


 背中が人混みに溶けるまで、俺は頷いたままだった。




 最後に、澪音からメッセージが来た。


『“相手以外にも誠実を配る”、実行確認。……あなたの“いつか”は、今夜“選択”になった』


『ありがとう。次は?』


『“選んだ後の責任”。行動で示す』




 画面を閉じると、遠くでまだ鈴の音が鳴っていた。


 俺はポケットの中で拳を握り、もう片方の手でそれを包んだ。手を離さない練習は、今日も、明日も続く。




 ベッドに倒れ込む前、アプリの集計が滑り込む。




《クリスマス 集計》




公共参加(募金・読み聞かせ補助・連携):+15




選択の言明(プライマリースロットの明示・境界配慮):+21(内訳:誠実+15/境界尊重+6)




写真+一言(“選んだ夜”の記録と未来):+22(誠実+20/未来+2)




予定変更の尊重(相手の不在許可):+6




チーム運営(混雑帯の遵守・時刻最適化に協力):+8


合計:+72




 数字が、静かに灯る。


【LAP】680 → 752pt




【ランキング更新】




1位:鷹宮怜央(LAP 980)




5位:崎津英樹(LAP 752)




31位:狛井迅(LAP 140/称号【教師に愛されし者】【手続きは正義】【落とし物案内長(自称)】【季節労働サンタ】)




(五位。——選んだ分だけ、前に進める)




 画面を伏せると、部屋の暗闇にも、薄く灯りの余韻が残っている気がした。


 来年も、この角から。


 選び抜いた素直さで、俺はそこへ歩いていく

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