再生と共感と

@CABY555

第1話

 廃ビルの奥から、禍々しく濁った唸り声が響く。駆けつけた二人が見たものは、人の形をほとんど失ってしまった怪物。筋肉は異常に膨れ上がり皮膚を裂く。ただ己の衝動のままに暴れ回る。昨今、この国に出回っているドラッグが作用し、人ならざるものに変貌していた。

「アキト、行くぞ。」

 ハルオは拳銃を構える。相棒であるアキトは、両手で握る刀を僅かに震わせ、怪物をしんと見つめていた。

「来るぞ!」

 アキトが叫ぶ。その瞬間に、怪物は彼らに向かって飛び込んだ。

 ハルオの拳銃が怪物の肩や腹を打ち抜く。しかし、怪物は怯むことなく近づいてくる。

「左だハルオ!」

 怪物は左側の腕を振り下ろす。ハルオはそれを避け、アキトが横から切りつけた。しかし、傷をつけても怪物が止まることはない。


 アキトは、心を感じることができる。近くにいる者の思考、感情が常に流れ込んでくる。

「...ウッ。」

 怪物で溢れ出る本能の衝動が流れ込むたびに、吐き気を伴う苦痛になる。壊せ。殺せ。喰え。その狂気が脳裏に響く。それを押し潰して刀を振るう。


 怪物の血塗れの腕がアキトに迫る。それを感じて飛び退くと同時に、ハルオが怪物に飛びついた。短剣を怪物に突き立てる。その瞬間、怪物の鋭い爪がハルオの胸を切り裂いた。

「ハルオ!」

 鮮血が飛び散る。地面を黒く濡らす。だが、ハルオは顔を歪めながらも笑っていた。

「問題ねえ...じきに塞がる。」

 ハルオは心臓を貫かれない限り、体組織が高速で自然治癒していく。胸の傷も勝手に回復していく。しかし、それは痛みを伴う。裂けた肉が閉じるたびに、ハルオの体に焼けるような激痛が走る。

(キツいくせに、笑ってやがる。)

 アキトはそのハルオの痛覚も感じてしまう。「痛い」「熱い」「苦しい」、全身で感じる相棒の痛みを歯で食いしばる。戦い続けなければ、彼らはこの怪物を駆除しなければ被害が大きくなってしまう。


 数時間に及ぶ激闘の末、ハルオの放った弾が怪物の頭蓋を貫いたことで、怪物はついに力尽きた。

 処理班に現場を引き継ぎ、二人は拠点の自室に向かう。彼らは怪物を駆除するために組織された特殊部隊の一員。生まれ持った異能力で怪物から民間人を守るために、日夜怪物と対峙している。



 二人が拠点にたどり着く頃には、日が昇ろうとしていた。

 ハルオはベッドに縋りつき、肉体が再生する苦痛に呻いている。

「...っ、ああ....っ...。」

 砕けた骨が再構成される。肉が芽吹くように再生する。そのたびに神経が悲鳴を上げる。端から見れば傷が消えていく神秘的な光景。その過程は地獄だった。

 アキトは横で震える背中をさすり、ハルオの手を握る。炎に焼かれるような激痛と、必死に堪える声が、アキトの心に流れ込む。

 ただ感じるだけの自分が悔しくて、虚しくてたまらない。

「...俺が、代わってやれたら...。」

 漏れる声は、自分でも情けなく思えるほど小さい。

 ハルオは、乱れ震える息の合間で、言葉を返す。

「...そばに...いるだけで...いい。」

 焦点の合わない瞳を向け、微笑もうと口端を歪める。その感情も、アキトは感じ取った。

 ぬるい朝日が窓から差し込んでいた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る