第33話 野営とトマトリゾット
森を抜けるには時間が足りず、僕たちは今日はここで野営することになった。アヤメさんが手際よく結界を張り、リュシアンさんが薪を集めてきてくれる。僕は背負ってきた荷物を広げ、前から試したかった道具を取り出した。
「実はこれ、準備してきました!」
金属の脚をぱたんと広げると、青い魔石が灯って小さな火がともる。マジックコンロだ。
「へぇ……便利なものね」
アヤメさんが目を細め、リュシアンさんも「森の中で火加減を気にせず料理できるとはな」と感心している。
「今日はちょっと頑張りますよ。みんなで食べたいから」
僕は袋から野菜やベーコンを取り出し、手際よく刻み始める。オリーブ油をひいた鍋に材料を入れると、じゅわっと香ばしい音が響いた。
トコトコトコッ。
ミオが小走りで近づいてきて、鍋を見上げる。
「ムキュッ!」
短い手でちょんちょんと鍋を指し、期待に目を輝かせている。
「ふふ、ちょっと待ってろよ」
炒めた具材に水と乾燥野菜を加え、煮立ってきたところで――赤い液体を注いだ。
「……トマト?」
アヤメさんが小さく声を漏らす。
「そう。実は街で仕入れてきたトマトジュースです」
やがて湯気と一緒に漂ってくる酸味と甘みの混ざった香りに、三人とも思わず顔を見合わせた。
「あー……だめ。すごくいい匂い!」
アヤメさんのお腹が、ぐぅ~と鳴った。
そこに米を入れ、さらにチーズを投入。とろりと溶けて全体がリゾット状にまとまっていく。
木の深皿に盛り付け、黒胡椒をぱらぱらとふりかけて――。
「さあ、どうぞ!」
「待ちかねたわ!」
「我慢たまらん匂いだな」
ふたりがスプーンを手に取る。
僕も皿を構えると、トテトテとミオが寄ってきて、僕の器を短い手でぽんぽん叩いた。
「はいはい、ミオにも取り分けなきゃな」
小さな器にリゾットを盛ってやると、ミオは両手で抱え込み、口を逆三角に開けて――。
もぐもぐ、もぐもぐ。
ほっぺを膨らませながら一心不乱に食べ進め、最後に「えへ」と小さく鳴いた。
「……すごく美味しい」
アヤメさんは目を細め、リュシアンさんも「こんな料理、初めて食べた」と素直に驚いている。
僕はちょっと照れながら答えた。
「気に入ってもらえてよかったです。今度、街でも作ってあげますね」
焚き火の明かりに照らされて、三人と一匹は湯気の立つリゾットを囲んだ。
森の夜は冷え込んでいたけれど、心も体も温まって――何より仲間と食べる楽しい晩餐になった。
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